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普通の魔女と、グレーの家族  作者: ネコメガネ
第二章『赤色の魔法』
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第16話『フェールセーフ』


「……まったく。こっちはずっと忙しいっていうのに、どうして一般家庭で家庭教師なんてやらなきゃいけないのかしら。部隊長どもは、どいつもこいつも下の都合を考えないんだから……」


 ソファへ腰を下ろすなり、コッホはぶつぶつと文句を言い始めた。


 ロイドが出した紅茶を一口飲み、また何か呟く。


「やっぱり、無理に都合をつけて来てくれたのね」


「当たり前でしょ。私はこの都市の、エネルギー産業の最高責任者なのよ?」


 カップが音を立てて皿へ戻った。


「都市における発電設備の開発から運用まで、コッホが統括しています。魔力を扱う技術について、彼女以上の人材はおそらくいないでしょう」


 横からロイドが補足してくれた。


 魔術の専門家どころか、それ以上の大物を紹介されたらしい。


「で、私の教え子は誰? まさか、あんたじゃないでしょうね」


「私じゃなくて、そっちの……」


 コッホの視線が、ソファの端へ移った。


 テュフォンと目が合った途端、緑色の瞳が大きく開く。


「うそ! あんた、何その魔力量!」


 立ち上がり、テーブルを回り込んだ。


 テュフォンは抱えていたクッションを持ち上げ、背もたれへ身体を押しつける。


「原石も原石、とんでもない才能じゃない!」


「——はいはい、そこまでねー。怖がってるでしょうが」


 エリスが二人の間へ腕を差し入れた。


「あら、不和の吸血鬼じゃない。あんたに用はないわ。どっか行きなさい。しっし」


「扱いひどくない?」


 その腕の脇から、コッホはテュフォンを覗き込んだ。


「あんた、魔術は使える? 何でもいいから、見せてちょうだい」


「嫌」


「……どうして?」


 テュフォンはクッションの縁を握ったまま、片手でキッチンを指した。


 コッホが顔を上げ、壁に残った煤と、その下に転がる、溶けたオーブンに目を向ける。


 そちらへ歩いていき、膝をついて歪んだ扉を持ち上げた。


「……へえ」


 剥がれかけた側板の隙間を覗き、床に落ちていたつまみを拾う。


 それを裏返し、今度は割れたコンロへ目を向ける。


 ロイドが隣へしゃがみ、爆発したときのことを説明した。


「規定値を大幅に超えている……使い方は正しいけれど、止め方が分からなかったのかしら……」


 コッホは何度か頷き、焦げた部品を元の場所へ置いた。


 立ち上がって手を払うと、テュフォンへ向き直る。


「使いたくないなら、使わなくていいわ。さっきは無理を言ってごめんね」


 テュフォンはクッションの上から、顔を半分だけ出した。


「それと、あんた。ライラ……だっけ? このキッチン、私が直してあげる」


「え? それは助かるけど……」


「その代わり、明日ここへ来なさい。その子も一緒に」


 革ジャンから取り出したカードを、私へ押しつけた。


 『未来魔術センター』という施設名と、その下に小さな地図。


「じゃ、私は戻るわ。ロイド、また会いましょうね」


「はい。お気をつけてお帰りください」


 ジュラルミンケースを拾い上げ、コッホはさっさと玄関へ向かった。


 扉の閉まる音がして、私は手元のカードへ目を落とす。


「……何だったのかしら」


「家庭教師として、現状確認に来たのでしょうね」


「そういうことじゃ……まあいいわ。ロイド。明日は仕事だから、休みの明後日に行くって伝えておいて」




「遅い!」


 翌々日。


 未来魔術センターの入り口で、早速怒られた。


 コッホは白いジャージの上に、白衣を羽織っていた。


 袖口は黒ずみ、裾には茶色い染みがいくつもついている。


「『明日来なさい』って言ったでしょうが。丸一日、無駄にしたじゃない」


「ライラ様もご多忙なのです。ご容赦ください」


 黒い軍服姿のロイドが、私の前へ一歩出た。


 私は薄手のブラウスにスカート。


 隣のテュフォンは、フリルのついた白いワンピースを着ている。


 エリスはいつものよれたパーカー姿で、ガラス張りの建物を見上げていた。


「こっちも多忙だって言ってるのにいいい……はぁ。まあいいわ。案内するから、ついてきなさい」


 コッホは白衣の裾を翻し、自動ドアの向こうへ進んだ。


 その後を追って館内へ入ると、高い天井の下に、大きな羽根車が吊られていた。


 受付にはパンフレットを持った観光客が並び、案内板の前では、引率らしい大人が黄色い帽子の子供たちを数えている。


 獣人の親子が、その列の脇を通り抜けていった。


