第一リアクター停止
「う、あ……っ!」
ゼノは喉の奥で悲鳴を上げた。
血脈認証のスリットに注がれた血を通じ、第一リアクターの制御回路に眠る「百年分のエネルギーの逆流」が、彼の神経に直接突き刺さっていた。
頭蓋骨の裏を焼鉄で掻き回されるような激痛。耳鳴りは大砲の轟音のように鼓膜を叩き、口の中には生々しい鉄の味が広がっていた。視界が真っ赤に染まり、輪郭が歪んでいく。
「ゼノ! 手を離して!」
エリアナの声が、遥か遠くの霧の向こうから聞こえる。
「離せるかよ……! ここで引き下がったら、回路が完全に焼き切れる!」
ゼノは激痛に耐えながら、震える右手で工具袋を探った。指先が掴んだのは、一本の錆びた極細ピンレンチだ。
彼は半ば荒療治のなかで、血脈の魔力が奔流となって流れるコンソールの隙間に、ピンレンチの鋼の先端をねじ込んだ。
──キィィィィン!
甲高い火花が散り、レンチの金属を通じて魔力のフィードバックが物理的にアース(接地)される。
頭痛が劇的に和らぎ、ゼノは最後の力を振り絞って、完全停止の主弁を押し切った。
ゴォォォォォ──……。
第一リアクターの巨大な真鍮の塊が、深く、重いため息を吐き出すような排気音を響かせ、そのハミングを急激に減衰させていく。
だが、濾過エネルギーの供給が完全に絶たれた瞬間、中枢ドームを支えていた気圧が完全に消失した。
メキメキ、バキバキと、空間を支えていた太い鉄骨が自重に耐えかねて捻じ曲がり、天井の岩盤が容赦なく崩落し始めた。
「ハッチへ! 急ぎなさい!」
エリアナがゼノの襟首を掴み、崩れ落ちる真鍮パイプの嵐のなかを強引に引きずり出した。
二人が螺旋階段の非常ハッチに滑り込み、重い鉄扉を閉めた瞬間、背後で「ズゴォォン!」という、中枢ドック全体が完全に押し潰される凄まじい轟音が響き渡った。
ハッチの隙間から、黒い泥水と赤錆の混じった水蒸気が激しく噴き出す。
かつて王国の栄華を極めた「第一エーテルリアクター」は、暴走を止める代償として、崩落した瓦礫の下へ永久に埋没したのだ。
それは完全な勝利ではなかった。施設は失われ、かつて王国が遺した大いなる遺産は一つ、地上から永遠に消滅した。重苦しい喪失感が、ゼノの泥だらけの胸を締め付けていた。
命からがら旧水門の崩落口から這い出し、吸気山脈の冷たい夜空の下へ脱出したゼノとエリアナは、岩肌に背中を預けて激しく喘いだ。
「終わったのね……」
エリアナが、星空を見上げて呟いた。
「ああ。止まったよ……」
ゼノは懐から、真鍮色の円盤を取り出した。
その瞬間、ゼノの指先が強張った。
第一リアクターが完全に沈黙したはずなのに、円盤の表面に刻まれた金線が、これまで見たこともないような「禍々しい赤い光」を放ちながら、チカチカと不規則に脈動していたのだ。
次の瞬間。
吸気山脈の遥か東方、夜霧が立ち込めるはるか彼方の地平線が一瞬だけ、まるで巨大な紫電が走ったかのように、不気味に青白く共鳴し、明滅した。
それは、アトラスの各地にある別の「制御塔」が、第一の停止を検知して不気味に目覚めた瞬間だった。
「いまの光は……?」
エリアナが息を呑み、東の空を見つめた。
「次の場所だ。」
ゼノは真鍮の円盤を握りしめ、静かに呟いた。
「第一が止まったせいで、アトラスのシステム全体の歪みが、次のリアクターへ押し寄せたんだ。世界の故障は……まだ始まったばかりだ」




