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鉄錆の王国  作者: VEPLE
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12/30

抵抗組織の値段

地下ドックの冷たい天井から、滴り落ちる汚水が鉄の波板に当たって、規則的な雨音を立てていた。


旧水門水路のさらに底──かつて王都の治水弁を制御していた古い整備用ドックに、抵抗組織「折れたる獅子」の最前線連絡拠点は築かれていた。薄暗いオイルランプの灯りが、錆びついたクレーンの支柱や、泥のついた木箱を頼りなく照らしている。空気は湿っており、重油と安物の消毒液の匂いが混じり合って鼻腔を突いた。


「よく無事で戻ったわ、エリアナ。」


ランプの傍らから立ち上がったのは、副官のミラだった。

王国騎士団の古い制式胸当てをつけたその女性は、深く刻まれた眉間の皺をわずかに緩めたが、その目は即座に、エリアナの背後に立つゼノへと向けられた。


ドックの影に身を潜めていた、数名の残党兵たちの視線が一斉にゼノに突き刺さる。

それは、かつての君主を拝む「忠誠」の輝きではなかった。

値踏みし、疑い、かつ利用価値を推し量るような、飢えた獣の冷たい視線だ。


「ゼノ様よ、ミラ。」

エリアナが濡れた外套を脱ぎながら、毅然とした声で告げた。

「アイゼンベルクで生存を確認したわ。ヘイマー様がその身を呈して逃がしてくれた。」


「……本当に、ゼノ・ヴァルデン王太子殿下なのですね。」


ミラは一歩前に進み、ゼノの泥で汚れた無骨な手と、右腕に抱えられた木製の工具箱へと目を落とした。

「十二年間、一度も我々の連絡網に現れなかったお方が、辺境の廃鉱町で平凡な修理屋として生きていたと。……我々がどれほどの血を流し、同胞を失ってきたか、ご存知ないままに。」


そのしわがれた声には、明確な棘が含まれていた。


ゼノは工具箱の取っ手を握る手に、無意識に力を込めた。

「……俺はノア・グレイだ。あんたたちが流した血の量は知らないし、王太子なんていう飾り物の名前に用は無い。」


「言葉が過ぎるわ、ノア!」

エリアナが鋭く割って入った。

「ミラ、彼は工房を壊され、師を奪われたばかりよ。無用な詮索は──」


「詮索ではありません、エリアナ。」

ミラは冷淡にエリアナの言葉を遮り、再びゼノをじっと見つめた。

「我々にとって、王家の名はただの思い出ではないのです。アトラスの防衛機構を通過し、第一リアクターを起動できる唯一の『生体デバイス(認証キー)』。彼が生きてここにいることこそが、帝国に対抗するための最大の切り札になる。」


残党兵たちの一人が、暗がりの中で小さく、しかし卑しい安堵の息を吐き出した。

『これで第一リアクターが動く……』

『これで、帝国と対等に渡り合えるぞ……』


彼らの頭の中で、自分が一人の人間ではなく、ただの「便利な起動用キー(工具)」として消費されようとしているのが、ゼノにははっきりと分かった。

かつて王都で甘やかされていた王子としてではなく、泥の中で十二年を生き抜いてきた「技師」としての防衛本能が、首筋を冷たく逆撫でする。


「俺をアトラスの鍵として売りたいなら、そう言えよ。」


ゼノの声は平坦だったが、ドックの空気を一瞬にして氷結させるだけの冷たさがあった。


「王だの復興だの、綺麗に包装された旗を振る必要はない。アトラスを起動させて、帝国の魔力網をへし折りたいから、俺の『血』を貸せと言えばいい。その方が、職人の交渉としては遥かに話が早い。」


「ノア……!」

エリアナが痛ましそうにゼノの顔を見つめた。


ミラは眉を動かさず、ただ静かに一歩引いた。

「……交渉であれば、後にしましょう。今は生き延びることが先決です。」


**その時、地下ドックの鉄扉が、激しい音を立てて内側へ押し開けられた。**

入ってきたのは、泥だらけの外套を纏った若い連絡員だった。その顔は恐怖に青ざめ、肩で荒い息をしている。


「ミラ様、エリアナ様! 情報屋のレムから緊急の暗号電が届きました!」


「レム? あの守銭奴が、こんな嵐の夜に何の用だ。」

ミラが不気味に問い返した。


「帝国の機密魔導局・第三部隊『亡霊』が、旧水門の全封鎖を開始したとのことです! 我々が使ってきた避難路の先回りを完了し、このドックへ向かって包囲網を縮めていると……!」


「何だと?」

エリアナが腰の短剣の柄に手をかけた。

「そんなはずはないわ。旧水門の隠しルートは、一部の幹部しか知らない極秘の経路よ。帝国がこれほど迅速に先回りできるわけが──」


「……裏切りネズミがいるのよ。」


連絡員が怯えた声で、ドック内の全員を見回した。

「レムからのメッセージの末尾です。──『避難路の位置情報が、数時間前に帝国へ売られた。ネズミは、お前たちの身内にいる』と。」


空気が、凍りついた。


ドック内にいた残党兵たちが、互いに一歩引き、互いの手の位置と視線を警戒し合う。

ミラの琥珀色の目が鋭く細まり、エリアナの短剣を握る指先が、怒りと猜疑心で白く強張っていくのが見えた。

つい数秒前まで「王国の復興」という大義名分で緩く繋がっていたはずの味方同士の信頼が、たった一言の「内通の疑惑」によって、ガラス細工のように粉々に砕け散った瞬間だった。


ゼノは暗闇の中で、工具箱の脇に結びつけられた、ヘイマーのあの古い精密ドライバーの柄を静かに握り直した。


戻るべき工房は、もう無い。

**そして、たどり着いたはずの避難所もまた、安全な場所などではなかった。**


冷たい雨の匂いが、地下ドックの床を這うように流れ込んできた。

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