第7話『それはそれは大きな』
作戦当日の朝になった。
牧場から借りた作業用のつなぎに着替え、肩掛け鞄の中身を確認する。
手袋とタオル、包帯、それからジャスに返しそびれたままのポーションが入っている。
玄関横では、ロイドがジャスや牧場スタッフと話をしていた。
出発前の最終確認といったところだ。
「それでは、行ってまいります」
ロイドがお辞儀をして、私たちの方へやってきた。
黒い軍服に、白い鞘の刀を差している。
腰には、ミノタさんが用意してくれた救助用の帯も留めてあった。
対して、エリスはいつものよれよれパーカー姿で、手ぶら。
私が鞄の留め具を閉めると、待ちくたびれたとばかりに森へ向き直った。
「出発するぞー!」
「お待ちください、エリス様。出発前に、共有させていただきたいことが」
ロイドが、空に伸びる光の柱を指した。
「柱を切除することにより、魔物が襲ってくる可能性があります」
「魔物? 牧場に来ているようなのが出るってこと?」
「おそらくは。切除された柱から溢れた膨大な魔力によって、周辺の生物が興奮状態になる可能性があります」
そこまで言って、ロイドは頭を下げた。
「お伝えするのが遅くなり、申し訳ございません。昨晩、お伝えに伺ったのですが、既にお休みになっておりましたので」
昨日の夜、エリスとロイドの声が聞こえたような気がしたことを思い出す。
「ああ、なるほどね。でも大丈夫よ。私たちを守る、頼もしい護衛がいるんだもの。ね」
「もち! お姉さんにお任せ!」
エリスに目を向けると、ドヤ顔で真っ平らな胸を張った。
袖を捲り、森の入口へ向き直る。
「よーっし、ライラ、ロイド。準備はいい?! いくよー、えいえい——」
「はい。作戦を開始します」
ロイドは静かに告げ、そのまま森へ歩き出そうとした。
慌てて、その背中を呼び止める。
「あああ、ごめん、ロイド。これはそうじゃなくて……」
「掛け声に合わせて、えいえいおーって、腕を突き出すのよ。こんな感じ」
二人で身振りを交えて説明すると、ロイドは静かに頷いた。
「失礼しました。では、改めて」
「よーっし。それじゃあ、えいえい——」
「おーっ!」「おーっ」「えいえいおー」
私とエリスの掛け声に、ロイドの静かな「えいえいおー」が続いた。
森の中を歩くこと、十数分。
木々の隙間から見えていた白い光が、少しずつ強くなってきた。
先頭を歩いていたロイドが足を止め、その隣でエリスが声をあげる。
「おおー、でっかーいねー」
牧場に最も近い、一本目の柱の下まで辿り着いた。
「明るすぎて、目が痛くなってくるわね……」
遠くから見ても大きかったが、ここまで近づくと、柱というより光の壁だ。
周囲の空気が震えているようで、細かな振動が全身へ伝わってくる。
ロイドが、白い光の前へ一歩進み出た。
「それでは、始めます。お二人は私の後ろへ。十分に離れていてください」
「分かった」
「はいはーい」
エリスと並んで、後ろへ下がった。
ロイドがこちらを振り返り、距離を確認してから、刀の柄へ右手を添えた。
「機構を使用します。パターン、黒色」
普段の平坦な声が、さらに機械的なものへと変わる。
「制限はすべて解除。出力、最大」
小さな音を立てて、白い鞘から刀が引き抜かれた。
現れた刀身は、真っ黒だった。
まるで、空間に刃の形の穴が開いたかのように見えた。
ゆっくりと刀を持ち上げて、頭上で構える。
「刀型終極式——『模倣・黒色の必殺技』」
刀が、斜めに振り下ろされた。
雷鳴も、空気の震えも、何もかもが消えたかのような静寂が訪れた。
ロイドが、振り切った姿勢から体を起こし、黒い刀身を鞘へと納める。
カチン、と小さく音が鳴って、光の柱に斜めの線が走った。
「……おぉー」
エリスが声を漏らした直後、ガラスが砕けるような音が、森に響いた。
遅れて押し寄せた風に、反射的に顔をかばう。
白い光は無数の小さな粒子へ姿を変え、辺り一面へ舞い散っていく。
やがてそれらは、地面へ吸い込まれるように一つずつ消えていった。
「ぅ、くっ……」
ロイドの身体が、ぐらりと傾いた。
「ロイド!」
片膝をついたロイドへ、慌てて駆け寄る。
「……切除、成功です」
肩を貸して、近くの木の根元へ座らせた。
ロイドが後頭部へ手を回し、ケーブルを引き出す。
「それでは……充電を、お願いします」
「了解よ。本当に、お疲れさま」
差し出された管を両手で包み込み、ゆっくりと魔力を流し込んだ。
隣へ駆け寄ってきたエリスが、ロイドの顔を覗き込む。
「すごかったよロイドー!」
「……恐縮です」
ロイドの口元が、ほんの少し緩んだ。
「後はお願いします、エリス様」
「もち!」
エリスが顔をあげて、右手を口元へ運んだ。
「三か月児が頑張った分、僕も自分の仕事をしなくちゃね」
親指の腹を噛み切り、流れ出た血を赤い槍へと固める。
「エリス……? まさか、もう魔物?」
「うーん。そうみたいだけど、そうじゃなさそう?」
赤い瞳が、光の柱が立っていた場所へ向いていた。
「とにかく、出てくるよ」
地面の奥から、低く鈍い音が響いた。
