王の血脈
真鍮製の制御盤から溢れ出た青い光が、ゼノの顔を逆光のなかに白く照らし出していた。
ガラスのコアのなかで渦巻くエーテル流が、ゼノの呼吸と同期するように、カチ、カチと不規則な脈動を繰り返している。中枢のホログラムが示す『停止シーケンスの選択権』という文字。
「……ゼノ殿下。」
ミラが震える声で、その光景を見上げながら前に踏み出した。
「その王家の血の力で、この施設に眠る古代の自律ゴーレムや、帝国の魔導障壁を打ち破るような強力な『機巧兵器』を起動させる権限は無いのですか? 押し寄せる帝国軍を一掃するような王の力を!」
ゼノは制御盤に置いた指先から伝わる、あの激しい頭痛と眩暈の残響をこらえながら、冷たく首を振った。
「何度も言わせるな。」
ゼノの声は、疲れと苛立ちを含んで低かった。
「この血脈は、戦闘用の武器じゃない。ただの『管理用のアカウント』だ。アトラスやリアクターという巨大なプラントの、管理用ドアを開け、設定を変えるための権限に過ぎない。この部屋に戦闘用のゴーレムなんか一台も配備されていないし、俺はただの修理屋だ。帝国兵の弾丸を弾き返すようなバリアだって出せはしない。」
「そんな……!」
古参兵たちの一人が、絶望したように顔を覆った。
彼らが期待していたのは、王家の奇跡による一発逆転の「魔法」だったのだ。だが現実は、ただの巨大な機械設備の「管理画面」を前にしているに過ぎない。
ゼノは再び、制御盤の感応石へと軽く指先を滑らせた。
その瞬間、頭痛の奥から、言葉にはならないノイズの塊が、耳の奥へ直接流れ込んできた。
──……動かせ……心臓を……アトラスを止めれば……世界が……落ちる……。
しわがれた、しかし執念に満ちた歴代の王(監視者)たちの「声のような残響(システム維持への固執)」が、幻聴となって脳髄を揺さぶる。
彼らは世界を守るために、どれほどの犠牲を払い、どれほどのバグを隠蔽してきたのか。その歴史の重みが、ゼノの細い肩に物理的な重量となってのし掛かってくる。
「くそっ……」
ゼノは額を押さえ、その「声」を頭の中から追い出すように頭を振った。
その具体的な「声」の意味は、今の彼にはまだ理解できない。ただ、このシステム全体が、恐ろしいほどの限界(臨界値)を迎えていることだけは、肌感覚で分かった。
「血の奇跡には頼れないわ。」
エリアナが短剣を握り直し、通路の奥、彼らが歩いてきた暗闇を見つめた。
「私たちは、私たちの手と知恵で、ここへ突入してくる帝国軍を防ぐしか無い。」
その時だった。
カチャカチャ、カチリと制御盤の自律歯車が激しく逆回転を始めた。
それまで穏やかな青色を帯びていたガラスのコアの光が一瞬にして、血のような「赤色」へと反転したのだ。
ピー……ピー……ピー……!
空間全体に、鼓膜を劈くような金属的な警告音が響き渡る。
中枢のホログラムが、警告の王国文字へと一斉に書き換わった。
『外部境界線突破──帝国軍の特殊戦闘魔導兵、および第三部隊が旧水門の破壊を完了。第一リアクター内部への突入まで、残り三分。』
「来たわ……!」
エリアナの琥珀色の瞳が、赤く光る警告灯のなかで鋭く燃え上がった。
ギデオン率いる帝国の精鋭部隊が、ついにこの心臓部の目前まで迫ってきたのだ。
ゼノは警告音のなかで、工具箱の取っ手を強く握りしめ、赤く染まった制御盤の配列(回路図)を凝視した。逃げるべき日常はもう無い。彼は自らの手順で、この暴走しかけた巨大な心臓に向き合うしかなかった。




