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普通の魔女と、グレーの家族  作者: ネコメガネ
第三章『温泉旅行』
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第22話『紫色の少女』


 紫髪の少女は、排気の煙が残る車路を見つめながら、頭を抱えて立ち尽くしていた。


 停留所の前を右へ左へ、何度も行き来しながら、スマートフォンを取り出す。


 時刻表と手元の画面を見比べて、再び頭を抱えてしゃがみ込んでしまった。


「乗り遅れちゃったみたいね」


「あららー、ドンマイだね」


 エリスが最後の一玉を口に入れ、竹串を指先で回した。


 しゃがみ込んだままの少女は、涙目で、力なく画面をスクロールしている。


 その様子を見ていると、ちょうどロイドたちが戻ってきた。


「お待たせしました」


「ただいま! 何か見てたの?」


「あそこ。バスに乗り遅れた子がいるみたい」


 停留所を指すと、二人がそちらに目を向けた。


「もしや……」


「ロイド、知り合いなの?」


「ええ」


 ロイドが少女の方へ歩き出した。


 足音に気づいたのか、うずくまっていた少女が顔を上げ、緑色の瞳を丸くした。


「え、ロイド?」


 立ち上がった少女は、足元のキャリーバッグの持ち手をつかむと、フレアスカートを揺らしながら駆け寄ってきた。


「どうして、こんなところに? 何か任務がありましたの?」


「いえ。本日は、皆様と旅行に向かうところです」


 ロイドの肩越しに、少女と目が合った。


 小さく会釈すると、向こうも笑顔で返してくれた。


 ロイドが、少女の持つキャリーバッグへ目を向ける。


「あなたは? どこかへ旅行に?」


「ええ、そうですわ。おにおこ町というところへ、バスで向かっておりましたの。おりましたの、ですけれど……」


 足元にキャリーバッグを立て、少女はばつの悪そうに売店の方を振り返った。


「休憩の間に、お買い物をしようと思いましたの。そうしたら、荷物を運ぶのに難儀されている方がいらしたので、お手伝いをしていまして」


 視線が案内板の方向へ泳ぐ。


「そのあと、道に迷っている方がいらして。それから、迷子のお子さんも……」


 言葉が続くにつれ、スマートフォンを握っていた手が、少しずつ下がっていった。


「係の方にお任せして、戻ってきましたら……」


 全員で、バスのいなくなった乗り場を見た。


「まず、運行会社へ連絡を。その後、対策を検討しましょう」


 思い切り肩を落とした少女に、ロイドは普段どおり、淡々と告げた。


「っ、そうですわね。ありがとう、ロイド」


 少女は急いで画面を操作し、少し離れた場所で電話をかけ始めた。


 その隙に、私はベンチから立ち上がってロイドのそばへ行き、少し屈んで声を落とした。


「ねえ、あの子って、もしかして……」


「はい。虹彩騎士団の一員です。先日、本部にて私がお手伝いしていた『紫色』にあたる騎士です」


 そういえば、コッホの授業を受けていたとき、そんなことを言って席を外していた。


 思い出したところで、電話を終えた少女が、スマートフォンを片手に戻ってきた。


「お騒がせいたしましたわ。荷物も手元にありますし、別の手段で向かうとお伝えしておきました……それと」


 少女はスマートフォンをしまい、キャリーバッグを脇へ寄せた。


 私たちの顔を順に見てから、フレアスカートの裾を両手で軽くつまむ。


 右足をすっと引いて、優雅に膝を折った。


「わたくしは、虹彩騎士団・減法部隊の『紫色』。ポルフォルと申します。どうぞ、よろしくお願いいたしますわ」


 顔を上げて、可愛らしい笑みを浮かべた。


「ご丁寧にどうも。ライラです」


「エリスだよっ。よろしくね」


「テュフォンって言います。こっちはエキドナちゃん」


 テュフォンが右手を上げると、手首に巻きついていたエキドナが、挨拶するように頭を下げた。


「まあ、可愛らしいお連れ様」


 ポルフォルがエキドナに手を伸ばす。


 小さな頭を撫でると、エキドナはその指にするりと身体を巻きつけた。


 様子を見ていたロイドが、私へ顔を向けた。


「ポルフォルは、私の一つ前に製造された機体です。現在、稼働十七年目です。私と同じ見習い騎士ですが、無所属の私とは違い、減法部隊に所属している先輩です」


「先輩だなんて……わたくしは、まだまだひよっこですわ。機体性能も、ロイドより低いですし……」