足元が大きく揺れ、柱のあった場所が、内側から押し上げられるように盛り上がっていく。
土と砂利が弾け、こちらに飛んできた。
「ちょっ——」
反射的に、ロイドへ覆いかぶさった。
「血式『紅膜の盾』」
私たちの周りを、赤い膜が包み込んだ。
飛んできた砂利が膜へぶつかり、パラパラと落ちていく。
顔をあげると、土煙の向こうからエリスがこちらへウインクしていた。
そのさらに後ろに目を向ける。
「……また、ずいぶん大きいのが出てきたわね」
地面から、巨大な腕が生えていた。
それに続くように、盛り上がった土が胴体と頭を作っていく。
土でできた巨大な像——ゴーレムが立ち上がった。
「おいお前、ライラがケガするところだったじゃないか」
木々よりもずっと大きな体を見上げて、エリスが赤い槍を肩に担いだ。
ゴーレムの巨大な右腕が持ちあげられる。
そのこぶしが、真っすぐにエリスへ振り下ろされた。
細い槍が、それを受け止める。
鈍い音が響き、エリスの足元に小さなクレーターが広がった。
「そういう危ないことする奴は——」
白いパーカーがフッと視界から消えた。
次に姿が見えたときには、既にゴーレムの肩に乗っていた。
「お仕置きしてやらないと……ねっ!」
蹴りつけられた右腕が、肩から吹き飛んだ。
爆発したような音がして、崩れた土が周囲へ飛び散る。
「うわっと?!」
しかし、崩れた土が、吸い寄せられるようにゴーレムへ集まっていく。
瞬く間に腕の形を取り戻し、エリスを捕まえた。
五本の指が閉じ、小さな身体が巨大な掌の中へ消えていく。
グチャ、と果物をつぶすような気持ちの悪い音がして、指の隙間から、大量の血液が飛び散った。
「ちょっ、エリス?!」
「だいじょーぶー!」
思わず声をあげたが、すぐさまくぐもった声が返ってきた。
「力比べなら、負けないからー!」
閉じていた指が、内側から一本ずつ蹴り壊されていく。
完全に開いた手のひらの真ん中で、血まみれのエリスが笑っていた。
「ふふん。今度は、再生できないくらい粉々にしてあげる」
エリスが掌を蹴って、空へ舞い上がった。
飛び散った血液が、その頭上へ集まっていく。
赤い塊が形を変え、どんどん大きくなっていき、やがて真っ赤に透き通る巨大な鎚へと姿を変えた。
「血式『朱玻璃の刃・戦鎚』!」
落下する勢いのまま、エリスが鎚を叩きつけた。
地面が大きく揺れ、目の前が土埃に覆われる。
ロイドの肩を押さえ、揺れが収まるのを待った。
やがて、赤い膜の向こうで土埃が晴れていった。
そこにゴーレムの姿はなく、残っているのは赤黒く濡れた土の山だけ。
そのてっぺんに、エリスが座っていた。
「……」
エリスは自分の手のひらを見つめて、それから小さく首を傾げた。
「……鎚だから、刃じゃないかな?」
そんなくだらないことを言いながら、私に向かって、にっと笑った。
「充電、完了しました」
エリスがゴーレムを倒してから、十分ほど。
ロイドはケーブルをしまって立ち上がり、周囲の状況を確認した。
「まさか、魔力生物が生成されるとは……」
「しかも、あんなデカいとは思わなかったねー」
考え込むロイドの横で、エリスが腕を組んで頷いていた。
「申し訳ございません。見立てが誤っていたようです」
「僕としては、あれだけおっきな魔物と戦うのは久々だったし、楽しかったけど……っとわっ?!」
エリスが足元の石に躓いて転んだ。
「ちょ、何してんのよ」
「くおおー、痛ぁ……出血多量でめまいがするよー」
額を押さえてしゃがみこんだエリスに、ロイドが駆け寄った。
何を思ったのか、その頭をそっと撫で始める。
私は靴を片方脱いで、中に入った砂を落とした。
「で、ロイド。さっきのゴーレムは何だったの?」
「はい。説明します」
エリスの頭を撫でながら、ロイドが答える。
「先ほどのゴーレムは、光の柱を切除した際、内部に残留していた魔力が周囲の土へ流れ込んだことで生成されたものと考えられます」
エリスから手を離し、刀の鞘を使って地面に簡単な図を描き始めた。
「ゴーレムやスライムなど、一部の魔物は、無機物に魔力を込めることで人工的に生成、操作できます。通常はいくつかの条件を満たす必要がありますが、今回のように、あまりにも膨大な魔力を受けた無機物からは、そうした条件を無視して魔物が生成されることがあるのです」
「……はあ、なんとなく分かったわ。たぶんだけど、残ってる四本の柱も、切除したうえで魔物を狩る必要があるってことよね」
靴を履きなおして顔をあげると、ロイドと目が合った。
「ライラ様」
「ん?」
「もし、撤退を選ばれるのなら、その意思を尊重します。無理に同行していただく必要は——」
「ストップ。これは、私がやりたいと思ったからやっていることよ。それにね、ほら」
ロイドの後ろを指す。
いつの間にか立ち上がっていたエリスが、次の柱へ続く道からこちらを見ていた。
鞄を掛けなおして、ロイドの肩に手を置いた。
「私たちも行きましょ。夕飯までに帰るわよ」
「……はい。よろしくお願いします」




