壊すための修理
「バイパスを組む。」
ゼノの声は、リアクターが立てる不気味な超低音を突き抜けて響いた。
「バイパスだと? 濾過中枢を切り離すというのか!」
ギデオンの問いに、ゼノは答えなかった。
答えを返す代わりに、腰の工具袋から使い慣れたコンビネーションレンチを引き抜いた。そのクロムバナジウム鋼の滑らかな肌は、ドックに赤く点滅する警告灯を浴びて、血のような鈍い朱色に染まっている。
「今の爆発で第一系統の制御弁が固着した。このまま圧力が上がれば、内側から破裂する。完全に止めるのも駄目だ。アトラスの循環系が急激に逆流して、この施設そのものが内破する」
ゼノはコンソールの下に潜り込み、煤と錆の混じった泥水に膝をついた。
剥き出しの真鍮配管が、生き物のように熱い脈動を伝えてくる。触れた指先が、火傷しそうなほどの熱線に焼かれた。
「だから、暴走している第一系統の配管を、物理的に叩き壊して切り離す。濾過機能を半分殺す代わりに、圧力を無理やり外に逃がすバイパスを作るんだ」
「そんなことをすれば──」
ギデオンが魔導甲冑の拳を固く握りしめた。
「第一リアクターの機能は致命的に損なわれる。帝国の魔導局が求めているのは、完全な状態での遺物の回収だ。半分壊れた心臓など、アトラスの高度維持には使えん!」
「今ここで全員が砂に埋もれるか、半分壊れた機械を持って生き延びるかだ!」
ゼノは叫びながら、コンソールの奥にあるバイパスバルブのボルトにレンチをかけた。
「帝国がアトラスをどうしたいのかなんて知るか! 俺は技師だ。目の前で破裂しそうな鉄の塊があるなら、ぶっ壊してでも止めてみせる!」
王家の血脈が、ゼノの網膜の奥に「エーテルの逃げ道」の配線図を、青白い燐光のように明滅させていた。
だが、その図面が示すボルトは、十二年分の錆と熱膨張によって完全に固着している。レンチを握るゼノの手のひらに、金属同士が噛み合って一歩も動かない絶望的な抵抗感が伝わってきた。
「くそっ、ビクともしない……!」
「ゼノ!」
背後からエリアナの声が飛ぶ。帝国兵たちの銃口は依然として彼女たちに向けられていたが、ギデオンの「待て」の命令によって、辛うじて引き金は引かれていなかった。
ゼノは息を荒くしながら、レノーラの布袋に手を突っ込んだ。
指先が触れたのは、かつてヘイマーが愛用していた「油圧固着剥がし」のマイナスドライバーだ。
ゼノはそのドライバーの太い樹脂製の柄を握りしめ、ボルトの隙間に刃先をねじ込んだ。そして、ドックの床に転がっていた真鍮の配管端材を拾い上げると、ハンマーの代わりにして、ドライバーの尻を全力で叩きつけた。
激しい金属音が響き、オゾンを帯びた青い火花が散る。
一度、二度、三度。
手のひらに響く凄まじい反発力に耐えながら、ゼノはひたすら叩き続けた。
やがて、熱せられたエーテル管から「プシューッ!」と、耳を刺すような鋭い排気音が噴き出た。
「緩んだ!」
ゼノは即座にレンチをボルトに戻し、全身の体重をかけて引き絞った。
ギギギ、と錆が削れる嫌な音がして、ボルトがゆっくりと回り始める。
ゼノはすかさず別の手でメインバイパスレバーを掴み、力任せに引き下げた。
金属が噛み合う鈍い衝撃が走り、リアクター全体の超低音が、カツンと一段階低い音へと変化した。
狂ったように細かく振動していた真鍮の三本の指針が、ゆっくりと、しかし確実に安全領域の目盛りへと滑り落ちていく。
ドック内を満たしていた青白い蒸気が霧散し、沈黙が戻ってきた。
「……信じられん。本当に、物理的な荒技だけで暴走を抑え込んだというのか」
ギデオンが、兜の奥から感嘆を漏らした。
だが、ゼノの視線は別の場所で凍りついていた。
コンソールの最下段、赤錆にまみれた小さなメーター。
バイパスを組んだことで、本来の経路から遮断された配管の先を示すその指針は、完全に「ゼロ」の位置に落下して沈黙していた。
メーターの横には、色褪せたプレートでこう刻まれていた。
──『アイゼンベルク第三配管系統』。
「……嘘だろ。」
ゼノの指先から、レンチが泥水の中へ滑り落ちた。
「どうしたの、ゼノ?」
エリアナが駆け寄ろうとするが、ゼノはメーターを見つめたまま、喉を締め付けられたような声を絞り出した。
「町への……廃鉱町への供給パイプラインだ。暴走部分を切り離したせいで、アイゼンベルクへのエーテル供給が、完全に止まった……」




