第6話『暗がりに聞こえた小さな声』
メリンとロイドが森へ向かってから、丸二日が経った。
晩ご飯までには帰ると言って出た二人は、いまだ姿が見えず、連絡すらつかないままだ。
ジャスたちが捜索に森へ入ったが、雷で道が崩れていたらしく、すぐに引き返してきた。
牧場に残った私たちは、毎日のように押し寄せてくる魔物を退けながら、二人の帰りを待ち続けていた。
「ライラ! 今日ね、ドラゴン四匹倒したよ!」
「はいはい。流石ねー」
「雑! もっと心を込めて褒めてよー」
夕食の時間になって、私とエリスは食堂でカレーを食べていた。
窓の外からは、今もギルド員たちの掛け声と、魔物の咆哮が聞こえてくる。
「ねえ、ライラ。ここってカレー以外ないのかな?」
毎日のように大量に食べて、そろそろ飽きてきたのだろうか。
四回目のお代わりのため、席から立ちあがった。
配食口へ顔を向けようとして、途中で止まる。
「ん……? あれ、ロイドじゃない?」
エリスが、窓の外を指した。
薄暗い森の境界から、管理棟へ向かって歩いてくる、小さな影が見えた。
「——エリス! 迎えに行くわよ!」
「ちょっ、ライラ?! ちょっと待ってー!」
背後から聞こえる慌てた声を置き去りに、私は食堂を飛び出した。
玄関を抜け、森へ向かって走る。
少しずつ、ロイドの姿がはっきり見えてきた。
黒い軍服はところどころ焼け焦げ、灰色の髪は泥にまみれている。
鞘に納めた刀を杖代わりにして、重い足を引きずるように歩いていた。
「ロイドっ! 無事なの?!」
「……ライラ様。ようやく、帰還できて……何よりです」
ロイドがゆっくりと顔をあげた。
声に痛々しい電子ノイズが混ざっている。
少し遅れて追いついたエリスも、ロイドの状態を目にして息を呑む。
「大丈夫……じゃ、なさそうだね?」
「この程度なら、応急修理が、可能です。ひとまず、移動完了まで、お待ちください」
頭を下げた拍子に、杖にした鞘の先が地面を滑った。
傾いた身体を慌てて支える。
「私がおぶるから、乗りなさい」
ロイドの前に回り込み、背中を向けてしゃがみ込んだ。
「いえ、そこまでは……」
「ライラのおんぶはレアだから、経験したほうがいいと思うよ。それとも、僕が持ってってあげようか?」
「え、と……」
ためらいがちに、肩にそっと小さな手が置かれる。
「……よろしく、おねがい、します」
背中に、とすん、と軽い身体が寄り掛かった。
エリスに手伝ってもらいながら、揺らさないように急いで管理棟へ戻った。
* * *
ロイドを玄関横のソファへ下ろすと、ミノタさんと何人かのスタッフが駆けつけてきた。
「ロイド殿! これはまた、ずいぶんな大怪我ではありませんか!」
「いえ……可能であれば、充電を、お願いします」
ロイドが後頭部へ手を伸ばし、ケーブルを引き出す。
先端のガラス管を私が受け取ろうとすると、横から牧場スタッフが両手を差し出した。
制御室で作業を教えてくれた魔女が、代わりにガラス管を受け取る。
すぐに魔力を流し込んだ。
もう一人がタオルを持ってきて、ロイドの頬についた泥を拭う。
「……お手数を、おかけします」
「いいから。じっとしていなさい」
隣に座って肩を支え直す。
ロイドは何か言いかけたが、小さく頷くと、そのまま身体を預けてきた。
応急処置が終わった後、私とエリス、ミノタさんを含めた一部のスタッフと、手の空いたギルド員たちが会議室へ集められた。
机は、最初に牧場へ来た時と同じ、コの字型に並べられている。
ただ、モニターの前に立っているのは、ロイドただ一人だった。
「それでは、森の調査結果を報告します」
声には、まだ微かにノイズが残っていたが、極めて平坦な口調で報告を始めた。
五本の光の柱を調べたこと。
その中心に車があって、正体不明の幼い魔女が倒れていたこと。
そして、近づいた二人を、巨大な雷が襲ったこと。
「土砂崩れに巻き込まれ、脱出と帰還に時間を要しました。メリンの所在は、確認できていませんが……大破したものと推測されます」
誰も、言葉を発しなかった。
「大破していても、修復は可能です。問題は……回収できる状態で、残っているかどうか」
焼け焦げた袖口に、ロイドの指が触れる。
重い沈黙が、会議室を満たしていた。
「メリンは、きっと平気よ」
ロイドが顔をあげた。
「エリスとやりあえるくらいだもの。簡単に壊れたりしないわ」
「ライラの言うとおり。むしろ、こんなあっさりやられたんじゃ、腕を斬られた僕の格が下がっちゃうよー」
隣で、エリスが肩をすくめた。
ロイドが私たちを交互に見て、袖口から手を離した。
「……ありがとうございます、ライラ様、エリス様」
それから、集まった全員へ向き直った。
「メリンは、大丈夫です。虹彩騎士団の『黄色』……私の、先輩ですから」
張りつめていた空気が和らいだところで、ロイドがモニターに牧場周辺の地図を表示した。
地図には、五つの点が表示されている。
