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普通の魔女と、グレーの家族  作者: ネコメガネ
第一章『嵐の魔女』
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第6話『暗がりに聞こえた小さな声』


 メリンとロイドが森へ向かってから、丸二日が経った。


 晩ご飯までには帰ると言って出た二人は、いまだ姿が見えず、連絡すらつかないままだ。


 ジャスたちが捜索に森へ入ったが、雷で道が崩れていたらしく、すぐに引き返してきた。


 牧場に残った私たちは、毎日のように押し寄せてくる魔物を退けながら、二人の帰りを待ち続けていた。


「ライラ! 今日ね、ドラゴン四匹倒したよ!」


「はいはい。流石ねー」


「雑! もっと心を込めて褒めてよー」


 夕食の時間になって、私とエリスは食堂でカレーを食べていた。


 窓の外からは、今もギルド員たちの掛け声と、魔物の咆哮が聞こえてくる。


「ねえ、ライラ。ここってカレー以外ないのかな?」


 毎日のように大量に食べて、そろそろ飽きてきたのだろうか。


 四回目のお代わりのため、席から立ちあがった。


 配食口へ顔を向けようとして、途中で止まる。


「ん……? あれ、ロイドじゃない?」


 エリスが、窓の外を指した。


 薄暗い森の境界から、管理棟へ向かって歩いてくる、小さな影が見えた。


「——エリス! 迎えに行くわよ!」


「ちょっ、ライラ?! ちょっと待ってー!」


 背後から聞こえる慌てた声を置き去りに、私は食堂を飛び出した。


 玄関を抜け、森へ向かって走る。


 少しずつ、ロイドの姿がはっきり見えてきた。


 黒い軍服はところどころ焼け焦げ、灰色の髪は泥にまみれている。


 鞘に納めた刀を杖代わりにして、重い足を引きずるように歩いていた。


「ロイドっ! 無事なの?!」


「……ライラ様。ようやく、帰還できて……何よりです」


 ロイドがゆっくりと顔をあげた。


 声に痛々しい電子ノイズが混ざっている。


 少し遅れて追いついたエリスも、ロイドの状態を目にして息を呑む。


「大丈夫……じゃ、なさそうだね?」


「この程度なら、応急修理が、可能です。ひとまず、移動完了まで、お待ちください」


 頭を下げた拍子に、杖にした鞘の先が地面を滑った。


 傾いた身体を慌てて支える。


「私がおぶるから、乗りなさい」


 ロイドの前に回り込み、背中を向けてしゃがみ込んだ。


「いえ、そこまでは……」


「ライラのおんぶはレアだから、経験したほうがいいと思うよ。それとも、僕が持ってってあげようか?」


「え、と……」


 ためらいがちに、肩にそっと小さな手が置かれる。


「……よろしく、おねがい、します」


 背中に、とすん、と軽い身体が寄り掛かった。


 エリスに手伝ってもらいながら、揺らさないように急いで管理棟へ戻った。




 * * *




 ロイドを玄関横のソファへ下ろすと、ミノタさんと何人かのスタッフが駆けつけてきた。


「ロイド殿! これはまた、ずいぶんな大怪我ではありませんか!」


「いえ……可能であれば、充電を、お願いします」


 ロイドが後頭部へ手を伸ばし、ケーブルを引き出す。


 先端のガラス管を私が受け取ろうとすると、横から牧場スタッフが両手を差し出した。


 制御室で作業を教えてくれた魔女が、代わりにガラス管を受け取る。


 すぐに魔力を流し込んだ。


 もう一人がタオルを持ってきて、ロイドの頬についた泥を拭う。


「……お手数を、おかけします」


「いいから。じっとしていなさい」


 隣に座って肩を支え直す。


 ロイドは何か言いかけたが、小さく頷くと、そのまま身体を預けてきた。




 応急処置が終わった後、私とエリス、ミノタさんを含めた一部のスタッフと、手の空いたギルド員たちが会議室へ集められた。


 机は、最初に牧場へ来た時と同じ、コの字型に並べられている。


 ただ、モニターの前に立っているのは、ロイドただ一人だった。


「それでは、森の調査結果を報告します」


 声には、まだ微かにノイズが残っていたが、極めて平坦な口調で報告を始めた。


 五本の光の柱を調べたこと。


 その中心に車があって、正体不明の幼い魔女が倒れていたこと。


 そして、近づいた二人を、巨大な雷が襲ったこと。


「土砂崩れに巻き込まれ、脱出と帰還に時間を要しました。メリンの所在は、確認できていませんが……大破したものと推測されます」


 誰も、言葉を発しなかった。


「大破していても、修復は可能です。問題は……回収できる状態で、残っているかどうか」


 焼け焦げた袖口に、ロイドの指が触れる。


 重い沈黙が、会議室を満たしていた。


「メリンは、きっと平気よ」


 ロイドが顔をあげた。


「エリスとやりあえるくらいだもの。簡単に壊れたりしないわ」


「ライラの言うとおり。むしろ、こんなあっさりやられたんじゃ、腕を斬られた僕の格が下がっちゃうよー」


 隣で、エリスが肩をすくめた。


 ロイドが私たちを交互に見て、袖口から手を離した。


「……ありがとうございます、ライラ様、エリス様」


 それから、集まった全員へ向き直った。


「メリンは、大丈夫です。虹彩騎士団の『黄色』……私の、先輩ですから」


 張りつめていた空気が和らいだところで、ロイドがモニターに牧場周辺の地図を表示した。


 地図には、五つの点が表示されている。


「あらためて、現状の整理をします。この牧場の周辺にある光の柱は、魔力を雷や熱風として出力しています。この牧場の発電装置と、似た仕組みを有していました」


 刀をポインター代わりにして、五つの点を示した。


「森で起きている異常気象は、中心にいる魔女の魔力が、五つの柱に流れ込んでいることが原因です。五本すべてを切除すれば、森の異常を止められる。それが、私とメリンが出した結論です」


