第12話『ただいまの、その先へ』
車の周りには、何人ものギルド員が集まっていた。
エリスの背中へ腕を差し入れ、抱き起こす人。
毛布にくるんだメリンを、慎重に持ち上げる人。
ロイドは、根へ背を預けて座っていた。
その前に、大人一人分ほどもある、箱型の給電装置が置かれている。
太いケーブルが後頭部へ繋がり、側面の小さなランプが点滅していた。
近くでは、別のギルド員が根に刺さったメリンの剣を引き抜いていた。
折れた刀も、二つに割れた盾も、足元へ集められている。
「ライラさん!」
こちらに気づいたジャスが、根を回り込んできた。
泥だらけのつなぎを見て、右の手袋へ目を落とす。
「こんなになって! 無茶しちゃ駄目っすよ!」
「……お説教は、下りてからでもいいかしら」
「っと、そりゃ、そうっすね……ほら、手、貸してください」
近くのギルド員が、先にテュフォンを下ろしてくれた。
続いて、私もジャスの腕を借りる。
地面へ足をつけた途端、膝から力が抜けた。
「おっと……!」
そのまま支えてもらい、根の縁へ腰を下ろす。
ジャスが、私の顔を覗き込んだ。
「光の柱が全部消えて、魔物も来なくなったのに、誰も戻ってこねえし。みんな、心配してたんすよ」
その頬にも、細い切り傷が何本も走っていた。
支えてくれている手の甲には、乾いた血がこびりついている。
「……迎えに来てくれて、ありがとう。助かったわ」
「あんたたちに比べりゃ、こんくらい、どうってことねえっすよ」
肩越しに、抱き上げられたエリスが見えた。
「あ、ジャスさん。この間もらったポーション、言葉通りエリスに使わせてもらったわ」
「……そうっすか」
「おかげで助かったの。ありがとう」
ジャスも、エリスへ顔を向けた。
ぐったりと人の腕に身体を預けたまま、エリスがこちらへ片手を上げる。
「なら、渡しといてよかったっす」
擦り傷だらけの顔で、ジャスはそう笑った。
それから、私の前でくるりと背中を向ける。
「それじゃ、ライラさんも乗ってください」
「……歩くのは、駄目?」
「立てねえのに何言ってんすか」
返す言葉もなかったので、おとなしく肩へ手を置いた。
ジャスが腰を上げると、足が地面から離れる。
テュフォンの前にも、別のギルド員がしゃがんでいた。
テュフォンは差し出された背中を見て、それから私を見上げる。
「……ライラお姉ちゃん」
「平気よ。乗せてもらいましょう」
小さく頷き、差し出された背中へ手を伸ばした。
ロイドの前では、給電装置のランプが点滅をやめていた。
「……歩行に必要な電力は、確保できました」
ケーブルを外し、根に手をついて立ち上がる。
一歩踏み出したところで足元がふらつくが、すぐに隣のギルド員が、腕を差し入れた。
「……ありがとうございます。お手数をおかけします」
少し離れたところで抱えられたメリンへ目を向けて、もう一度、足を踏み出した。
「そんじゃ、帰りましょうか」
ジャスの背中が、ゆっくりと揺れ始めた。
木々の間から、オレンジ色の空が見えた。
黒く分厚かった雲は薄れ、あれほどうるさかった雷も、もう鳴っていない。
ジャスの背中からその空を見上げていると、隣から小さな声がした。
「……ライラお姉ちゃん」
テュフォンが、ギルド員の肩越しにこちらを見ていた。
「どうしたの?」
「図書館。私も、行ってみたいな」
「ぜひいらっしゃい。あなた向けの本、準備しておくわ」
テュフォンの口元が、少しだけ緩んだ。
すると、私の下からも声がした。
「そういえば、ライラさん。図書館で働いてるってことは、やっぱ重い本を持って歩いたりするんすか?」
「まあ、必要な時は持つけど……どうして?」
「いや、前から思ってたんすけど、ガタイいいよなって。思ってたより、しっかり重さが……」
首に回していた左腕を、少しだけ締めた。
「標準体重よ」
「す、すんませんっす」
「目算ですが、ライラ様の身長は百七十センチ台前半。標準体重ということは六……」
「ロイドも、余計なこと言わなくていいから!」
隣で、くすっと笑い声がした。
テュフォンが、片手で口元を押さえていた。
私も笑って、ジャスの首へ回した腕を緩める。
「……ほ、ほら。見えてきたっすよ」
ジャスが前を向いたまま言った。
木々の切れ目から、牛舎の屋根が見えていた。
森を抜けると、牧場の方から声が上がった。
管理棟の前にいた人たちが、一斉にこちらを向く。
何人ものギルド員が駆けてきて、その後ろから、ひときわ大きな影が近づいてきた。
「おお……皆さん!」
ミノタさんだった。
私たちの前で足を止めると、抱えられたエリスやメリンを、順番に見下ろした。
「ずいぶんなお怪我ではありませんか。すぐに休める場所を準備しましょう!」
その声に、周りの人たちが動き出す。
スタッフが管理棟の扉を開き、奥へ声をかける。
毛布を抱えた人が、こちらへ駆けてきた。
「ロイド殿も……大丈夫ですかな」
「はい。修復可能な損傷ですので、ご心配には及びません」
肩を借りて歩いていたロイドが、足を止めた。
