第1話『いちごの夢から、目が醒めて』
——夢を、見ていた。
エリスと初めて出会った、十五年前の記憶。
出発するときに一緒に食べた、青いいちごの酸っぱい味。
懐かしい記憶が流れる中で、私はいつのまにか、どこか見覚えのある食卓についていた。
「それ、もらっていい?」
誰かが言った。
その場にいた、私じゃない誰かの笑い声が響く。
「あれ、ライラ。どうしたの? そんなにニコニコして」
みんなが一斉に振り返った。
優しい眼差しの中心で、私は——、
「……ん……もう朝、か」
目を醒ました。
* * *
よく晴れた日の昼下がり、カーテンを閉め切った薄暗いリビングでのこと。
部屋の中央に置かれたガラステーブルに、『依頼書』と書かれた紙が一枚広げられていた。
テーブルを挟んで向かい合う二つのソファ。
その片方に、丸眼鏡を拭く私が座っていて、
「お願いライラー。一緒に来てよー。おねがーい」
もう片方には、手足をばたつかせるエリスがいた。
「嫌。一人で行きなさい」
「ぶー! ライラ、今日から一週間休みじゃん! 一緒に行けるじゃん! いーこーおーよー!」
「休みだから嫌なのよ。そもそも、あんたが受けたギルドの仕事でしょ」
「それはそうだけど……ライラと一緒に行こうと思って選んだんだよ!」
両方のレンズを拭き終え、眼鏡をかけ直す。
身を乗り出し、テーブル上の依頼書へ目を落とした。
「仮に私と行くつもりだったとして、どうして『ドラゴン狩り』なんて高難度の依頼を選んだのよ」
「そりゃもちろん! 依頼場所が『ミノ迷宮牧場』だからだよ!」
ビシッと、エリスは人差し指を突きつけてきた。
——ミノ迷宮牧場。
たしか、エリスが好きないちごミルクを生産している、有名な観光牧場だったはず。
「推し牧場を守りたいと?」
「んーにゃ? 依頼ついでに、ライラと遊ぼうかなって思ってただけだよ?」
エリスはきょとんと首を傾げた。
「……そう。まあそもそも、私は戦力にならないわよ。家庭用魔術しか使えないのに、参加できるの?」
私は軍属の魔術師ではないし、魔力エネルギー産業にかかわる専門職でもない。
ただの図書館司書で、種族が魔女というだけの一般人だ。
戦えと言われても、せいぜい静電気を起こすくらいが限界である。
そんな『普通の魔女』である私が、ドラゴン退治に同行できるとは思えないのだが。
「もーまんたいっ! 依頼詳細に、魔女種族は大歓迎だって書いてあったのを、僕はちゃんと確認したのだよ!」
エリスは待っていましたとばかりに、真っ平らな胸を張った。
「そ、れ、にー。ライラのことは僕が守るし? 他にも参加者はいるし? 安心安全的な? 的な的なー?」
頬に両手を当てて、くねくねと動き始めた。
放置して依頼書を手に取る。
詳細欄を確認してみると……、
「たしかに、書いてあるわね。『魔女種族の方は無条件で大歓迎! ただし最前線に出てもらう可能性があり、命の保証はありません』って」
「ふふん。僕だって中身を確認するくらいできるように……え? 最前線に出てもらう可能性?」
「安心安全にしては、ずいぶん物騒な注意書きね」
「ちょ、ちょーっと見せて!」
エリスは私の手から依頼書を奪い取った。
自信満々だった笑顔は、紙面を追うにつれて崩れていく。
やがて、驚きと焦りが混ざった顔になり、
「あ、あわ……またやらかしちゃった……ってコト……?」
そう呟いて、ソファへ沈み込んだ。
「……はぁ」
いつまで経ってもまったく成長しない同居人の姿に、
「しょうがないわね」
わざとため息をついて、外出用の鞄を手に取った。
フロントガラス越しに、初夏の日差しが差し込む。
ミノ迷宮牧場に向けて走る車の中で、運転席のサンバイザーを下ろしながら、助手席に目を向けた。
「ひーん……ごめんよライラー。せっかく一緒に遊べると思ったのに……」
すっかりしょげた様子のエリスが、膝を抱えて座っていた。
私は目線を進行方向に戻し、ハンドルを握り直す。
「そもそも、遊びを目的にしない。依頼なんだから」
「おーいおいおい……正論だよぉ……それはそうと、一緒に来てくれてありがとね」
「……別に。違約金を払いたくなかっただけよ」
赤信号で車を止めて、もう一度エリスに向き直る。
「ていうか、いつまでもその調子でいられると困るんだけど」
「う?」
「私のこと、守ってくれるんでしょ」
「むっ」
「それとも、私を守ってくれるのは他のギルド員かしら。あるいは、虹彩騎士団の騎士様?」
顔を上げたエリスと目が合った。
赤い瞳が、陽光を反射し煌めく。
「いやっ、ライラは僕が守るとも! どこの馬の骨ともわからん輩に、僕の可愛い妹分は渡さないよ!」
エリスが吠えると同時に、信号が青へ変わった。
「はいはい。頼りにしてるわよー。エリスお姉さん」
アクセルを踏み込み、
「あ。せっかくだし、依頼を達成したらケーキでも買って帰ろうかしら」
「ほんと?! じゃあ、いちごケーキ買おう!」
「いいわよ。成功させたら、ね」
「おっしゃー、やるぞー!」
騒がしい掛け声を聞きながら、牧場へ向けて車を走らせた。