 刀を下ろし、ロイドが皆へ向き直った。


 そこに、ジャスが手を挙げる。


「質問っす。柱が無くなったとして、その魔女が自分で雷を出したりする可能性は?」


「気を失ったまま、雷や熱を自分で作り続ける可能性は低いと考えています。目覚めた後の行動は、現在ではわかりません」


「柱が消えれば全部安心ってわけじゃねえんすね。じゃあ、もう一個聞かせてほしいっす。どうやって柱を消すんすか。あんなでっけえの、どうしようもないんじゃ……」


 周囲のギルド員たちも頷いた。


「私が、すべて斬ります」


 ロイドが、皆に見せるように刀を持ち上げた。


「斬るって……いや、流石に無茶じゃねえっすか?」


「おっしゃるとおりです」


「え」


 あっさりと肯定され、ジャスが目を丸くした。


「一本を切除した時点で、ほぼすべての電力を使い果たします。五本すべてを切断することはできません。ですので——」


 ロイドが私へ向き直る。


「ライラ様。森へ同行し、切除するたびに私を充電していただけないでしょうか」


 初めて会ったときと同じように、カメラレンズのような緑色の瞳が私を映す。


 けれど今は、どこか不安そうに揺れていた。


「私は、戦えない一般人よ」


「承知しております。あなたの分、私が戦います」


「でも、充電中に魔物が出たら——」


「それなら、僕の出番だね」


 隣から、エリスが身を乗り出した。


「充電中の二人の護衛は、任せてちょーだいな」


 真っ平らな胸を張って、こちらにウインクを送ってくる。


「……エリスが来たとして、私は魔術の専門家じゃないわ。充電だって、上手じゃなかったでしょ」


「いいえ。私には十分でした」


 ロイドが迷わずに答えた。


「誰よりもあなたに、お願いしたいのです」


「……そう」


 自分の手に目を落とした。


 ガラス管を握ったときの仄かな温かさ。


 小指に感じたひんやりとした感触。


 わざと、大げさにため息をついた。


「そこまで言われたら、しょうがない。協力してあげる」


「っ……ありがとうございます。ライラ様」


 ロイドは勢い良く、深々と頭を下げた。


 向かいの席から、ジャスが身を乗り出す。


「じゃあ、俺らは何してりゃいっすかね?」


「ジャス様たちは、引き続き牧場の警備をお願いいたします。我々が森へ入っている間も、魔物の襲撃は続くでしょう」


「うっす、了解っす!」


「それから、牧場の作戦指揮は、ジャス様にお任せします」


「それも、りょうか……え? 俺が作戦指揮っすか?」


 ジャスは一瞬きょとんとして、それから胸を張った。


「へへ、っす! 任してください!」


「よろしくお願いいたします」


 壁際で話を聞いていたミノタさんが、大きく頷いた。


「必要な道具があれば、我々で揃えますでな。何かあれば、遠慮なく言ってくだされ」


「ありがとうございます。ギルド員の皆様のサポートをお願いいたします」


 ロイドがモニターへ向き直り、地図の表示を閉じた。


「作戦開始は、明日の早朝です。本日は身体を休め、明日に備えてください。以上で、臨時会議を終了します」


 いつもの平坦な口調で告げ、綺麗に頭を下げた。




 その夜。


 私は宿泊用の部屋で、ベッドに横になっていた。


 消灯済みの部屋で、背中側がぼんやりと明るい。


 ベッドの端に座ったエリスが、スマホゲームをしていた。


 一応、私たちには別々の部屋が用意されているのだが、エリスは毎晩のように侵入していた。


 寝ようとしている人の横でゲームをすることについては……もはや何も言うまい。


「ねえ、ライラ」


「……なにー。私はあんたと違って、八時間は寝ないと駄目なんだけど」


「健康的だねぇ! じゃ、なくて。無理してない?」


 スマホの光が、ふっと消えた。


「別に。インドア派の私だって、たまには外に出たいものよ」


「またまたそんなこと言ってー。ロイドのためって、気を張ってるんじゃないの?」


 くすくすと、からかう声を聞き流し、熱くなった布団から片足を出した。


「まあ、ロイドのためっていうのも、なくはないけど」


「けどー?」


「私がやりたいから、やるの。ただの自己満足よ。じゃ、おやすみ」


 そこで話を切って、私は毛布を頭まで被った。


 エリスが立ち上がって、部屋を出ていく音がした。


「……だってさー。素直じゃないよねぇ」


「ふふ……そうかもしれませんね」


「ま、そんなわけだから……心配しなくていいよ、ロイド」


「……エリス様も、きっと素直ではありませんよね」


 まどろみの中で、そんなやり取りが聞こえた気がした。


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