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異世界旅行社企画課の業務は  作者: 滝神淡


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第8話 グランゼラ定期ミーティング

 グランゼラ三階に到着。すぐ正面にスタッフ用の部屋があった。他の部屋よりも質素な扉を開けると中は半分会議室・半分応接室といった様相であった。従業員が一名、書類整理をしており、その従業員が多田達に気付いて立ち上がって声を掛けてきた。

「よく来てくれました。私はこの時間をとても勉強になる時間であると認識しています」

 太い眉毛の真面目そうな男性である。沢口は即座に営業スマイルを作って近寄っていった。

「クイン主任、いつもお世話になっております! 本日もよろしくお願いいたします」

 そうして沢口はクインと握手を交わした。多田が前回来た時は確か別の者が主任だった気がする。このクインという男性は初めて見た。役職の交代でもあったのかもしれない。

 多田達は応接セットに案内された。ソファーに着き、ミーティングが始まる。

 沢口はビジネスバッグから書類を取り出し、テーブルへ広げた。そして指で示しながら説明していく。

「まずはこちらが宿泊客数の推移です。我々の世界からの。月別にしますとこのようになっております。緑の月からムガナンダ神の月まで概ね横ばいとなっております」

 アメイズではカレンダーの構成が地球と異なる。季節っぽい名前や神様の名前がそれぞれの月に付けられていて、30日や31日の構成でもなかったと多田は記憶している。企画課の中では相手の世界の暦を暗記している者もいるが、多田は曖昧なままなので必要になった時には暦変換アプリで毎度変換して確認している。暦変換アプリも開発部が開発してくれた物だ。

 それから沢口は宿泊客の年齢別や男女別といったデータも見せていった。それらも概ね横ばいであるという事だった。聴いているクインの方は特段の反応は無い。もっとも、横ばいであれば反応のしようが無いのかもしれない。

 次の説明は沢口の指が別の資料へと移った。

「こちらがお客様の声です。えー幾つか主だったものを紹介させていただきますと、これ……ですね、『ホテルの方がとても洗練されていた。貴族になった気分だった』……こうした接客面について評価いただいたお客様が多いです。あとは『景色が良かった。内装も城みたいで素晴らしかった』……こうした外観・内装も好評です。『光る球が飛んでいたがそれがフェアリーだと知って驚いた。フレンドリーでうちの子が喜んでいた』……このようにフェアリーの応対に満足いただいたお客様もいらっしゃいます」

 ここで初めてクインが口を開いた。

「ご利用いただいたお客様にお褒めの言葉をいただけるのは我々にとって最も大きな励みになります。これからも変わらず最高のサービスを提供できるよう努力していきます。その一方で変わっていかなければならない所もあると思います」

 沢口は頷いた。

「はい、要望やクレームといったお声もいただいております。うーん……これとか、『非常口の案内板を設置してほしい』……これはあれですね、我々の世界のやつの物を想像して書かれたものかもしれません。我々の世界では緑色に光る案内板がありまして、火事の時とかにそれを見て脱出するようになっているんですね。ですので、ここに宿泊した方が避難経路を何かあった時に一発で分かるような何かが欲しいという事なのかもしれません」

 聴いていて多田はこのグランゼラにあの緑の非常口の標識が設置されるのを想像した。いや、これは駄目だろうと思う。我々の世界の物をこっちの世界に持ち込んではいけない。折角の異世界が台無しになる。しかしこっちの世界には非常口の標識って無いな。というか、通常使う階段と非常時のみ使う階段が分かれているなんていう建物自体無い気がする。非常時のみベランダの床が梯子で降りられるようになるとか、そういった物もこちらの世界では見た事が無い。基本的にこちらの世界では非常時の設備自体用意していないのか?