 コッホは会釈してきた係員へ片手を上げ、そのまま展示室へ進んでいく。


 続けて室内へ入ると、壁に沿って古い家具や機械が、年代順に並んでいた。


 木の箱に金属の取っ手がついたものから、丸みを帯びた白い箱、見慣れた両開きのものまで。


「これ、全部冷蔵庫なの?」


 テュフォンが、木箱の前で足を止めた。


「そうよ。最初のは上の段に氷を入れて、下に置いた食べ物を冷やしてたの」


 コッホが隣の展示へ指を移す。


「こっちは、自分で冷やせるようになったもの。その冷却装置を作ったのが私」


 外装の半分が取り払われ、細い管が何度も折れ曲がっているのが見えた。


 その横には、洗濯槽が一つだけの洗濯機が置かれている。


 上部についた二本のローラーの間から、ぺらぺらの布が垂れ下がっていた。


「昔は、このハンドルを回して洗濯物を絞ってたの。こっちの型から、自動で脱水するようになったのよ。これも作者は私」


「乾燥とかも、やってくれるの?」


「それは、もう少し後。当時は研究中に火事が起きて、大変だったわ……」


 展示の先では、丸い窓のついた洗濯機がゆっくり回っていた。


 中のタオルが持ち上がり、ぱたりと落ちる。


 テュフォンはしばらくそれを眺めてから、コッホの後を追った。


 隣の展示には、扇風機が何台も並んでいた。


 むき出しに近かった羽根が、年代を追うごとに細かな網で覆われていく。


 炊飯器のつまみも、一つから幾つも増え、いちばん新しいものは平らな画面になっていた。


 分厚い木枠にはまったテレビでは、白黒の料理番組が流れている。


 どの台にも図面と説明板が添えてあり、少し歩くたびにコッホが足を止めた。


「この制御部分は私が担当したやつ。あっちの自動調理機構もね。この設計図を描いたのも私」


「さっきから、あなたの名前ばかり見るわね」


「当然でしょ。現代魔術の基礎は私が作り上げたものなんだから」


 白衣のポケットへ両手を入れ、誇らしげに顎を上げる。


 その少し後ろで、テュフォンが立ち止まった。


 腰ほどの高さの展示台に、四角いオーブンが載っていた。


 横に並ぶつまみも、厚いガラスの扉も、見覚えがある。


「……これ、うちにあったやつ」


「ああ、最初期の型ね」


 コッホが、台の縁へ手をついた。


「これも私が作成したの。失敗作だけどね」


 テュフォンが顔を上げた。


 台の下に置かれた当時の広告には、『魔力で手軽に本格料理』と書かれていた。


 隅にびっしりと並んだ注意書きを、コッホが指で示す。


「起動に必要な魔力量の調整が難しくてね。少なければ動かないし、多ければすぐに過熱する。そのくせ、入ってくる量を制限する仕組みもない」


 つまみの横には、『魔力入力部』と書かれた小さな金属板がはめ込まれていた。


「つまり、使う側が全部調整しなきゃいけなかったってこと。ミスしたら……ボカンッ。爆発しちゃうのよね」


 コッホは隣に並んだ新しいオーブンを指した。


「今の型なら、必要な量に達したところで受け入れを止めるわ……ていうか、あんたたち、よくあんな古いの持ってたわね。作った台数も少ないのに」


「ふふん。当時の最新機器は、僕が全部買い込んでいたからね!」


 エリスが真っ平らな胸を張った。


「あれも発売日に買ったんだよ。先見の明ってやつ?」


「その割に、全然使わず押し入れに入れてたわよね。こないだ買ってきた変な機械も、そのまま倉庫に——」


「さー! 次に進もう! 次はどんな面白い機械があるのかなー! 楽しみだー!」


 テュフォンの口元が、少しだけ緩んだ。


 その横で、コッホが展示台から手を離した。


「次は、体験できるものを見に行きましょうか」




 暗い展示室に、青や紫の光が揺れていた。


 黒い台の上に並んだガラスの球の内側を、枝分かれした細い光が走っている。


 球へ手を当てた子供が指を滑らせると、光もその後を追いかけた。


 コッホは歩みを緩め、空いている台の前で止まった。


「ライラ、そこの管に魔力を入れてみて?」


 台から伸びる短いガラス管を指す。


 両手で包んでゆっくりと魔力を流すと、目盛りの間に淡い光が生まれ、台の上の球にも紫色の筋が走った。


「プラズマボールっていうの。魔力を電気に変えて、球の中へ流してる。手を近づけてみて」


 テュフォンが、球の少し手前で指を止めると、細い光が一本そちらへ曲がった。


「触ってもいい?」


「もちろん」


 指先が触れると、何本もの光がそこへ集まった。


 そのまま横へ動かすと、曲がりくねった光の束が、球の内側を滑っていく。


「ロイドちゃん、見て。ついてくる」


 隣に立つロイドへ見えるように、立ち位置を変える。


 今度は手のひら全体を球へ当てると、指と指の間に紫色の光が散った。


 試しに流し込む魔力量を少し減らすと、光の筋が細くなった。


