第22話『紫色の少女』
紫髪の少女は、排気の煙が残る車路を見つめながら、頭を抱えて立ち尽くしていた。
停留所の前を右へ左へ、何度も行き来しながら、スマートフォンを取り出す。
時刻表と手元の画面を見比べて、再び頭を抱えてしゃがみ込んでしまった。
「乗り遅れちゃったみたいね」
「あららー、ドンマイだね」
エリスが最後の一玉を口に入れ、竹串を指先で回した。
しゃがみ込んだままの少女は、涙目で、力なく画面をスクロールしている。
その様子を見ていると、ちょうどロイドたちが戻ってきた。
「お待たせしました」
「ただいま! 何か見てたの?」
「あそこ。バスに乗り遅れた子がいるみたい」
停留所を指すと、二人がそちらに目を向けた。
「もしや……」
「ロイド、知り合いなの?」
「ええ」
ロイドが少女の方へ歩き出した。
足音に気づいたのか、うずくまっていた少女が顔を上げ、緑色の瞳を丸くした。
「え、ロイド?」
立ち上がった少女は、足元のキャリーバッグの持ち手をつかむと、フレアスカートを揺らしながら駆け寄ってきた。
「どうして、こんなところに? 何か任務がありましたの?」
「いえ。本日は、皆様と旅行に向かうところです」
ロイドの肩越しに、少女と目が合った。
小さく会釈すると、向こうも笑顔で返してくれた。
ロイドが、少女の持つキャリーバッグへ目を向ける。
「あなたは? どこかへ旅行に?」
「ええ、そうですわ。おにおこ町というところへ、バスで向かっておりましたの。おりましたの、ですけれど……」
足元にキャリーバッグを立て、少女はばつの悪そうに売店の方を振り返った。
「休憩の間に、お買い物をしようと思いましたの。そうしたら、荷物を運ぶのに難儀されている方がいらしたので、お手伝いをしていまして」
視線が案内板の方向へ泳ぐ。
「そのあと、道に迷っている方がいらして。それから、迷子のお子さんも……」
言葉が続くにつれ、スマートフォンを握っていた手が、少しずつ下がっていった。
「係の方にお任せして、戻ってきましたら……」
全員で、バスのいなくなった乗り場を見た。
「まず、運行会社へ連絡を。その後、対策を検討しましょう」
思い切り肩を落とした少女に、ロイドは普段どおり、淡々と告げた。
「っ、そうですわね。ありがとう、ロイド」
少女は急いで画面を操作し、少し離れた場所で電話をかけ始めた。
その隙に、私はベンチから立ち上がってロイドのそばへ行き、少し屈んで声を落とした。
「ねえ、あの子って、もしかして……」
「はい。虹彩騎士団の一員です。先日、本部にて私がお手伝いしていた『紫色』にあたる騎士です」
そういえば、コッホの授業を受けていたとき、そんなことを言って席を外していた。
思い出したところで、電話を終えた少女が、スマートフォンを片手に戻ってきた。
「お騒がせいたしましたわ。荷物も手元にありますし、別の手段で向かうとお伝えしておきました……それと」
少女はスマートフォンをしまい、キャリーバッグを脇へ寄せた。
私たちの顔を順に見てから、フレアスカートの裾を両手で軽くつまむ。
右足をすっと引いて、優雅に膝を折った。
「わたくしは、虹彩騎士団・減法部隊の『紫色』。ポルフォルと申します。どうぞ、よろしくお願いいたしますわ」
顔を上げて、可愛らしい笑みを浮かべた。
「ご丁寧にどうも。ライラです」
「エリスだよっ。よろしくね」
「テュフォンって言います。こっちはエキドナちゃん」
テュフォンが右手を上げると、手首に巻きついていたエキドナが、挨拶するように頭を下げた。
「まあ、可愛らしいお連れ様」
ポルフォルがエキドナに手を伸ばす。
小さな頭を撫でると、エキドナはその指にするりと身体を巻きつけた。
様子を見ていたロイドが、私へ顔を向けた。
「ポルフォルは、私の一つ前に製造された機体です。現在、稼働十七年目です。私と同じ見習い騎士ですが、無所属の私とは違い、減法部隊に所属している先輩です」
「先輩だなんて……わたくしは、まだまだひよっこですわ。機体性能も、ロイドより低いですし……」
ポルフォルはエキドナをテュフォンの腕へ戻し、恥ずかしそうに両手の人差し指を合わせた。
「でも、ありがとう。先輩と呼んでもらえるのは、嬉しいですわね」