 クインは手を組んで親指をピコピコ動かしながらしばし考え、それから沢口に尋ねた。

「この建物には非常時のみ使用する隠し通路がありますが、それは王族等のVIPが脱出するための物です。それは公開できません。サワグチさんの世界では隠し通路も一般市民に公開しているのですか?」

 沢口は手振りでNOを示した。

「いえいえ、隠し通路があった場合は公開されていない……と思います。多分政府の施設とかには隠し通路があるんでしょうけど。今回話題に挙げさせていただいた非常口というのは、そういった隠し通路とは別の物ですね。通常使用する階段でも良いのですが、火事になった時には煙が充満してしまい視えにくくなってしまいます。煙が凄いともはや階段が視えなくなってしまう事も考えられます。そうした時に逃げるための経路を間違えないように、煙が出ていても視えやすい物であるとか、そうした物があると生存率が高まると、そういった物になります」

 クインは腕組みして難しい顔をした。

「そうですか………………そうした事は考えた事がありませんでした。サワグチさんの世界の物を見せていただけませんか?」

 沢口はタブレット端末を弄って検索しようとして、止めた。

「あ、そうだ……検索しようとしましたがこっちの世界ではできないのでした。えーと非常口の標識が映っている写真でも無いかな……」

 こういう時にインターネットが圏外である事は不便だ。異世界に来ると逆に普段の生活が便利だった事を痛感させられる。多田も自分のスマートフォンに使えそうな写真が無いか探してみる事にした。大体妻と娘の映っている写真が出てくる。あ、これはあそこに行った時のやつだな、あの時は行列になっちゃって大変だったよなあ。あーこれはこないだの家族旅行のやつだ。サービスエリアで何か旨いものを食った気がするんだよな、あれどこのサービスエリアだったかなあ。あ、これはちょっとぼやけちゃってるな、もうちょっと良く撮れなかったのか。これは……

 結局写真を探していくといつの間にか思い出を辿るばかりになってしまい、元々の目的を忘れてしまった。多田がそうしている内に沢口が良い写真を見付けたようだった。

「あ、これなんか良いですね。こちらになります。この、緑色の、人型があって……こう……こういうやつです」

 沢口が差し出したスマートフォンをクインが覗き込んで確認した。

「あっ……なるほど…………こういう物でしたか。これは……これだけで見たお客様が分かるのでしょうか? 矢印があったりしないと分からないと思います」

「ああ、そうですね。矢印があるタイプもあったと思います、多分。幾つかタイプがあって、たまたまここに映っているのは矢印が無いタイプのやつですけど。まあ、こういうやつを見て、非常時にはそっちへ進んでいく感じです。まあ、これがそのままこちらの建物に設置されると不自然というか、見栄えがちょっと合わないかなと思いますので、こちらの世界なりの何か、これに代わる物があれば、という風にご検討いただければというお客様の声であると、こういう風に捉えていただければと思います」

 クインは少し考えた所で思い付くものがあったようだった。

「そうですね……フェアリーに光で誘導してもらう等の方法が考えられます。固定された看板ではありませんが…………はい、看板の設置も何かできないか検討してみます」

「ありがとうございます。あくまでご意見の一つではございますので、無理にということではございませんのでよろしくお願いいたします。あくまでこちらの世界の文化や考え方が優先ですので」

「いえ、我々の方に無い考え方をご教示いただけるのはとても勉強になります。より良くできないかと知恵を絞っても我々の中だけでは限界がありますので、こうした話をいただけるのはありがたいです」

 どうやらこのクイン氏は協力的なようだった。通常、彼のような反応は無い。どの宿でこの手の話をしても従業員は大体嫌な顔をする。余所者が何を言っているんだという反応だ。住んでいる世界が違うのだから当たり前と言えば当たり前である。受け入れられやすいラインで言えば、食事の小盛や大盛を事前に聞いてほしいとか、そんな程度だ。

 その後も幾つかのお客様の声を共有した。クインはその度にじっくり考え、こうしてみると良いのではないかとアイデアを出した。沢口もそれに対し更にこうしてはどうかと言ったりして活発な議論になった。

 最後に沢口は書類をクインに手渡した。

「ではこちらの資料はお渡しいたします。是非ご参考にしていただければ幸いです。後は……直近の案件では宿泊可能なお部屋の増枠の要望はございませんが、グランゼラさんはとても評価の高い所でして、弊社としましてもゆくゆくは増枠もご検討いただけますと大変助かるのですが……」

 ここは沢口も揉み手の姿勢だ。低姿勢でのお願いはまさに営業マンである。クインの方は真面目な顔を崩さない。

「その要望は確かに承知しております。しかしこの宿は元々王侯貴族専用の保養施設であったため、これ以上一般客の枠を増枠するのは恐らく無理だと思います。王室からの依頼があって異世界人の受け入れを始めて、これまで増枠を重ねてきた事は決して間違いではなかったと思っております。しかしメニテ家ご当主様が一般客で騒がしくなって落ち着けなくなってきたと仰っております」

