幕間『魔法の代償』
都市に立ち並ぶ高層ビル群の中に、古びた六階建てのビルがあった。
その二階、外観には似合わない、綺麗に整えられた部屋の中で——、
「なーにをしてくれやがってんですの! このスカタン!」
黒い軍服を着て、カールのかかった紫色の髪を振り回しながら、少女が怒鳴った。
虹彩騎士団の減法部隊『紫色』を冠する少女で、
「ご、ごめんったら。ちょっとは落ち着きなさいよ、ポルフォル」
その正面に座り、ドン引きした様子で、コッホは両手を合わせた。
「落ち着けですって?! ごめんで済んだら、警察も! 虹彩騎士団も! 猫も杓子も要りませんのよ!」
ポルフォルと呼ばれた少女が机を叩いた。
ばんっ、と音を立てて、机の上に積まれた何枚もの書類が崩れた。
「機構の申請は承認されたし……」
「その申請は! 機構を使っていいという意味ですの!」
ポルフォルは、書類の一番上に見える『市街地における火器使用について』と書かれた始末書を指す。
「街なかで重火器を一斉掃射していいという意味ではありませんわ!」
ポルフォルは肩を上下させながら、
「おかげで関係各所へ頭を下げて回ったのは、わたくしですわ……どうして加法部隊はこうも自分勝手な方ばかりなのかしら……」
机に突っ伏して、恨めしそうにコッホを睨みつけた。
「少しはメリン先輩を見習ってほしいものですわ。穏やかで! 常識的で! いつも周囲への配慮を忘れない、あの姿勢!」
「あいつも、屋外訓練場で壁壊してなかったかしら」
「ふん! ちゃんと管理された場所で、適切に申請を出したうえでの破壊ですわ。規則違反はしていません。どこかの誰かさんと違って」
しばらく睨み合って、
「——はぁ。本当に、悪かったわ。ごめんなさい。反省してるから、そろそろ許してちょうだい」
「……信用できませんわ」
「ほら、お詫びにこれ、あげるから」
コッホは白衣のポケットへ手を入れた。
細長い封筒を取り出して、机の上へ置く。
「何ですの、これ」
「温泉旅館の宿泊券。あの有名な『おにおこ温泉』のやつよ。鬼のように怒ってる今のあんたにピッタリじゃない?」
「しばきますわよ?」
ポルフォルは封筒を手に取り、中身を取り出した。
券には、紅葉した山々を背に、露天風呂と木造の旅館が写っていた。
ポルフォルはその鮮やかな写真を見つめる。
「……こんなもので、わたくしを宥めようだなんて、傲慢ですわ。ですが——」
すっ、と券を封筒に戻し、軍服のポケットにしまい込んだ。
「差し出されたものを無下にはしません。これはちゃんと受け取りますわ」
そのまま踵を返し、扉へつかつかと歩いていった。
廊下へ一歩踏み出たところで、振り返る。
「感謝はいたしませんけどね! ごきげんよう!」
「はいはい」
強めに閉められた扉の先で、軽快にスキップを踏む音が聞こえた。
遠ざかっていく音を聞きながら、コッホはにやりと笑みを漏らす。
「……チョロいわね。でも、まあ」
机に残された始末書をまとめ、いちばん上の一枚を手元へ引き寄せた。
「ちゃんと書いてあげるか。面倒だけど」
深いため息をついて、ボールペンを手に取った。




