旧水門を越えて
ドックの頑強な鉄扉が、激しい爆破音と共に内側へ吹き飛ばされた。
「突入せよ! レガリアを生存回収するんだ!」
立ち込める白い硝煙を切り裂いて、青い魔光をまとった帝国の魔導兵たちが雪崩れ込んでくる。
「クソッ、防衛線を維持しろ!」
古参兵たちが銃を構えて応戦するが、魔導の障壁に弾かれ、ドック内は一瞬にして混沌とした銃撃戦に包まれた。
「ノア、こっちよ!」
エリアナが叫び、ゼノの腕を引いてドックの奥の暗い水路へと走り出した。
背後から、放たれた雷撃の矢が彼らのすぐ脇の鉄骨をかすめ、オゾンの焦げる匂いと激しい火花が夜気を引き裂く。
「逃がすな! 追え!」
二人の背後に、三人の魔導兵が槍を構えて肉薄する。
「下がって!」
エリアナが走りながら、腰の短剣を引き抜いた。
その瞬間、彼女の手元でキィンと金属が軋む高周波が響く。短剣の刀身が鋭い複数の節に分かれ、鎖で繋がれた一本の「鋭い鋼の鞭」へと瞬時に変形した。
エリアナが身を翻し、その鎖鞭剣を虚空へ向けて鋭く一閃する。
しなった刃の鞭が、追ってくる魔導兵の槍の穂先を完璧に巻き込み、力強く薙ぎ払った。火花を散らしながら槍が弾け飛び、魔導兵たちはその衝撃で濡れた床の上に転倒する。
「水門よ! あのゲートを閉めれば、奴らは追ってこられない!」
前方を指差すエリアナの視線の先に、旧水門の巨大な閉鎖ゲートが立ち塞がっていた。
しかし、ゲートを降ろすための起動バルブは、十数年の赤錆にまみれて完全に固着している。エリアナが両手で強引に回そうとするが、バルブはミリ単位すら動かない。
「どけ!」
ゼノが叫び、工具箱を床に置いてバルブの側面へ滑り込んだ。
背後からは、体勢を立て直した帝国兵たちの軍靴の音が近づいている。
「力で回そうとするな。水圧のバランスを狂わせれば、ゲートは自重で勝手に落ちる。」
ゼノは工具箱から太いマイナスドライバーを取り出し、バルブの真下にある「圧力バイパス弁」の隙間にねじ込んだ。
手順だ。力ではない。
右に一山ずらし、奥の固着したシリンダーにトルクを伝える。
カチャリ、と小気味よい音がして、錆びたシリンダーの奥から激しく高圧の水が噴き出した。水圧の逃げ道が作られ、ゲートを支えていた水圧バランスが臨界を超えて崩れる。
ガガガガガッ!
巨大な鋼鉄製の水門ゲートが、凄まじい轟音を立てて落下し、床の泥水を激しく跳ね上げながら閉鎖された。
激しい金属音と共にゲートが完全に噛み合い、彼らとドックの側を物理的にシャットアウトする。
直後、閉ざされたゲートの向こう側から、帝国兵たちの怒声と、ゲートを叩く無駄な銃撃の音がくぐもって響いた。
「……やったわね。」
エリアナは鎖鞭剣を元の短剣の形状へと戻し、荒い呼吸を整えた。
「でも、一時的な時間稼ぎにしかならない。水路の奥へ急ぎましょう。」
二人は点検用魔光灯の細い光を頼りに、湿った石造りの古い通路をさらに奥へと進んだ。
足元の冷たい水流が徐々に枯れ、空気は乾燥し、鼻腔を突いたのは古い錆と、微かなオゾンの匂い。
どれほど歩いただころか。
通路の行き止まりに、彼らの行く手を阻むように、突如として一枚の「巨大な鋼鉄の扉」が姿を現した。
扉の表面には、長年の錆に覆われながらも、かつてのヴァルデン王国の象徴である「監視者の整備刻印」が、美しく、重々しく刻まれていた。
エリアナがその扉を見つめ、息を呑んだ。
「王家刻印の扉……。」
ゼノは工具箱を抱え直し、青白い光のなかに浮かび上がるその古い刻印の線を見つめた。
それは、彼がこれまでの人生で見てきたどんな揚水機や通信機よりも巨大で、かつて両親を奪った「王国の本質」へと繋がる、閉ざされた最初の境界線だった。




