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普通の魔女と、グレーの家族  作者: ネコメガネ
第一章『嵐の魔女』
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第3話『vs警告の黄色』


 暗雲が立ち込める、ミノ迷宮牧場。


 薄暗い平野の一角で、十五人ほどの人影が集まっていた。


 相変わらず、熱いような、冷たいような、奇妙な風が吹いている。


 その風の中、私たちが見守る先で、エリスとメリンが向かい合っていた。


「なーんか、よく分かんない状況なんだけど。つまり、僕は君に勝てばいいってこと?」


「そういうこと~。お手柔らかによろしくね~、エリスちゃん」


「うへぇ。虹彩騎士団と戦うの、嫌なんだけどなぁ」


 緊張感に包まれる中、二人の間には日常会話でもしているような、のほほんとした空気が漂っていた。


「……ライラさん。なんていうか、こんなことになっちゃって、申し訳ねえっす」


 さっきの会議で注意をしてきたエルフの男、ジャスに頭を下げられた。


「ええと……? ジャスさんでしたっけ。申し訳ないっていうのは?」


「っす。ジャスっす。その……エリスさん、でしたっけ。あの子、勝てねえっす」


 ジャスは声を落として、私だけに聞こえるように続けた。


「メリン隊長は、俺らの誰よりも強いっす。しかも、模擬戦だからって手加減しない人だ。だから——」


 言葉を止めて、彼は腰のポーチから茶色の小瓶を取り出した。


「エリスさんがケガしたあと、これ使ってください」


 渡された小瓶のラベルには、上級ポーションの名前が書かれていた。


 どんな傷もすぐにふさがると評判の、かなり高価な回復薬である。


「……お気持ちだけで十分ですよ。あの子には、たぶん必要ないので」


「気にしなくていいっすよ! 言い出しっぺは俺ですから。痛い思いさせて、そのままってのも気ぃ悪いんで」


「あ、いえ。そういう意味ではなく——」


「ライラ様、ジャス様。そろそろ始まりそうです」


 返そうとしたところで、ロイドに声をかけられた。


「っと、いけねぇ。それじゃ、また後でっす!」


 その隙に、ジャスは仲間たちの方へ駆けていってしまった。


 返し損ねた小瓶は、肩掛け鞄の内ポケットに入れた。


 留め具を閉めている間に、向こうから二人の声が聞こえてくる。


「血の槍……吸血鬼っぽくていいね~」


「そっちは円盾と片手剣? 剣闘士って感じでカッコよー!」


 まるで女子会のようなテンションで、二人が武器を構えていた。


 エリスが持っているのは、身長より少し短い赤い槍。


 赤く透き通った、自分の血を固めて作ったものだ。


 対するメリンは、右手に光沢のある黒い円盾。


 左手には、幅広の片手剣を持っていた。


 風がやむと同時に、誰かが息を呑む音が聞こえた。


「それじゃ~。最初はエリスちゃんから、どうぞ~」


「オッケー! 壊れないよう、気をつけて……ねっ!」


 楽しげな掛け声の直後。


 血の槍と円盾がぶつかり合う鈍い音が、平野に響いた。




 戦闘が始まって、十分ほど経った……のだが。


「あはは! 君、硬すぎじゃない?!」


「お褒めにあずかり恐悦至極~」


 戦況は、始まった時からほとんど変わっていなかった。


 私の目では何がどう動いているのか分からないが、周りのギルド員たちには見えているらしい。


「……は? なん、嘘だろ……?」


 混乱している人がいたり、


「すっげぇ! なんだあの動き!」


 熱狂する人がいたり、


「おおーっと、エリス様の槍が弾かれた。その隙にメリンが盾で殴りつけに行くー。しかしエリス様、盾を足場に空中へと舞い、上から刺突を繰り出していくぞー」


 ロイドが抑揚のない声で実況していたり……って、


「ロイド? 何してるの?」


 隣に立つロイドは、いつの間にか手にしていた刀の柄を、マイクのように握っていた。


「実況をしています」


「それは見ればわかるわよ。なんで実況してるのか聞いてるの」


「なるほど。失礼しました。先ほどエリス様より、『ライラは僕のすごさが分からないと思うから、実況して教えてあげて』と指示を受けました」


「……なるほどね。じゃあ、その刀マイクと喋り方は?」


「エリス様より、このようにやれと指示が」


「普通に喋っていいわよ」


「承知しました」


 エリスなりの気遣いなのか、ただの悪ふざけなのか。


 ともあれ、おかげで状況は少し分かるようになった。


 エリスが縦横無尽に動き回る。


 メリンが、その場ですべてを受け止める。


 振り下ろされた槍は盾で受け流され、薙ぎ払われた剣はひらりひらりと避けられる。


 いくつもの剣戟に、金属音が激しく鳴り響く。


「エリスちゃん、本気出していいよ~。あたしも本気出すから~」


「おっけー、任せろーい」


 切り結んでいた二人が、互いに距離を取った。


 笑顔のまま、視線だけをぶつけ合う。


 エリスが、パーカーの袖を二の腕までまくった。


 右手を口元へ運び、親指の腹を長い犬歯で噛み切る。


「血式『朱玻璃の刃・斧槍』」


 傷口から流れた血が、手元の槍へ纏わりつく。


 赤い液体が形を変え、膨らみ、やがて巨大な斧槍へと姿を変えた。


 それを見つめるメリンも、片手剣を構えなおす。


「機構の使用を申請……許可。最大出力。剣型参式の制限を解除」


 気の抜けた喋り方とは違う、アナウンスのような、機械的な口調だった。


 左手の剣が、黄色い光を放つ。


 同時に、パチッと音を立てて、メリンの周囲に電気が走った。