そう言って、照れ隠しのように、ロイドの頬を指でつついた。
* * *
「それにしても、まさかこんなところで、不和の吸血鬼とお会いできるなんて!」
ポルフォルは興奮気味に、エリスへ身を乗り出した。
「僕のこと、知ってるの?」
「もちろんですわ! 先日、本部にいらしたとき、挨拶できなくて残念に思っていましたの」
目を輝かせるポルフォルの前で、エリスはこんにゃくのなくなった串を、名残惜しそうに眺めていた。
「ねえ、前から思っていたんだけど……不和の吸血鬼って、なに?」
「あら、ご存じありませんでしたの?」
「メリンとか、コッホがそう呼んでるのは知ってるけど、なんでかは知らないのよね」
ちらりと目を向けると、エリスは手元の串を数え、一本ずつ重ね直していた。
「では、百年前にあった、虹彩騎士団と吸血鬼一族の戦争はご存じ?」
「あったってことくらいなら……詳しくは知らないわ」
「『冥王』プルート率いる吸血鬼の集団と、虹彩騎士団の大きな戦いですわ。エリスさんは、その時に活躍した英雄の一人ですの」
「英雄?」
そう呼ばれた本人は、余ったからしを直接口に入れて悶えているけど。
「ええ。エリスさんは、最高位の吸血鬼の一人でありながら、虹彩騎士団に味方してくださいましたの。それがきっかけで、寝返る吸血鬼が続出。『冥王』の軍は、大混乱に陥ったといいますわ」
「はー、なるほど。それで『不和』ね」
「その通りですわ! 結果として、戦争は早期に終結。流れた血は少なくありませんが、エリスさんがいなければ、戦いはもっと長引いていたでしょうね」
やや早口で語り終えたポルフォルは、涙目になっているエリスに向き直った。
「ねえ、エリスさん。どうして騎士団に力を貸してくださいましたの? よろしければ、当時のことを教えて——」
「ご、ごめん! あとにひて! 水ー!」
エリスは、建物横の自動販売機へ走っていった。
「あ、あら……」
その後ろ姿を見送って、ポルフォルは困ったように笑みを引きつらせた。
私は軽く肩をすくめ、鞄から車のキーを取り出した。
「ところで、ポルフォル。おにおこ町には、どうやって行くつもり?」
「あ、そうでしたわね。ええと……次のバスを、待とうかと」
「次……と言っても、二時間以上もあるわよ?」
「……仕方ありませんわ」
ポルフォルは諦めたように笑い、キャリーバッグの持ち手をぎゅっと握った。
私はその前で腰を落とし、目線を合わせた。
「ねえ。あなたがよければだけど、一緒に乗っていかない? 一人くらいなら乗せられるし」
「え? いえ、そんなご迷惑をおかけするわけには……」
「迷惑じゃないわよ。そもそも、行き先は同じなんだから。ね、みんな」
「私は問題ありません」
「私も! ポルフォルお姉ちゃん、一緒に行こ」
「いいよー」
ロイドたちが返事をする中、ちょうどエリスも戻ってきた。
手にしていた竹串はなく、代わりに水の入ったペットボトルを持っていた。
ポルフォルは私たちの顔を順に見回し、迷うように視線を彷徨わせてから、ふっと肩の力を抜いた。
「……では、お言葉に甘えさせていただきますわ。ありがとうございます」
車へ戻る途中で泊まる宿の話題を振ると、ポルフォルは封筒を取り出し、中の宿泊券を見せてくれた。
「コッホ先輩から宿泊券をいただきましたの。こちらに泊まる予定ですわ」
「あれ、同じ旅館じゃん!」
「ほんと! じゃあ、一緒に遊べるね!」
身を乗り出すエリスと背伸びするテュフォンに囲まれ、ポルフォルは「え、ええ。そうですわね」と少し気圧されながら、券を丁寧に封筒へしまった。
ポルフォルには助手席に乗ってもらい、エリスは後部座席の中央へ移った。
ロイドが席を少し詰め、テュフォンがエキドナを膝へ下ろす。
「ライラ様、全員、シートベルトを着用しました」
「ありがと。それじゃ、出発ね」
エンジンをかけると、隣のポルフォルが姿勢を正し、両手を膝の上に揃えた。
「運転、よろしくお願いいたしますわ」
「はいはーい」
ルームミラーを覗くと、エリスが早くも次の飴の包み紙を剥いているところだった。
座席の隙間から差し出された一粒を口で受け取り、アクセルを踏んで車を道路へ出した。




