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普通の魔女と、グレーの家族  作者: ネコメガネ
第二章『赤色の魔法』
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第15話『登場、文明の赤色』


 翌日、図書館の作業机で本を整理していると、背後から声がした。


「ライラちゃん。なんだか、浮かない顔ね?」


 振り返ると同時に、視界が柔らかいものに覆われた。


「むぐっ?!」


 頭の後ろへ腕を回され、巨大な胸に顔が埋まる。


「ちょ、サラキアさん……っ、苦し……!」


 両手で肩を押し返し、どうにか顔を外へ出した。


 ずれた眼鏡をかけ直すと、長いまつ毛に縁取られた青い瞳と目が合う。


 同僚のサラキアが、こちらを覗き込んでいた。


「あら、ごめんなさい。元気がなさそうだったから」


「だから、呼吸を止めてやろうと?」


「もう、そんなわけないでしょう? それで、何かあったんじゃないの?」


 青い髪を揺らし、机の端に手をついて、私の返事を待っている。


 私は手元の本を脇へ寄せた。


「……うちに来た子のことなんですけど」


 昨日、テュフォンが料理に挑戦したこと。


 魔術で調理器具を壊してしまって、それきり練習もしたがらなくなったこと。


 牧場での出来事も交えながら、かいつまんで話した。


「無理にやらせるつもりはないですけど……」


「なるほどねえ」


 サラキアは少し考え、頬へ手を当てた。


「思ったよりフクザツね。私が手助けするのは難しそう」


「いいんです。聞いてもらえただけでも、気が楽になりましたし」


「それはよかった。でも、無理しすぎはダメよ」


 そう言って、ポケットから小さな包みを取り出した。


「はい。せめて、これ」


 手のひらに載せられたのは、ひとくちチョコだった。


「わ、ありがとうございます」


 サラキアは笑って、机から離れていった。


 私が包みを開けようとしたところで、くるりと振り返る。


「あ、忘れてた。館長が、大至急来いって呼んでたわよ」


「……先に言ってください」




「やっほ、ライラちゃん。昨日は大変だったみたいだね」


 書類に不備でもあったのかと急いできた私を、グウィン館長はにこやかに迎えた。


「……何があったか、もう知ってそうですね」


「もちろーん。都市において、私に分からないことはあまりないからね」


 館長は白い髪を揺らして笑い、万年筆に蓋をした。


 この人は昔から、何でも見聞きしてきたような口ぶりで話す。


 気味が悪いと思ったこともあるが、もはや慣れてしまった。


「冗談はさておき。今日は、テュフォンちゃんのことで話があってね」


「どういうことです?」


「私の知人に、魔術の専門家がいてね。この都市ではそこそこ有名な子なんだけど……その子に、家庭教師をお願いしてみるのはどうかな?」


 思いがけない提案に、少し考え込んだ。


 今すぐでなくとも、いずれは魔術について学ばせるべきだと考えていた。


 森で初めて会ったとき、魔力を制御できずに危険に陥っていたテュフォンの姿が、頭をよぎる。


「……有名な方なら、お忙しいでしょうし。それに費用は、どれくらいかかるんでしょうか」


「だいじょーぶ。その辺は、何一つ気にしなくていいよ」


 館長はあっさりと言った。


「福祉の一環として提供するものだからね。費用はかからないし、向こうの都合もこちらで調整しておくよ」


 緑色の瞳が、少しだけ細くなる。


 なおも黙っている私に、館長は続けた。


「遠慮せず、使えるものは使っておくべきだ。スタッフの家庭を支えるのも、職場の務めなのだから」


「……ありがとうございます。テュフォンにも、話してみます」


「うんうん。それでいい」


 頭を下げ、机のそばを離れた。


 扉へ手をかけたところで、背後から呼び止められた。


「ああ、ただ一つだけ」


 振り返ると、館長が人差し指を立てていた。


「あの子はやや職人気質でね。合わなそうだったら、相談してね」




 * * *




 壊れたコンロの代わりに、キッチンには卓上コンロが一つ置かれていた。


 ロイドは、それ一つで、夕食を用意してくれていた。


