第4話『結んだ小指のその行方』
私とエリスがミノ迷宮牧場へ来た翌朝。
分厚い雲が日差しを遮り、暗い森を、空へ伸びる光の柱が照らしている。
相変わらず異常な景色の中、ドラゴンを含む大量の魔物が、牧場へ押し寄せてきたようで——、
「いっくぞー、みんなー!」
ギルド員たちは魔物の迎撃に向かっていた。
先頭を走る白いパーカーが、建物の陰へ隠れる。
その光景を、管理棟一階の廊下を歩きながら、窓越しに見ていた。
「心配してるの~?」
「別に。エリスが変なことをしないか、確認していただけ」
「エリス様の行動記録が必要であれば、私までお申し付けください」
隣を歩くロイドが、私を見上げた。
「『僕の勇姿を記録しておいて』と指示を受け、牧場内での行動はすべて記録していますので」
「……ロイド、エリスの妙な指示は無視していいわよ。ところで、まだ着かないの?」
「もうすぐだよ~……はい、ここ~」
メリンが立ち止まり、『電気整備制御室』と書かれた扉を指した。
半透明のガラス窓から、白い明かりが漏れている。
扉を開けると、低く響く機械音に交じって、何人かの話し声が聞こえてくる。
機械の間を通って、壁際の黒い機械の棚まで進む。
一台のパソコンと、蛍光灯に似た細長いガラス管が置かれたデスクの前で立ち止まった。
「おや。皆さん、おはようございます!」
大きな影が立ち上がり、私たちのもとへ駆け寄ってきた。
昨夜、私たちを最高グレードの部屋に通そうとしてきた牧場主のミノタさんだ。
分厚い筋肉に覆われた、二メートルは超える巨体。
牛獣人の特徴である闘牛の頭を、ずいっと近づけて笑顔を浮かべている。
「運用作業を手伝っていただけるとのこと、感謝いたしますぞ。さて……」
ミノタさんが、近くで作業をしていたスタッフを呼びつけた。
つなぎを着た二人の女性が、軽く会釈をしてくる。
「魔力関係は、この者たちに任せておりましてな。お恥ずかしながら、私はさっぱりでして」
女性たちは、デスクのガラス管を手に取り、手慣れた様子でキーボードを叩いていた。
モニター上の数字を見て、何やら難しそうな会話をしていた。
「ねえメリン。専門の魔女がいるなら、私いらなくない?」
「あはは~。牧場の仕事だけで言えば、そうかもしれないね~」
メリンは否定する素振りもなく笑った。
「でも、牧場の外に出る仕事は別だよ~。魔女だからって理由だけで~、スタッフの方々を危険な場所に連れ出すわけにはいかないからね~」
「あー……それもそうよね」
説明を受け、思わず肩を落とした。
この人たちは巻き込まれただけの被害者で、最初から危険な場所だとわかって来たのではないのだ。
「それじゃ~、今日はこういう作業ができるか、見せてちょうだいね~」
メリンと会話しているうちに準備が終わったようで、スタッフからガラス管を渡された。
もう一人が引いてくれた椅子に座り、操作方法を教わった。
「魔力を流し込むだけでいいのね。それならできそう」
管を両手で包み込むと、メリンとロイドが隣から覗き込んできた。
「虹彩騎士の一人『赤色』が作成したものです。魔力の投入量に応じて、電気へ自動変換してくれる装置だとか」
「準備はいい~? さっそくやってみよ~」
掛け声に合わせ、ガラス管の中へ押し込むように、魔力を流し込んでいく。
「おおー……」
管が明るくなった。
内側を、パチパチと音を立て、枝分かれした細い光が走っている。
プラズマボールを細長く伸ばしたような見た目だった。
スタッフの一人が、モニターを見ながら指示を出した。
言われたとおりに流す量を変え、一定に保っていると、画面に緑色のマークが表示された。
「終わりましたな。お疲れ様ですぞ、ライラ殿」
ミノタさんの労いを受けつつ、ガラス管を返して席を立つ。
二人のスタッフは、てきぱきと片付けを済ませ、会釈をしてから持ち場へと戻っていった。
「ミノタ様。ご協力いただき、ありがとうございました。私たちはここで失礼いたします」
ロイドが綺麗なお辞儀をして、扉へ向かった。
私も一言挨拶して、そのあとに続いた。
制御室を出たところで、メリンに袖を引かれた。
「ねえねえ~、ライラちゃん。次は、あたしの充電もしてくれな~い?」
「え、なんで?」
「昨日、エリスちゃんと模擬戦したせいで、今ちょっとだけ充電が足りなくてね~。さっきのと同じ感じでできるから、おねが~い」
両手を胸の前に合わせ、くねくねと体を揺らす。
断る理由もないので引き受けることにした。
充電は、玄関横にある小さな休憩スペースで行うことにした。
メリンはソファに座ると、後頭部に手を回す。
「よ~いしょ~」
パキッと音がして、先端に小さなガラス管が付いたケーブルを取り出した。
さっきの装置によく似た、細長いガラス管だ。
「これに、さっきと同じ感じで魔力を流してくれれば、充電できるよ~」
隣に座り、差し出された管を受け取る。
「管の端に、赤い線があるでしょ~。そこまで光ったら、いったん止めてね~。入れすぎると、熱くなって充電できなくなるから~」
「はいはい。じゃあ、始めるわね」
ガラス管へ、先ほどより少ない量をゆっくりと流し入れる。
光が灯ると同時に、かすかな熱が手のひらに伝わった。
「……どう? 上手くできてる?」
「できてるよ~。上手くできてるかで言えば、普通って感じ~」
「感謝の気持ちが感じられないから、これくらいで終わるわね」
「や~ん、ごめんてば~。普通でも助かるよ~、ありがと~」
光を見ながら、魔力を流しては止める。