「あらためて、現状の整理をします。この牧場の周辺にある光の柱は、魔力を雷や熱風として出力しています。この牧場の発電装置と、似た仕組みを有していました」
刀をポインター代わりにして、五つの点を示した。
「森で起きている異常気象は、中心にいる魔女の魔力が、五つの柱に流れ込んでいることが原因です。五本すべてを切除すれば、森の異常を止められる。それが、私とメリンが出した結論です」
刀を下ろし、ロイドが皆へ向き直った。
そこに、ジャスが手を挙げる。
「質問っす。柱が無くなったとして、その魔女が自分で雷を出したりする可能性は?」
「気を失ったまま、雷や熱を自分で作り続ける可能性は低いと考えています。目覚めた後の行動は、現在ではわかりません」
「柱が消えれば全部安心ってわけじゃねえんすね。じゃあ、もう一個聞かせてほしいっす。どうやって柱を消すんすか。あんなでっけえの、どうしようもないんじゃ……」
周囲のギルド員たちも頷いた。
「私が、すべて斬ります」
ロイドが、皆に見せるように刀を持ち上げた。
「斬るって……いや、流石に無茶じゃねえっすか?」
「おっしゃるとおりです」
「え」
あっさりと肯定され、ジャスが目を丸くした。
「一本を切除した時点で、ほぼすべての電力を使い果たします。五本すべてを切断することはできません。ですので——」
ロイドが私へ向き直る。
「ライラ様。森へ同行し、切除するたびに私を充電していただけないでしょうか」
初めて会ったときと同じように、カメラレンズのような緑色の瞳が私を映す。
けれど今は、どこか不安そうに揺れていた。
「私は、戦えない一般人よ」
「承知しております。あなたの分、私が戦います」
「でも、充電中に魔物が出たら——」
「それなら、僕の出番だね」
隣から、エリスが身を乗り出した。
「充電中の二人の護衛は、任せてちょーだいな」
真っ平らな胸を張って、こちらにウインクを送ってくる。
「……エリスが来たとして、私は魔術の専門家じゃないわ。充電だって、上手じゃなかったでしょ」
「いいえ。私には十分でした」
ロイドが迷わずに答えた。
「誰よりもあなたに、お願いしたいのです」
「……そう」
自分の手に目を落とした。
ガラス管を握ったときの仄かな温かさ。
小指に感じたひんやりとした感触。
わざと、大げさにため息をついた。
「そこまで言われたら、しょうがない。協力してあげる」
「っ……ありがとうございます。ライラ様」
ロイドは勢い良く、深々と頭を下げた。
向かいの席から、ジャスが身を乗り出す。
「じゃあ、俺らは何してりゃいっすかね?」
「ジャス様たちは、引き続き牧場の警備をお願いいたします。我々が森へ入っている間も、魔物の襲撃は続くでしょう」
「うっす、了解っす!」
「それから、牧場の作戦指揮は、ジャス様にお任せします」
「それも、りょうか……え? 俺が作戦指揮っすか?」
ジャスは一瞬きょとんとして、それから胸を張った。
「へへ、っす! 任してください!」
「よろしくお願いいたします」
壁際で話を聞いていたミノタさんが、大きく頷いた。
「必要な道具があれば、我々で揃えますでな。何かあれば、遠慮なく言ってくだされ」
「ありがとうございます。ギルド員の皆様のサポートをお願いいたします」
ロイドがモニターへ向き直り、地図の表示を閉じた。
「作戦開始は、明日の早朝です。本日は身体を休め、明日に備えてください。以上で、臨時会議を終了します」
いつもの平坦な口調で告げ、綺麗に頭を下げた。
その夜。
私は宿泊用の部屋で、ベッドに横になっていた。
消灯済みの部屋で、背中側がぼんやりと明るい。
ベッドの端に座ったエリスが、スマホゲームをしていた。
一応、私たちには別々の部屋が用意されているのだが、エリスは毎晩のように侵入していた。
寝ようとしている人の横でゲームをすることについては……もはや何も言うまい。
「ねえ、ライラ」
「……なにー。私はあんたと違って、八時間は寝ないと駄目なんだけど」
「健康的だねぇ! じゃ、なくて。無理してない?」
スマホの光が、ふっと消えた。
「別に。インドア派の私だって、たまには外に出たいものよ」
「またまたそんなこと言ってー。ロイドのためって、気を張ってるんじゃないの?」
くすくすと、からかう声を聞き流し、熱くなった布団から片足を出した。
「まあ、ロイドのためっていうのも、なくはないけど」
「けどー?」
「私がやりたいから、やるの。ただの自己満足よ。じゃ、おやすみ」
そこで話を切って、私は毛布を頭まで被った。
エリスが立ち上がって、部屋を出ていく音がした。
「……だってさー。素直じゃないよねぇ」
「ふふ……そうかもしれませんね」
「ま、そんなわけだから……心配しなくていいよ、ロイド」
「……エリス様も、きっと素直ではありませんよね」
まどろみの中で、そんなやり取りが聞こえた気がした。




