第2話『新生騎士との出会い』
家を出てから、だいたい二時間半。
ようやく到着した『ミノ迷宮牧場』は、広大な森の中の、ひらけた平野にあった。
駐車場からは、正面に管理棟、その横に並ぶ牛舎とそれを囲う木の柵、さらに先に広がる森が見渡せる。
観光地として有名なのも納得できる、それはそれは壮大な景色で——、
「すっごー! これが大自然……っ!」
「いや、大異変でしょうが」
空は、分厚い黒雲に覆われていた。
雲の内側で、ひっきりなしに雷が光っている。
森のあちこちからは、地上から空へ突き刺さるように、白い光の柱が伸びていて。
熱いと思った次の瞬間には冷たくなり、冷たいと思えば熱くなる、奇妙な風も吹いていた。
「なんともまあ……天使でも降臨しそうな光景ね」
「あ、見てライラ。誰かこっち来てる」
肩を叩かれ、指の先へ目を向けた。
黒い軍服を着た灰色の髪の少女が、私たちへ向けて歩いてきた。
少女は私たちの前で立ち止まり、
「お客様。大変申し訳ありません。現在、非常事態につき、牧場は休館しております。お早めにお帰りください」
事務的な平坦な声で言った。
顔立ちは幼く、身長も百四十センチあるかないかと、小柄な女の子だ。
緑色の瞳は、まるでカメラのレンズを向けられているような、妙な無機質さがある。
ルーズサイドテールにまとめた灰色の髪と、銀の装飾が施された黒い軍服からは、どこか成熟した印象を受けた。
「僕たちはドラゴン討伐の依頼を受けてきたギルド員だよ! ほら、これ」
エリスが、パーカーのポケットから、綺麗に折りたたまれた依頼書を取り出した。
それを手渡された少女が、上から下へ目を通す。
数秒後、依頼書をたたみなおし、私たちへ改めて向き直った。
「失礼いたしました。エリス様と、ライラ様ですね。ようこそお越しくださいました」
四十五度の、綺麗なお辞儀だった。
「いえ、こちらこそごめんなさい。こんな格好じゃ、観光客に見えても仕方ないわよね」
私は白シャツにカーディガン。
エリスは、いつものよれた白いパーカー。
非常事態の牧場に来た討伐依頼の参加者としては、場違いな服装と言われても反論できない。
「ところで、あなたは?」
私が訊ねると、少女は背筋を伸ばした。
「申し遅れました。私は、虹彩騎士団の『灰色』。ロイドと申します」
そう名乗り、ロイドは私を見上げて、
「よろしくお願いいたします。ライラ様」
こちらへ手を差し出した。
* * *
ロイドに案内され、管理棟の中を移動していた。
建物の内装は、牧場らしいログハウス風だった。
木製の床に、暖かい色の壁。
廊下には等間隔で扉が並び、外の異常気象が嘘のように静かだった。
「今向かっている会議室ですが」
先頭を歩くロイドが、振り返らずに言った。
「本日は定期ミーティングが予定されています。他のギルド員、および虹彩騎士団の者は、既に集まっています」
「待たせてしまっていたら、申し訳ないわね」
「ふっ。主役は遅れてやってくるものさ……キラーン」
隣で決めポーズをとるエリスは無視した。
ロイドの背中を見ながら、気になっていたことを口にする。
「あなたが虹彩騎士だなんて、少し驚いたわ」
「我々の外見から、同じような感想を抱かれる方は多いようです」
都市には、吸血鬼や魔女、エルフに獣人に、人間もいる。
種族が違えば、外見も、成長の早さも違うので、見た目だけで年齢や実力を判断することができない。
とはいえ、騎士なんて肩書を持つ相手が幼く見えると、やはり気になった。
「私たち虹彩騎士団は、アンドロイドで構成された集団です。また、全個体が幼い外見で造られています」
ロイドは、歩調を変えずに淡々と答えた。
「外見は幼く見えても、稼働年月が数百年を超える個体も存在しています。今回の作戦指揮を担当する者も、二百年以上稼働しているベテランですので、ご安心ください」
「はえー、数百年。みんな若いねえ。ちなみにロイドは何歳なの?」
「生後三か月です。さて、着きましたよ」
『会議室』の札が下がる扉の前で、ロイドは立ち止まった。
振り返り、私たちがついてきていることを確認すると、扉を開く。
「お待たせしました。エリス様と、ライラ様が到着しました」
その瞬間、中にいた全員の視線が、こちらへ集まった。
会議室は、大人が三十人くらいなら入れそうな広さだった。
入り口から見て正面の壁には、大きめのモニターが設置されている。
モニターを中心に、折りたたみ机がコの字に並べられていた。
少し古く見えるパイプ椅子には、エルフや獣人、魔族らしき者たちが座っている。
人数は、ざっと十五人ほど。
その全員が、私たちを見て怪訝そうな顔をしていた。
「おつかれさま~、待ってたよ~」
モニター側から、気の抜けた声がした。