「ロイド。これ、もう一つもらってもいいかしら」


「もちろんです」


「おおー。ライラもお代わり仲間だね!」


「うるさいわね。あんたほど食べてないわよ」


 追加してもらった煮込みハンバーグへ、さっそく箸を入れた。


 ロイドの作る料理は、ただおいしいだけでなく、味付けまで私たちの好みにぴったりだった。


「ロイドちゃん、こっちのお皿持ってくね」


「はい。お願いします」


 テュフォンが、サラダの皿を両手で運んできた。


「ライラお姉ちゃん、どうぞ」


「ありがと」


 笑いかけると、テュフォンも笑った。


 キッチンは壊れたままだが、食卓ではいつも通りに話が弾んだ。


 食後もテュフォンは自分から食器を運び、ロイドの隣で洗い終わった皿を拭いていた。


 そして、手伝いが終わると——、


「エリスお姉ちゃん、弱すぎ」


「おかしい! チートだよチート!」


 今度はエリスを相手に、容赦なく勝ち星を重ねていた。


 盤面の石を片付けながら、テュフォンがくすくす笑う。


「しょうがないから手加減してあげる?」


「ぐぬぬ……情けは不要! 全力でやったらぁ!」


 二人の声を聞きながら、私はソファでコーヒーのカップを手に取った。


 両手を添え、魔術で熱を取り出す。


 十分に冷えたところで、テュフォンと目が合った。


 その視線が、私の手元へ下りる。


 テュフォンはすぐに顔を背け、持っていた石を盤面へ並べた。


「あっ」


「ぃやったー! 僕の勝ちぃ!」


 私はカップを置いた。


 そろそろ、家庭教師のことを話しておこう。


「ねえ、テュフォン——」


 呼びかけたところで、インターホンが鳴った。




「はいはい、今開けます」


 玄関を開けると、赤い髪の少女が立っていた。


 黒い革ジャンに、色の落ちたジーンズ。


 片手にはジュラルミンケースを提げ、夜だというのにサングラスをかけている。


 ずいぶんと物々しい格好だが、背丈はロイドと同じくらいしかなかった。


「……どなた?」


「家庭教師よ」


 少女は短く答えた。


「とにかく、中へ入れてもらえるかしら」


「え。ああ、はい……」


 こんな時間に? そもそも、まだ来てもらう日すら決めていないのだが。


 まあ、ちょうど本人もいることだし。


「どうぞ。今、みんなリビングに——」


 言い終わるより早く、少女は靴を脱いだ。


 私の横を抜け、明かりのついたリビングへ、ずかずかと入っていく。


「ちょっと、待って……」


「おや。お客様ですか? お茶をお持ちしま——」


 キッチンから顔を出したロイドを見て、少女が足を止めた。


 ジュラルミンケースを床へ置くと、


「ロイドー!」


 先ほどまでとは別人のような高い声を上げ、ロイドへ飛びついた。


「エプロンなんか着ちゃって! 可愛いじゃない! 料理スキルもちゃんと機能してるみたいね!」


「はい。一通りの家事は担当して……」


「不具合はない? 困ってることは? 何かあったら、すぐに私に言いなさいよ!」


 ロイドの頭をわしゃわしゃと撫で、そのまま両頬を手で挟む。


「……ええと?」


 私はリビングの入り口で、立ち尽くしていた。


 ソファの二人も、石を手にしたままその様子を見つめている。


「分かりました。ありがとうございます。ですので、少々……離れてください」


 しばらく揉みくちゃにされていたロイドが、ようやく少女の両手を下ろした。


 乱れた灰色の髪を整えながら、小さく微笑む。


「お久しぶりです、コッホ」


「ええ、久しぶり。元気そうで何よりだわ」


「……ロイド。知り合いなの?」


 私が声をかけると、答えたのは少女の方だった。


「知り合い? 違うわ。ロイドは、私たちの可愛い可愛い後輩よ」


 こちらへ振り返り、サングラスを外した。


 その下から、ロイドとそっくりの緑色の瞳が現れる。


 後輩という言葉に、その目。


「……もしかして」


「ふーん、察しがいいじゃない」


 少女は笑い、サングラスを革ジャンの胸元へ引っかけた。


「私は、虹彩騎士団・加法部隊の『赤色』。コッホよ」


 そう言って、堂々と真っ平らな胸を張った。


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