第3話『vs警告の黄色』
暗雲が立ち込める、ミノ迷宮牧場。
薄暗い平野の一角で、十五人ほどの人影が集まっていた。
相変わらず、熱いような、冷たいような、奇妙な風が吹いている。
その風の中、私たちが見守る先で、エリスとメリンが向かい合っていた。
「なーんか、よく分かんない状況なんだけど。つまり、僕は君に勝てばいいってこと?」
「そういうこと~。お手柔らかによろしくね~、エリスちゃん」
「うへぇ。虹彩騎士団と戦うの、嫌なんだけどなぁ」
緊張感に包まれる中、二人の間には日常会話でもしているような、のほほんとした空気が漂っていた。
「……ライラさん。なんていうか、こんなことになっちゃって、申し訳ねえっす」
さっきの会議で注意をしてきたエルフの男、ジャスに頭を下げられた。
「ええと……? ジャスさんでしたっけ。申し訳ないっていうのは?」
「っす。ジャスっす。その……エリスさん、でしたっけ。あの子、勝てねえっす」
ジャスは声を落として、私だけに聞こえるように続けた。
「メリン隊長は、俺らの誰よりも強いっす。しかも、模擬戦だからって手加減しない人だ。だから——」
言葉を止めて、彼は腰のポーチから茶色の小瓶を取り出した。
「エリスさんがケガしたあと、これ使ってください」
渡された小瓶のラベルには、上級ポーションの名前が書かれていた。
どんな傷もすぐにふさがると評判の、かなり高価な回復薬である。
「……お気持ちだけで十分ですよ。あの子には、たぶん必要ないので」
「気にしなくていいっすよ! 言い出しっぺは俺ですから。痛い思いさせて、そのままってのも気ぃ悪いんで」
「あ、いえ。そういう意味ではなく——」
「ライラ様、ジャス様。そろそろ始まりそうです」
返そうとしたところで、ロイドに声をかけられた。
「っと、いけねぇ。それじゃ、また後でっす!」
その隙に、ジャスは仲間たちの方へ駆けていってしまった。
返し損ねた小瓶は、肩掛け鞄の内ポケットに入れた。
留め具を閉めている間に、向こうから二人の声が聞こえてくる。
「血の槍……吸血鬼っぽくていいね~」
「そっちは円盾と片手剣? 剣闘士って感じでカッコよー!」
まるで女子会のようなテンションで、二人が武器を構えていた。
エリスが持っているのは、身長より少し短い赤い槍。
赤く透き通った、自分の血を固めて作ったものだ。
対するメリンは、右手に光沢のある黒い円盾。
左手には、幅広の片手剣を持っていた。
風がやむと同時に、誰かが息を呑む音が聞こえた。
「それじゃ~。最初はエリスちゃんから、どうぞ~」
「オッケー! 壊れないよう、気をつけて……ねっ!」
楽しげな掛け声の直後。
血の槍と円盾がぶつかり合う鈍い音が、平野に響いた。
戦闘が始まって、十分ほど経った……のだが。
「あはは! 君、硬すぎじゃない?!」
「お褒めにあずかり恐悦至極~」
戦況は、始まった時からほとんど変わっていなかった。
私の目では何がどう動いているのか分からないが、周りのギルド員たちには見えているらしい。
「……は? なん、嘘だろ……?」
混乱している人がいたり、
「すっげぇ! なんだあの動き!」
熱狂する人がいたり、
「おおーっと、エリス様の槍が弾かれた。その隙にメリンが盾で殴りつけに行くー。しかしエリス様、盾を足場に空中へと舞い、上から刺突を繰り出していくぞー」
ロイドが抑揚のない声で実況していたり……って、
「ロイド? 何してるの?」
隣に立つロイドは、いつの間にか手にしていた刀の柄を、マイクのように握っていた。
「実況をしています」
「それは見ればわかるわよ。なんで実況してるのか聞いてるの」
「なるほど。失礼しました。先ほどエリス様より、『ライラは僕のすごさが分からないと思うから、実況して教えてあげて』と指示を受けました」
「……なるほどね。じゃあ、その刀マイクと喋り方は?」
「エリス様より、このようにやれと指示が」
「普通に喋っていいわよ」
「承知しました」
エリスなりの気遣いなのか、ただの悪ふざけなのか。
ともあれ、おかげで状況は少し分かるようになった。
エリスが縦横無尽に動き回る。
メリンが、その場ですべてを受け止める。
振り下ろされた槍は盾で受け流され、薙ぎ払われた剣はひらりひらりと避けられる。
いくつもの剣戟に、金属音が激しく鳴り響く。
「エリスちゃん、本気出していいよ~。あたしも本気出すから~」
「おっけー、任せろーい」
切り結んでいた二人が、互いに距離を取った。
笑顔のまま、視線だけをぶつけ合う。
エリスが、パーカーの袖を二の腕までまくった。
右手を口元へ運び、親指の腹を長い犬歯で噛み切る。
「血式『朱玻璃の刃・斧槍』」
傷口から流れた血が、手元の槍へ纏わりつく。
赤い液体が形を変え、膨らみ、やがて巨大な斧槍へと姿を変えた。
それを見つめるメリンも、片手剣を構えなおす。
「機構の使用を申請……許可。最大出力。剣型参式の制限を解除」
気の抜けた喋り方とは違う、アナウンスのような、機械的な口調だった。
左手の剣が、黄色い光を放つ。
同時に、パチッと音を立てて、メリンの周囲に電気が走った。
楽しげだった空気が薄まり、代わりに張り詰めた緊張感が溢れ出す。
