第13話『甘いケーキをみんなで』
「ねえ、ライラ。今日の晩ご飯、カレー以外がいいなー」
ソファに寝転がったエリスが、クッションを抱えたまま言った。
「退院して早々、元気なことね」
私は膝の上で、畳んだタオルの端を揃えた。
右の掌に貼った絆創膏が、少しだけ痒い。
「ハンバーグとか、オムライスとか。シチューにグラタンに……あ、いっそ全部でもいいよ!」
エリスがクッションの上で指を折り始めた。
「誰が作ると思ってるのよ」
「そりゃあもちろん、ライラでしょ!」
「……はぁ。ま、いいわ。今日は特別だものね」
——テュフォンは、両親が見つかるまで、うちで預かることになった。
病室で相談したとき、テュフォンもここで暮らしたいと言ってくれた。
ロイドも、騎士団からの援助という形で、一緒に暮らしたいと自分から申し出てくれた。
メリンは、テュフォンの監視とお世話を任せるという名目で、その希望を認めてくれた。
そして、今日は二人を迎える最初の日だ。
タオルを抱えて立ち上がると、インターホンが鳴った。
扉を開けると、小さなキャリーバッグを前にしたテュフォンが立っていた。
フリルのついた白いワンピース姿で、持ち手を両手で握っている。
隣には、いつもの黒い軍服を着たロイド。
それから、黄色のケープに白いスカートを合わせたメリンがいた。
「やっほ~。お待たせ~」
「いらっしゃい。待ってたわ」
メリンは私の肩越しに目を向け、にっこりと笑う。
「エリスちゃ~ん。盾も、よ~う~や~く~、直ったよ~?」
後ろまで来ていたエリスが、私の背中へ隠れる。
「あ、あはは……それは何よりだねぇ」
「今度借りるときは、大事にしてね~?」
「も、もちろん!」
やり取りを見ていたテュフォンが、少しだけ口元を緩めた。
私と目が合うと、すぐに背筋を伸ばす。
「あの……今日から、よろしくお願いします」
「こちらこそ。ロイドも、よろしくね」
「はい。お世話になります」
「さ、二人とも上がって。エリス、案内してあげて」
「はーい。荷物、持つよ」
エリスが、玄関の内側から手を伸ばした。
差し出された手に、テュフォンがキャリーバッグを渡す。
荷物を受け取ったエリスに続き、二人も靴を脱いで家へ上がった。
メリンだけが、玄関の外に残った。
「さて~。それじゃあ、あらためて~」
メリンが、姿勢を正した。
「ライラ様。この度は、私どもの活動にご協力いただきましたこと、心より御礼申し上げます。あなたの勇気ある行動とご厚意に、最大限の敬意を」
「……なんか、あんたにそう言われると調子狂うわね」
「うわ、ひっど~い。これでも騎士なんだし~、これくらい言うよ~」
メリンは引き締めていた表情を緩め、頬を膨らませた。
すぐに、いつもの緩い笑顔に戻る。
「ともあれ、ほんとにありがとね~。何かあれば、遠慮なくあたしを頼ってちょ~だいな。ライラちゃんのためなら、すぐに駆けつけてあげる~」
「ふふ、分かったわ。頼りにしてる」
メリンは小さく頷くと、もう一度手を振って、玄関を離れていった。
「こっちがリビングで、あっちがキッチン。部屋はあとで案内するからー……約束どおり、先にケーキタイムにしよう!」
エリスの後ろを、ロイドとテュフォンがついていく。
テュフォンはロイドの袖をつまんだまま、きょろきょろと部屋を見回していた。
私は、エリスが壁際に置いたキャリーバッグの持ち手を下げ、三人の後に続いた。
エリスが冷蔵庫からケーキの箱を二つ取り出すと、テュフォンが少し背伸びをした。
「ライラ様。お皿は、こちらでよろしいでしょうか」
食器棚の前で、ロイドが白い皿を持ち上げていた。
「ええ。フォークは、そっちの引き出しにあるわよ」
「かしこまりました」
ロイドがケーキの箱の前に四枚の皿を並べる。
その隣で、エリスは箱を覗き込んでいた。
「僕のは、こっちと、これと、それね」
「まずは一つずつよ」
「えー。ちゃんと全部食べられるよ?」
「誰もそこは心配してないわ」
ロイドがケーキを取り分ける間に、私はキッチンへ戻った。
テュフォンに牛乳の入ったコップを渡し、自分のコーヒーを持ってリビングへ向かう。
カップをテーブルの奥へ置いて座ると、テュフォンも牛乳のコップを置いて隣に来た。
ぴったりくっついてきた身体に両手を回し、そのまま抱き上げる。
「えい」
「ひゃっ?!」
膝の上へ下ろすと、小さな手が私の腕をつかんだ。
「では、テュフォン様のケーキはこちらへ」
ロイドが皿を置き、フォークを寄せる。
「あなたも座りなさい。自分の分、食べられちゃうわよ」
「……そうですね。では、失礼します」
ロイドはエリスの隣へ腰を下ろし、いちごケーキを一口食べた。
皿を見下ろして、もう一度フォークを入れた。
エリスも、大きないちごを一口で食べ、その下のクリームをすくっていた。
それから、まだ手をつけていない私の皿へ、手を伸ばす。
「ライラ、食べないならもらっちゃうよ?」
「あの……もっと食べたいなら、私の、どうぞ……?」
膝の上のテュフォンが、おずおずと自分の皿を差し出した。
「その必要はありません、テュフォン様。お代わりは十分に用意してあります。足りなければ、こちらをどうぞ」
ロイドが、新しいケーキをのせた皿を並べていく。
テュフォンの背中が、少しずつ私へ寄りかかってくる。
「……いろいろ、大変なこともあるかもしれないけど」
三人の視線が、こちらを向いて。
「今日から、よろしくね」
そう言って、みんなに笑いかけた。