 楽しげだった空気が薄まり、代わりに張り詰めた緊張感が溢れ出す。


 先に動いたのは、エリスだった。


「よーいっ、しょっ!」


 軽い掛け声とともに、エリスが駆け出した。


 赤く煌めく斧槍が、空気を裂いてメリンへ迫る。


 その刃が届くよりも早く、


「剣型参式『黄色の一閃』」


 黄色い閃光が横へ走った。


 エリスの両腕が切断され、肘から先が宙を舞う。


「あっ……」


 エリスが間の抜けた声を漏らした。


 切断面から噴き出す血液と、形を失った斧槍が、空中を鮮やかな赤で彩る。


 メリンは、剣を振りぬいた姿勢のまま、


「——あ~、やば」


 宙を舞っていた血液が、鎖状に形を変えた。


 メリンは咄嗟に飛び退いたが、


「血式『緋脈の鎖』っ!」


 硬化した血液が身体に巻き付き、その動きを完全に封じた。


「いやー、危ないところだった。このパーカー、お気にだからさ」


 エリスは呑気に笑いながら、肘から先をにょきっと再生させた。


 傷一つない白い手で、まくっていた袖を下ろす。


「……あはは~。あたしの負けか~」


 縛られたまま動けないメリンも、楽しそうに笑っていた。


「流石、ウチの部隊長相手に善戦しただけあるね~」


「うぇ、あの子のことは出さないでよ」


「まあ、ともあれ~」


 メリンが見守っていたギルド員たちへ顔を向けた。


「みんな~。エリスちゃんの実力、分かった~? 頼もしい味方になってくれそうでしょ~?」


 一瞬だけ、沈黙が落ちて。


 一気に空気がほどけた。


「は、はは。むしろ、こえーかも」


「いやはや、いいものを見せてもらった!」


「っしゃー! メリン隊長に賭けてたやつら、有り金全部出しやがれ!」


 曇天の下、歓声と拍手が巻き起こった。




 * * *




 場所は変わって、牧場の食堂。


 外は既に暗くなっていた。


 今日はこのまま、牧場に併設された宿泊施設に泊まることになっている。


 非常時で部屋が余っているからと、最高グレードの部屋に通そうとする牧場主とひと悶着あったが、それはまた別の話。


 ともかく。


 私とエリスは、食堂でカレーを食べながら、向かいに座るメリンとロイドと会話していた。


「ぜ~ったいエリスちゃん、本気出してなかったと思うんだよね~」


「私の記憶では、お二人とも本気と発言されていました」


「ロイドちゃんは素直すぎだよ~。もっと疑うことを覚えなきゃ~。特に、エリスちゃんみたいなのはね~」


「ひっどーい! 悪口言われたよー、慰めてライラー」


「メリンの言う通りよ。エリスの発言は、真に受けるものじゃないわ」


「身内からも撃たれた?!」


 エリスに肩を揺らされ、カレーをこぼしかけた。


 肘で押し返しつつ、一口食べてからメリンに訊ねた。


「これで、ここに居させてもらえそうね」


「そうだね~。みんな、納得してくれたみたいだよ~」


「でも、エリスはともかく、私は何をすればいいかしら」


「そうだね~、いろいろ手伝ってほしいことがあるんだけど~」


 メリンは机の上で両手を合わせた。


「まずは、牧場でお手伝いかな~。他のお仕事は~、ライラちゃんの実力を見てからお願いするね~」


「明日、発電装置のメンテナンスを行います。操作方法など、細かい説明はその時に」


「なるほど、わかったわ」


 やり取りをしている横で、エリスが四回目のお代わりに席を立った。


「……あんた、まだ食べるの?」


「さっきの勝負で消耗しちゃったからね。身体の資本は食事だよ!」


 そんなことを言いながら、空のお皿を持って行ってしまった。


 結局、七回もお代わりして「胃が痛い」と椅子に沈んでいた。


 食事を終えて、食器を片付けようと席を立ったところで、背後から声をかけられた。


「ライラさん、エリスさん。すんませんっした」


 振り返ると、ジャスが深く頭を下げてきた。


「俺、調子乗って帰れなんて言っちまって……手のひら返すようで悪いんすけど、めっちゃ頼りにさせてもらうっす!」


「ふふーん。気にしていないから平気だよっ。都市において、僕より強い人は……あんまりいないってことを覚えてくれればいいからね!」


 真っ平らな胸を張るエリスに、ジャスが笑顔を浮かべて頷いた。


「エリスさんがあれだけ強いってことは、実はライラさんもめっちゃ強かったりするんすか? 良ければ、魔術使うとこ、見たいっす!」


「え」


「あ~、確かに~。試しにさ、ジャスくんに魔術を撃ってあげたら~?」


「そっす……え? 俺に撃つんすか?」


「いや、私、家庭用魔術しか使えないって言ったわよね」


「そうだけど~、作業前に実力を知っておきたいし~? いいでしょ~」


 メリンはニヤニヤと、楽しそうな笑みを浮かべていた。


 ジャスも、困惑しながらも好奇心を隠しきれていない様子。


 それどころか、周囲のギルド員たちまでぞろぞろ集まってきていた。


「……はぁ。じゃあ、全力を見せてあげる」


 両手を前に出す。


 手のひらに意識を集中させ、粘土のような感触をつかむ。


 こねるように、まとめ、伸ばし、練りこむ。


 手の周りに、青白い電気が走り始める。


 光を纏った手を、身構えるジャスへ思い切り突き出し——、


 パチッ。


「痛っ」


 ささやかに音を立てて、静電気が走った。


「……」


 誰も一言も発さないまま、食堂が静まり返った。


「なんか……すんませんっす」


 そっと目を逸らしたジャスが、そそくさと立ち去っていった。


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