先に動いたのは、エリスだった。
「よーいっ、しょっ!」
軽い掛け声とともに、エリスが駆け出した。
赤く煌めく斧槍が、空気を裂いてメリンへ迫る。
その刃が届くよりも早く、
「剣型参式『黄色の一閃』」
黄色い閃光が横へ走った。
エリスの両腕が切断され、肘から先が宙を舞う。
「あっ……」
エリスが間の抜けた声を漏らした。
切断面から噴き出す血液と、形を失った斧槍が、空中を鮮やかな赤で彩る。
メリンは、剣を振りぬいた姿勢のまま、
「——あ~、やば」
宙を舞っていた血液が、鎖状に形を変えた。
メリンは咄嗟に飛び退いたが、
「血式『緋脈の鎖』っ!」
硬化した血液が身体に巻き付き、その動きを完全に封じた。
「いやー、危ないところだった。このパーカー、お気にだからさ」
エリスは呑気に笑いながら、肘から先をにょきっと再生させた。
傷一つない白い手で、まくっていた袖を下ろす。
「……あはは~。あたしの負けか~」
縛られたまま動けないメリンも、楽しそうに笑っていた。
「流石、ウチの部隊長相手に善戦しただけあるね~」
「うぇ、あの子のことは出さないでよ」
「まあ、ともあれ~」
メリンが見守っていたギルド員たちへ顔を向けた。
「みんな~。エリスちゃんの実力、分かった~? 頼もしい味方になってくれそうでしょ~?」
一瞬だけ、沈黙が落ちて。
一気に空気がほどけた。
「は、はは。むしろ、こえーかも」
「いやはや、いいものを見せてもらった!」
「っしゃー! メリン隊長に賭けてたやつら、有り金全部出しやがれ!」
曇天の下、歓声と拍手が巻き起こった。
* * *
場所は変わって、牧場の食堂。
外は既に暗くなっていた。
今日はこのまま、牧場に併設された宿泊施設に泊まることになっている。
非常時で部屋が余っているからと、最高グレードの部屋に通そうとする牧場主とひと悶着あったが、それはまた別の話。
ともかく。
私とエリスは、食堂でカレーを食べながら、向かいに座るメリンとロイドと会話していた。
「ぜ~ったいエリスちゃん、本気出してなかったと思うんだよね~」
「私の記憶では、お二人とも本気と発言されていました」
「ロイドちゃんは素直すぎだよ~。もっと疑うことを覚えなきゃ~。特に、エリスちゃんみたいなのはね~」
「ひっどーい! 悪口言われたよー、慰めてライラー」
「メリンの言う通りよ。エリスの発言は、真に受けるものじゃないわ」
「身内からも撃たれた?!」
エリスに肩を揺らされ、カレーをこぼしかけた。
肘で押し返しつつ、一口食べてからメリンに訊ねた。
「これで、ここに居させてもらえそうね」
「そうだね~。みんな、納得してくれたみたいだよ~」
「でも、エリスはともかく、私は何をすればいいかしら」
「そうだね~、いろいろ手伝ってほしいことがあるんだけど~」
メリンは机の上で両手を合わせた。
「まずは、牧場でお手伝いかな~。他のお仕事は~、ライラちゃんの実力を見てからお願いするね~」
「明日、発電装置のメンテナンスを行います。操作方法など、細かい説明はその時に」
「なるほど、わかったわ」
やり取りをしている横で、エリスが四回目のお代わりに席を立った。
「……あんた、まだ食べるの?」
「さっきの勝負で消耗しちゃったからね。身体の資本は食事だよ!」
そんなことを言いながら、空のお皿を持って行ってしまった。
結局、七回もお代わりして「胃が痛い」と椅子に沈んでいた。
食事を終えて、食器を片付けようと席を立ったところで、背後から声をかけられた。
「ライラさん、エリスさん。すんませんっした」
振り返ると、ジャスが深く頭を下げてきた。
「俺、調子乗って帰れなんて言っちまって……手のひら返すようで悪いんすけど、めっちゃ頼りにさせてもらうっす!」
「ふふーん。気にしていないから平気だよっ。都市において、僕より強い人は……あんまりいないってことを覚えてくれればいいからね!」
真っ平らな胸を張るエリスに、ジャスが笑顔を浮かべて頷いた。
「エリスさんがあれだけ強いってことは、実はライラさんもめっちゃ強かったりするんすか? 良ければ、魔術使うとこ、見たいっす!」
「え」
「あ~、確かに~。試しにさ、ジャスくんに魔術を撃ってあげたら~?」
「そっす……え? 俺に撃つんすか?」
「いや、私、家庭用魔術しか使えないって言ったわよね」
「そうだけど~、作業前に実力を知っておきたいし~? いいでしょ~」
メリンはニヤニヤと、楽しそうな笑みを浮かべていた。
ジャスも、困惑しながらも好奇心を隠しきれていない様子。
それどころか、周囲のギルド員たちまでぞろぞろ集まってきていた。
「……はぁ。じゃあ、全力を見せてあげる」
両手を前に出す。
手のひらに意識を集中させ、粘土のような感触をつかむ。
こねるように、まとめ、伸ばし、練りこむ。
手の周りに、青白い電気が走り始める。
光を纏った手を、身構えるジャスへ思い切り突き出し——、
パチッ。
「痛っ」
ささやかに音を立てて、静電気が走った。
「……」
誰も一言も発さないまま、食堂が静まり返った。
「なんか……すんませんっす」
そっと目を逸らしたジャスが、そそくさと立ち去っていった。