 テュフォンは球へ手を置いたまま、私の持つ管を見た。


 琥珀色の瞳が、目盛りの間で小さくなる光を追っていた。




「これが、発電所で使っている装置の模型よ」


 コッホの指した先に、大きな円筒形の機械が横たわっていた。


 透明なカバーの下にいくつもの管が並び、奥には小さな羽根車が収まっている。


 模型の脇には、街並みを縮めたような家やビルが並んでいた。


 線路が高架橋を渡り、小さな駅のホームには、人形まで置かれている。


「魔力から直接電気を作り出すの。そのときに出る熱も、捨てずに再利用するのよ」


 コッホがボタンを押すと、円筒の中が明るくなり、足元の街にぽつぽつと明かりがついた。


 同時に、別の管を赤い光が走っていく。


「熱でお湯を沸かして、その蒸気でタービンを回す。こっちでも、もう一度発電するわけ」


 透明なカバーの奥で、羽根車が回り始めた。


 家々の間を縫う街灯にも光が灯り、小さな通りが照らし出される。


「たしか、あんたたちが解決した牧場の異変でも、似たような仕組みが使われていたわね。魔力から雷を作る、あの光の柱。熱風や冷風も、変換時に発生した熱エネルギーの影響でしょうね」


 なんとなく理解した気分になりつつ、コッホの説明に相槌を打っていると、横からエリスが飛びついてきた。


「ライラ、ライラ。あれ見て、面白そうなのある」


 エリスが向いた先には、二台の小さな発電装置が並んでいた。


 片方には魔力を入れる管、もう片方には大きなハンドルがついている。


「ああ、それね。魔力発電がどれだけ効率的か、手動発電と比較できる装置よ」


「ふむふむ……ねえ、ライラ。僕とどっちが発電できるか勝負しようよ」


「なんでよ」


「いいからいいから。ほら、ライラはこっち」


 空いている台へ連れていかれ、管を渡された。


 向こうではエリスが袖をまくり、ハンドルを握っている。


「準備はいい? よーい、どん!」


 返事をするより早く、ハンドルが回り始めた。


「ちょっと、ズルじゃないの?」


 文句を言いつつ、私も管へ魔力を流す。


 正面の目盛りが少しずつ伸び、二台の前に並ぶ電球が、端から順に点灯していった。


 手回しの方が、二つほど先をいく。


「ふふん。僕の方が速いね!」


「はいはい。よかったわね」


 管の中の光を見ながら、流し込む量を少し増やす。


 こちらの電球も、一つ、二つと続けて点いていった。


 エリスはそれを横目で見て、ハンドルを握り直す。


「はっや! ぐぬぬ……最近負け続けだから、さすがに勝ちたい——!」


 高速で回転するハンドルから、だんだん白い煙が立ち始める。


「ちょっ、エリス! ストップストップ!」


「あと一個で全部——」


 ばきん。


 エリスの手に、ハンドルだけが残った。


 機械の中で何かが跳ね、電球が一斉に消える。


 隣の展示を見ていた子供が、親の手を引いてこちらを向いた。


「……あれ?」


「何やってんのよ……」


 コッホが、呆れた声を漏らした。


 慌てて魔力を止めると、私の側の電球も消えていった。


「ご、ごめん。全部点けられそうだったから……」


「あんたみたいな脳筋向けの機械じゃないのよ。まったく」


 エリスは折れたハンドルを両手で持ち、肩を縮めた。


 ロイドが近くの係員へ声をかけている間に、コッホが装置へ近づいた。


 電源を切り、ハンドルがついていた場所を触る。


 落ちていた金属の欠片を一つ拾い、テュフォンへ顔を向けた。


「魔術に限らず、こういうことよ」


 テュフォンは、暗くなった電球を見ていた。


「大きな力は、制御する仕組みがないと、周囲を壊しかねない」


 金属の欠片を台へ置く。


「不和の吸血鬼だって、あんたたちを守ることもあれば、こうやって壊しちゃうこともあるわけ」


「……私の力も?」


「ええ。でも、失敗したところを直して、制御する仕組みを重ねていけば……ほら」


 コッホが、大きな発電装置の模型を指した。


 街の模型には、まだ明かりがついていた。


 家の窓から漏れる光のそばを、小さな電車が通り過ぎる。


「あんたの魔力は膨大。制御するには、それなりに努力が必要になるわ。でもね——」


 コッホは、私、ロイド、それからエリスへ順に目を向け、最後にテュフォンへ向き直った。


 テュフォンは両手を持ち上げ、開いた指を眺めてから、ゆっくりと握り直した。


「ライラお姉ちゃん……私に、できるかな」


 その顔が、私を向いた。


「ええ、絶対にね」


 かがんで答えると、横でコッホが腰へ手を当てた。


「……さて、テュフォン。心は決まった?」


 テュフォンは私を見て、それからコッホへ向き直った。


「うん。私、やってみたい」


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