ミノタさんを見上げ、集まった皆へ顔を向ける。
「……皆様、ここまでのご尽力、感謝いたします」
一瞬、静かになった。
「本作戦は、成功しました」
誰かの拳が、高く突き上がった。
「よっしゃああ!」
あちこちから声が上がる。
隣の人の肩を叩く人。
両手を上げて笑う人。
その場に座り込んで、大きく息を吐く人。
ミノタさんも、何度も大きく頷いていた。
ジャスは私を背負ったまま、管理棟の前のベンチへ運んでくれた。
「お疲れさまっす、ライラさん。ひとまず、座ってください」
ジャスに下ろされ、背もたれに身体を預ける。
少し離れたベンチでは、テュフォンが毛布をかけてもらっていた。
こちらと目が合うと、毛布の端を持ったまま、小さく手を振ってくる。
ロイドたちのところへは、制御室で一緒だった魔術スタッフが来ていた。
ロイドが頭を下げ、支えられながら管理棟へ入っていく。
毛布にくるまれたメリンも、そのすぐ後へ運ばれていった。
「よいしょ……っと」
私の隣へ、エリスも下ろされた。
背もたれに頭を預け、両足を投げ出す。
白かったパーカーは、泥と血で、元の色がほとんど分からなくなっていた。
「……ひどい顔ね」
「ライラもねー」
言い返す気にもなれず、二人で並んで周りを眺めていた。
誰かが、救急車の到着を知らせた。
その向こうでは、まだギルド員たちが騒いでいる。
「ねえ、ライラ」
「何?」
エリスがこちらを向いた。
疲れ切った顔のまま、口元だけで笑う。
「依頼、達成だね」
膝の上から片手を上げ、ゆるく握った拳を差し出してきた。
その手を見て、それから、エリスの顔を見た。
「……ええ。お疲れさま」
左手を握り、こつんと合わせた。
その向こうで、もう一度、大きな歓声が上がっていた。
* * *
あの後、私とエリスは救急車で病院へ運ばれた。
ロイドとメリンは、修復のため虹彩騎士団の本部へ。
テュフォンも、そこで保護されることになった。
私は手の傷の処置を受け、一足先に家へ帰れたものの、エリスはそのまま入院することになった。
それから二日後。
着替えを持って病室を訪ねると、ベッドの上から、さっそく苦情が飛んできた。
「ねえライラ、ここの病院、毎日三食拷問を仕掛けてくるの」
「……なんとなく察したけど、聞いてあげる。どういうこと」
「病院食が美味しすぎるのに、量が少ないの! 僕はこんなの耐えられない!」
「あっそ」
着替えの入った袋を、ベッド脇の棚へ置いた。
持ち帰る服を畳んでいる間、背後では、いかに病院食が素晴らしいかという演説が続いていた。
「……お元気そうで、何よりです」
入り口から聞こえた声に、振り返る。
「ライラ様、エリス様。お見舞いに来ました」
灰色の髪を揺らし、ロイドが片手をあげていた。
「ロイドじゃない。久しぶり……ってほどでもないか」
「時間だけであれば、おっしゃるとおりです」
小さく口元を緩めてから、ロイドが自分の後ろを示した。
「本日は、テュフォン様も一緒です」
陰から、小さな顔が覗く。
目が合うと、テュフォンはぺこりと頭を下げた。
「……こんにちは」
「こんにちは。元気にしてた?」
「うん」
テュフォンが頷くと、ベッドの上からエリスが手を振った。
「やっほー、テュフォン。こっちおいで。椅子、ここにあるよ」
エリスが椅子を引くと、テュフォンはロイドを見てから、ベッドのそばへ歩いていった。
椅子へ腰を下ろしたところで、エリスがどこからともなくボードゲームを取り出した。
「ねえテュフォン? 僕はスマホが使えなくてとても暇をしているの。ということで、一緒に遊ばない?」
「……いいよ」
二人が真剣に盤面を覗き込み始めたところで、ロイドが私を見上げた。
「ライラ様。少し、お話ししたいことが」
頷き、一緒に廊下へ出た。
病室の扉をそっと閉めると、中の話し声が少し遠くなった。
「メリンは、現在修復中です。本日は同行できませんでしたが、いずれ挨拶に伺いたいと申していました」
「そう。都合のいい時でいいわよ」
「はい。伝えておきます」
ロイドが頭を下げた。
顔を上げてから、病室の扉に目を向け、声を落とした。
「それから、テュフォン様のことについて。ライラ様にお伝えしたいことがあります」
テュフォンたちは、家族で牧場へ向かう途中、何者かに襲われたのだという。
両親はその相手に連れ去られ、行方も、生死もまだ分かっていない。
引き取り先を探したが、親族は遠縁の人ばかりで、事情を伝えると、危険だからと断られたらしい。
「現在も、ご両親の捜索と並行して、預かってくださる方を探しています」
「……そう」
閉じた扉へ目を向けた。
中から、大げさに悔しがる声が聞こえる。
少し遅れて、小さな笑い声が重なった。
ロイドと一緒に病室へ戻ると、テュフォンが勝ち誇った笑みを浮かべていた。
エリスはその横で真っ白になっている。
「あ、ライラもやる?」
こちらに顔を向けたエリスが、そう言った。
私は二人のそばへ戻り、空いていた椅子を引き寄せた。
「ねえ、みんな。ちょっと相談したいことがあるんだけど」