何度か繰り返したところで、メリンが顔をあげた。
「これくらいでいいよ~。ありがと~ね」
メリンはケーブルをしまい、ソファから立ち上がった。
両腕をあげて伸びをした後、座ったままの私に向き直った。
「じゃ~、あたしはみんなと一緒に魔物を狩ってくるね~」
「そ。気を付けていってらっしゃい」
手を振って玄関ドアをくぐる姿を見送る。
ドアが閉まりかけたところで、
「あ、よければロイドちゃんにも充電してあげて~」
隙間から顔だけ出して、そう言い残していった。
完全に扉が閉まって、隣に立ったままのロイドに声をかけた。
「……それじゃあ、あなたもやっておく?」
「そうですね。よろしくお願いします」
ロイドが、先ほどまでメリンの座っていた場所へ腰を下ろした。
後頭部からケーブルを取り出し、私に差し出してくる。
受け取ろうとして、指先が触れた。
「その……初めてなので、優しくお願いします」
ふいっと視線を逸らす姿に、
「……謎の背徳感があるわね」
指が離れたところで、メリンの時と同じように魔力を流し込んだ。
「そういえば、ロイドたちはこのあとどうするの?」
「午後から、メリンと二人で森の調査を行います」
ロイドが窓の外を見た。
巨大な光の柱が立ち、森では雷鳴がひっきりなしに響いている。
「あなた、たしか生後三か月って言っていたわよね。まだ生まれたばっかりで、あんなところに行かされるの?」
「ええ。ですが、私はアンドロイドですので。機体性能だけであれば、メリンより上ですし、問題はありません」
「……そう」
ガラス管の光が赤い線に近づき、一度魔力を止める。
待っている間に、ロイドに視線を移した。
「でも、無理しちゃだめよ。まだ子供なんだから」
そう言って、ガラス管を片手に持ち替え、空いた手をロイドの頭に置いた。
ロイドの肩が、小さく跳ねる。
「私は……その、役割がありますので」
「はぁ、素直すぎるっていうか真面目ね……メリンの計算高さとか、見習ったほうがいいわよ。あとはエリスの自由さとか」
「私は、それぞれの『色』から教育を受けています。今回も、メリンから任務の実戦教育を受けているところで……」
そこまで言って、ロイドは口を閉じた。
「いえ。そういうことでは、ないですね」
うつむき、膝の上で両手を合わせた。
光が引いた管へ、もう一度魔力を流し込む。
少し間が空いてから、
「ありがとうございます。ライラ様」
どこか嬉しそうな声色で、小さく零した。
しばらくして、充電が終わった。
「さて、こんなところかしらね」
「はい。おかげさまで、十分な電力を確保できました。通常の活動であれば、あと三日は補給なしで動けます」
「なかなか燃費がいいのね」
ロイドがケーブルをしまったのを確認して、私はソファから立ち上がった。
休憩スペースを去ろうと一歩踏み出すと、廊下の先から食器が触れ合う音が聞こえてきた。
「もうすぐお昼ね……そういえば、アンドロイドって食事できるの?」
「可能です。しかし、直接充電する方が効率がよいため、食事することは滅多にありません」
「ふーん……」
そういえば、昨日の晩ご飯の時も、メリンとロイドは何も食べていなかった。
けれど、食べられないわけではないのなら、
「ねえ、ロイド。この依頼が終わったら、一緒にケーキを食べない?」
「ケーキ、ですか?」
ロイドが私を見上げた。
「しかし、先ほど申したように、食事は非効率で——」
「いいのよ。もともと私とエリスで買って食べるつもりだったし」
目の高さを合わせるように、少し腰をかがめる。
「それに、エリスは人が多い方が好きだから。あの子のためだと思って、どう?」
緑色の瞳をのぞき込むと、ロイドは小さく頷いた。
「……そうですね。ぜひ、ご一緒させてください」
「よしっ、決まりね。じゃあ、約束しましょう」
小指を差し出すと、ロイドは自分の手を見た。
私の指と見比べてから、同じように小指を立てる。
「はい。約束します」
少しひんやりした指が、私の指に絡んだ。
* * *
昼食を終え、管理棟の前へやってきた。
黒い軍服を着て、武器を帯びたメリンとロイドが並んでいる。
メリンは模擬試合でも使った円盾と片手剣。
ロイドは白い鞘の刀だ。
「それじゃ~、ジャスくん、エリスちゃん。あたしたちがいない間、牧場を守って待っててね~」
「っす! 任せてくださいっす!」
「おっけー! でも、これで魔物討伐数バトルは僕が勝ちそうだねー?」
「ええ~? あたしがいない時間はカウント外でしょ~」
ジャスが勢いよく頷き、エリスとメリンがハイタッチをした。
私の知らないところで、ずいぶん仲良くなっていたらしい。
そんな二人を横目に、ロイドへ近づく。
「ね、ロイド。一つ質問」
「はい」
「何ケーキが好き?」
ロイドは顎に手を当てて、少し考えこむ。
それから、こちらを見上げたまま微笑んだ。
「特に好みはありませんが……ライラ様と同じものということで」
「おやおや~? ロイドちゃん、ライラちゃんといい感じだね~? 道中、メリンお姉さんに、いろいろ聞かせてよ~」
「ちょーっとライラ? 生後三か月のちっちゃな子に手を出したわけ? それは流石に……僕も擁護できないよ……」
茶化してくる二人に、順番にチョップをお見舞いした。
「そんじゃ~、晩ご飯までには帰るから~」
「行ってまいります」
ひらひらと手を振るメリンと、綺麗にお辞儀をするロイド。
「ええ、いってらっしゃい」
小さくなっていく背中を見送った。