「あはは……それはいかんともしがたいですねぇ……」

 流石に沢口もこれにはお手上げの様子だった。アメイズでは身分がものをいうようなので領主には逆らえない。まあ、それならそれで手が無いわけではないのだが……と多田はエウリナに目を向ける。彼女を通して王室から領主に指令を出した場合は、領主といえども従わざるを得ない。しかしまあ、そんな強硬な手段を取った場合はこのグランゼラとの良好な関係もおしまいになってしまうわけで。利益の拡大は狙いたいがなかなか難しいものである。

 それからクインが何か話しかけた時、部屋に新たな訪問者が現れた。

 入ってきたのは三人組だ。

 一人は面長でヤンキー上がりのような男性のビジネスマン。

 もう一人は東南アジア系の褐色の男性、こちらもスーツ姿のビジネスマン。

 最後の一人はツバ広の帽子を被った中年男性。

 この組み合わせは多田達の同業者である事をうかがわせた。

「あれー沢口さんじゃないですか! MTCJさんも今日ミーティングだったんですか?」

 面長のビジネスマンが嬉しそうに言った。日本語である。イントネーションが東京とは逆だ。

 沢口は立ち上がって挨拶を返した。

「これは山野さん! お世話になっております」

 そして沢口は多田に小声で彼らの事を伝える。

「彼らは笑笑旅行わらわらりょこうです」

「あーなるほど」

 多田はその会社名には聞き覚えがあった。笑笑旅行は大阪の旅行会社だ。異世界専門の旅行会社で、動画配信者が集まって起業した会社である。宣伝の動画を作るのが上手く、後発だがあっという間に中堅どころまで発展した。ただ、業界内ではあそこは素行が良くないと言われている。

 山野という男性は沢口の隣までやってきた。

「MTCJさんここの枠取り過ぎですよ~ウチみたいな後発は枠全然取れないんですから少し分けて下さいよ~」

「あはは、いや~最初に参入した特権てやつですかね~特権使わせてもらってますすいません」

 沢口は営業トークで軽やかに応じた。互いにジャブを打つような営業トークだ。

「独占禁止ですよ~? MTCJさんがあんまりガッチリ固め過ぎちゃうとウチらみたいな弱小は潰れちゃいますから。あ、その時は是非傘下に加えて下さい。よろしくお願いしまーす先輩!」

「なんのなんの、笑笑さんは急成長している会社ですから当分安泰じゃないですか~ウチも追い抜かれないように頑張らなくちゃ。ところで笑笑さんもこの後ミーティングですか?」

「この後ってゆーかもうウチのアポ取った時間ですね」

 それを聞いてクインが部屋の置時計を見て話に入ってきた。

「確かにそうです。ヤマノさん、申し訳ないのですが後少しでサワグチさんの話は終わるので待っていてくれませんか?」

 山野の方はわざとらしく困った顔をした。

「それは困りましたねぇ。我々も会議が終わった後別の所にも行かなくちゃいけなくてねぇ」

 どうしましょうか、という目をクインが沢口へ向ける。沢口は申し訳なさそうな顔で山野に応える。

「あー非常に申し訳ないのですが後ちょっとだけお時間いただけませんか? 後ちょっとで終わりますんで」

 しかしそれを聞いて山野の方は不敵な笑みになった。

「そうは言っても大人の世界は時間厳守ですからねぇ……バーターで何をもらえます? 時間をお譲りする代わりに」

「え? いやそれは……」

 沢口は困って言葉を探し始めた。これはなかなか厳しい。何かを引き出すには何かを支払わなければならない。これは鉄則だ。そしてそれと同時に、いかに自分が支払わずに相手から引き出すかという駆け引きもまたこの世界の鉄則である。沢口はちょっとの時間くらいなら無料で譲歩を引き出したいようだった。そしてそれを分かっているからこそ山野はちょっとの時間を高く売りたいのだ。これがビジネスマンの心理戦である。ギャンブル系の漫画なら主人公とライバルが汗だくになって読み合いをするモノローグ多めのシーンだ。