ロイドと同じ黒い軍服を着た少女が、こちらへ手を振って立っていた。
ロイドそっくりの幼さが残る顔立ち。
その眠そうな半目からは緑色の瞳が覗いていた。
髪色は黄色で、雑なサイドアップにまとめられている。
身長も、ロイドとちょうど同じくらいだ。
「ふあぁ~あ。それじゃ~、まずは自己紹介させてもらいま~す」
少女はあくびを噛み殺すこともせず、そのまま続けた。
「あたしは、虹彩騎士団・減法部隊の『黄色』。メリンだよ~。よろしくね~」
「エリスでーす! よっろし——あだっ?!」
「ライラです。お待たせしました」
調子に乗るエリスへチョップを入れて、頭を下げた。
「では、ライラ様、エリス様。こちらの席へどうぞ」
案内され、私たちは入り口近くの席に座った。
メリンは参加者の顔をざっと見渡すと、
「おっほん。ではでは~、会議を始めま~す。ライラちゃんたちは、分かんないことがあったらあとで教えてあげるから~、今は適当に聞いてていいよ~」
そんな気の抜けるゆったりした合図で、会議は始まった。
一時間ほど経過して、会議が終盤に差し掛かっていた。
「というわけで~、会議はこの辺で終了にしようかな~。最後に質問ある人~、いる~?」
進行役を務めていたメリンが、ドキュメントの映るモニターの前で問いかけた。
会議の内容は、要するにこうだった。
本来、この作戦の目的は、牧場に現れたドラゴンの討伐だった。
だが、作戦準備を進めるうちに、近辺の森で魔力異常と異常気象が発生。
その影響か、牧場周辺に現れるドラゴンの数が増えたうえ、小型の魔物も大量発生し始めているという。
虹彩騎士団の見解では、魔力異常によって、ドラゴンたちが本来の住処から逃げ出してきた可能性が高いとのこと。
こうして、ドラゴン討伐に加えて、魔力異常の解決も必要になった。
依頼詳細に『魔女種族は大歓迎』と書かれていたのは、そのためだ。
「魔力の扱いが一番上手い種族は、魔女だからね~。調査、解決のため~、どうしても来てほしかったんだ~」
メリンはそう説明した。
「本来、魔力関係の案件は『赤色』が調査してから動くんだけど~……人手不足って嫌だね~」
私に向かってウインクしたり、がっくりと肩を落としたりと忙しない。
魔女だというだけで、そんなに期待されても困るのだが。
「私にできる範囲で協力するわ。でも……」
「でも~?」
「私、家庭用魔術しか使えないの。戦闘は当然無理だし、魔術の専門家でもないけれど、それでも平気?」
会議室がざわつく。
一瞬だけ、メリンは考えるように目を細めたが、すぐに先ほどまでの笑顔へ戻った。
「まあ~、依頼では無条件で歓迎って募集していたもんね~。問題はないと思うよ~。ね、ロイドちゃん」
「メリンがそう言うのなら、そうなのでしょう」
「そう。なら、いいんだけど」
頷き合う二人を見て、私は椅子の背にもたれた。
まだざわつきが残る中、私の斜め前に座っていた金髪のエルフが手を挙げた。
「は~い、ジャスくん。どうぞ~」
「っす。ちと、不快にさせたら申し訳ないっすけど、ライラさんたちに言いたいことがあって」
ジャスと呼ばれた男は、メリンに軽く会釈してから立ち上がった。
こちらへまっすぐ向き直り、
「あんたら、ここは遊び場じゃねえっすよ。死ぬ可能性がある。それは分かってるんすか?」
そんな、至極まっとうなことを聞いてきた。
「もちろん、分かって——」
「いや、当然分かってるとは思うんすけどね。ほら、隣の姉さんなんか、爆睡かましてるし」
ジャスの指が、私の隣を示す。
そちらを向くと、エリスが机に頬をくっつけて寝ていた。
「え、あ。ちょっと、エリス! やけにおとなしいと思ったら……ほら、起きなさい!」
「ふにゃあ……あれぇ? ちっちゃな魔女ちゃんはー?」
「寝ぼけてんじゃないわよ!」
エリスの肩を揺すって顔を上げさせると、今度は私の腕を枕にしようとしてきた。
「……はぁー」
ジャスが盛大にため息をついた。
「メリン隊長。やっぱ、帰らせた方がいいんじゃないすか?」
「う~ん。気持ちは分かるけど~、エリスちゃんもライラちゃんも、今回は必要になりそうな気がするんだよね~」
「いや、でも……」
「まあまあ、落ち着いて~。ジャスくんたちが納得いかないのも分かるよ~。そこでなんだけど~」
メリンは、笑顔を浮かべたまま、まだ寝ぼけているエリスに視線を向けた。
「あたしとエリスちゃんで、模擬試合をしよっか。参加させていい実力か、みんなで見てみようよ~」
エリスの肩を揺すっていた手を止める。
「あたしとやりあえるなら、戦力としては申し分ないでしょ~?」
ジャスをはじめ、周囲の面々が息を呑んだ。
全員の視線が、エリスへ向く中、
「すやぁ……」
宣戦布告された本人は、呑気に寝息を立てていた。