 ポルフォルはエキドナをテュフォンの腕へ戻し、恥ずかしそうに両手の人差し指を合わせた。


「でも、ありがとう。先輩と呼んでもらえるのは、嬉しいですわね」


 そう言って、照れ隠しのように、ロイドの頬を指でつついた。




 * * *




「それにしても、まさかこんなところで、不和の吸血鬼とお会いできるなんて!」


 ポルフォルは興奮気味に、エリスへ身を乗り出した。


「僕のこと、知ってるの?」


「もちろんですわ! 先日、本部にいらしたとき、挨拶できなくて残念に思っていましたの」


 目を輝かせるポルフォルの前で、エリスはこんにゃくのなくなった串を、名残惜しそうに眺めていた。


「ねえ、前から思っていたんだけど……不和の吸血鬼って、なに?」


「あら、ご存じありませんでしたの?」


「メリンとか、コッホがそう呼んでるのは知ってるけど、なんでかは知らないのよね」


 ちらりと目を向けると、エリスは手元の串を数え、一本ずつ重ね直していた。


「では、百年前にあった、虹彩騎士団と吸血鬼一族の戦争はご存じ?」


「あったってことくらいなら……詳しくは知らないわ」


「『冥王』プルート率いる吸血鬼の集団と、虹彩騎士団の大きな戦いですわ。エリスさんは、その時に活躍した英雄の一人ですの」


「英雄?」


 そう呼ばれた本人は、余ったからしを直接口に入れて悶えているけど。


「ええ。エリスさんは、最高位の吸血鬼の一人でありながら、虹彩騎士団に味方してくださいましたの。それがきっかけで、寝返る吸血鬼が続出。『冥王』の軍は、大混乱に陥ったといいますわ」


「はー、なるほど。それで『不和』ね」


「その通りですわ! 結果として、戦争は早期に終結。流れた血は少なくありませんが、エリスさんがいなければ、戦いはもっと長引いていたでしょうね」


 やや早口で語り終えたポルフォルは、涙目になっているエリスに向き直った。


「ねえ、エリスさん。どうして騎士団に力を貸してくださいましたの? よろしければ、当時のことを教えて——」


「ご、ごめん! あとにひて! 水ー!」


 エリスは、建物横の自動販売機へ走っていった。


「あ、あら……」


 その後ろ姿を見送って、ポルフォルは困ったように笑みを引きつらせた。


 私は軽く肩をすくめ、鞄から車のキーを取り出した。


「ところで、ポルフォル。おにおこ町には、どうやって行くつもり?」


「あ、そうでしたわね。ええと……次のバスを、待とうかと」


「次……と言っても、二時間以上もあるわよ?」


「……仕方ありませんわ」


 ポルフォルは諦めたように笑い、キャリーバッグの持ち手をぎゅっと握った。


 私はその前で腰を落とし、目線を合わせた。


「ねえ。あなたがよければだけど、一緒に乗っていかない? 一人くらいなら乗せられるし」


「え? いえ、そんなご迷惑をおかけするわけには……」


「迷惑じゃないわよ。そもそも、行き先は同じなんだから。ね、みんな」


「私は問題ありません」


「私も! ポルフォルお姉ちゃん、一緒に行こ」


「いいよー」


 ロイドたちが返事をする中、ちょうどエリスも戻ってきた。


 手にしていた竹串はなく、代わりに水の入ったペットボトルを持っていた。


 ポルフォルは私たちの顔を順に見回し、迷うように視線を彷徨わせてから、ふっと肩の力を抜いた。


「……では、お言葉に甘えさせていただきますわ。ありがとうございます」


 車へ戻る途中で泊まる宿の話題を振ると、ポルフォルは封筒を取り出し、中の宿泊券を見せてくれた。


「コッホ先輩から宿泊券をいただきましたの。こちらに泊まる予定ですわ」


「あれ、同じ旅館じゃん!」


「ほんと! じゃあ、一緒に遊べるね!」


 身を乗り出すエリスと背伸びするテュフォンに囲まれ、ポルフォルは「え、ええ。そうですわね」と少し気圧されながら、券を丁寧に封筒へしまった。


 ポルフォルには助手席に乗ってもらい、エリスは後部座席の中央へ移った。


 ロイドが席を少し詰め、テュフォンがエキドナを膝へ下ろす。


「ライラ様、全員、シートベルトを着用しました」


「ありがと。それじゃ、出発ね」


 エンジンをかけると、隣のポルフォルが姿勢を正し、両手を膝の上に揃えた。


「運転、よろしくお願いいたしますわ」


「はいはーい」


 ルームミラーを覗くと、エリスが早くも次の飴の包み紙を剥いているところだった。


 座席の隙間から差し出された一粒を口で受け取り、アクセルを踏んで車を道路へ出した。

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