「チャムラーン、何か欲しい情報ある?」

 山野は隣の褐色のビジネスマンに話を振った。そうしたらチャムラーンと呼ばれた男性は柔らかい笑顔でとんでもない事を言い出した。

「はい、あります。MTCJさんはこの後はどこへ営業に行きますか?」

 まだたどたどしさが残る日本語。しかし伝えたい事はしっかり伝わってくる。そしてそれは明らかに普通ではない内容だった。この後の営業先を教えてくれなどというのはこの業界では秘密の企画を教えてくれと言っているのと同義だ。

「あっはは、そりゃ良い! この業界といやー情報で払ってもらわないとな! というわけでどこへ行くんです?」

 芝居がかった感じで山野は沢口へ尋ねた。沢口は慌てた様子でNGのポーズをする。

「いやいや、流石にそれは厳しいですよ! 営業情報の価値はお分かりでしょう? 簡単に開示するわけには……」

「スランジャルバ王国ですよね?」

 柔らかい笑顔のままチャムラーンが言った。

 場に緊張が走る。沢口の笑顔は凍り付き、多田は思わず眉をひそめる。その反応を見て山野が満足そうにする。チャムラーンは表情が変わらない。

 多田はある事を思い出した。確かエウリナは俺達を嗅ぎ回っている者がいると言っていた。まさか、こいつらが……⁈

 企画を知りたがるというのは、つまりはそういう事なのかもしれない。

 俄かに緊張が高まってきた。今日の企画は絶対に死守したいものなのだ。

 沢口は視線を彷徨わせ、エウリナと視線を合わせる。彼の動きは多田と同じ事を思ったのであろう事がうかがえた。その後、沢口は絞り出すように声を出した。

「あのー………………何故、そうだと思うのですか?」

「異世界ゲートの検査場で聴こえました」

 チャムラーンは何でもない事のように言う。沢口は注意深く言葉を選ぶように応じた。

「あーなるほど…………確かに、検査場では検査官が読み上げますね。わざわざ読み上げてしまうので皆に知られちゃうなぁあはは……」

「私達もスランジャルバ王国に行きます。スランジャルバ王国に行った後、MTCJさんはどこに行くのかを知りたいです」

 このチャムラーンという男性は先程から柔らかい笑顔のまま全く変わらない。何を考えているのか全く分からない怖さがあった。本心を隠すタイプなのかもしれない。

 山野が笑って訂正するような感じで話をかぶせてきた。

「ははは、いえね、我々もスランジャルバに行くんでこの際一緒に行くのはどうでしょうかね?」

「え? あのー……あーそれはですね、ちょっと……是非同業者として仲良くさせていただきたいですが、同業者はライバルでもありますしねぇ」

 沢口はやんわりお断りするが山野は畳みかけてくる。

「いやいや、スランジャルバまでですよ? 向こうに行くまでが同じ行先だからそこまではご一緒しましょうってだけです。向こうに行ったら当然、その後は別々ですよ」

 それなら文句無いでしょうとばかりに山野は得意気になった。逃げ道を塞ぐような言い方だ。これはかなり強引である。やはりこれは企画を盗もうとしているので間違いない。

「あのー……んーとですね、スランジャルバには行くのは行くんですけどねぇ……んーどうしようかな……」

 防戦一方な沢口だが頭の中で天秤が動いているようだと多田は思った。もうミーティングの時間をもらう事にそこまでの重さは無くなってきた。とりあえず今日のミーティングはこれで切り上げてこの場から逃げられればそれで良いというアイデアが天秤に掛けられているのかもしれない。

 困り果てた沢口、得意気な山野。

 沢口は眼鏡を直し、決断を迷っている。

 このまま山野に従うのか、それともミーティングを諦めるか。

 多田はだんだん黙っていられなくなってきて、とにかくこの場を切り上げてしまおうと思った。何よりも守るべきは今日の企画だ。今日の企画は普通の企画じゃない、大当たり必至の先着占有だ。これを横取りされてしまっては堪らない。グランゼラのミーティングならルート営業みたいなものだ、いつでもできる。しかし今日の企画を逃してしまったら今度いつ大当たりを引けるか分からない。沢口さん、もう穏便に済ませられなくても良い、あんたが迷っているなら俺が言う……!


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