第9話 行方不明
応接セットで繰り広げられる静かな攻防戦。
得意気な山野。
迷っている沢口。それを見かねた多田が割って入る決意を固めた。
さあ言ってやるぞと多田が口を開こうとした、その時。
それは唐突に遮られた。
音を立てて勢いよく扉が開けられた。慌てた様子の従業員が入ってくる。これはただ事ではない。このグランゼラの従業員はとても洗練された佇まいであり滅多な事では取り乱したりしない。
部屋に入ってきた従業員はクインに早口で報告した。
「大変です! 宿泊客が一人いなくなりました!」
「本当ですか⁈」
クインは驚いて立ち上がった。報告に来た従業員は栗色髪の女性で、息を切らせて続けた。
「はい。ツアーガイドから話があり、点呼した時に一人いないと言うので私も一緒に捜しました。しかしどこを捜しても見付かりませんでした」
「では、いなくなったのは貴族の宿泊客ではなく異世界人の宿泊客だと言うのですね?」
「はい!」
そこまで聞いて、クインはエウリナやツバ広帽子の男性に目を向けて言った。
「異世界人が監視を付けずに外へ出た可能性があります。これは王室へ報告しなければなりません。よろしいですか?」
ツバ広帽子の男性は意見を求めるようにエウリナの方に顔を向け、エウリナが回答した。
「私が承ります。いなくなった人の情報を下さい」
クインが栗色髪の従業員に目を向ける。栗色髪の従業員は部屋の入口の方へ向かって人を呼んだ。
「イコマさん、入ってきて下さい!」
すると一人の女性が入ってきた。ボブの茶髪で中年になりかけといった容貌だ。その女性は来るなり頭を下げた。
「この度は真に申し訳ございません。笑笑旅行のツアーガイド・生駒と申します。ご迷惑おかけしております」
このツアーガイドの所属も笑笑旅行社のようだ。笑笑旅行は大手ではないものの自社で企画だけでなくツアーの販売までやっている。多田はこの笑笑旅行のようにMTCJも販売までやってしまえば良いのにといつも思っている。いちおう、今後ツアー販売まで乗り出そうという動きが社内であるという噂は聞いてはいるが。
「主任のクインです、急ぎのため挨拶は省きます。今回の件は王室に報告が必要ですので、あちらのエウリナさんに行方不明の人の情報を伝えて下さい」
クインがそのように促すと、生駒はエウリナへ報告した。
「いなくなってしまったのは佐藤琢磨さん、37歳男性。癖の強い、こう……もこもこした黒髪で、太めの方です。背は普通から少し高め。今日着ていた服は、上下グレーだったと思います」
「えーと……」
書く物を探す素振りを見せるエウリナ。そこへすかさず沢口がタブレットを準備して私が書きますという姿勢を見せた。それを多田は傍から見ていて、これ絶対最初から沢口を利用するつもりだよなぁと思った。エウリナさん、男を使う事に慣れ過ぎでしょ……
沢口がタブレットにメモし始めるとエウリナは生駒へ質問した。
「その人の職業は何ですか?」
「えー……動画配信者、ですね……」
「動画、配信……?」
「えー……動画の撮影とかをして、それを配信するというか……いえ、無職……とも言えますが……」
「配信……」
エウリナはなおも理解不能といった反応だ。それを見て沢口が助け舟を出した。
「エウリナさん、紙芝居を見せて日銭を稼ぐようなものです。でも面倒なんで無職で良いですよ」
ようやくエウリナはなるほど、と納得した。紙芝居で納得したのか無職で納得したのかは傍目からは分からない。エウリナはまた生駒へ質問を投げかけた。
「その人はこちらの世界へ来てからすぐ様子が変でしたか? それとも今までは行動に問題が無く突然いなくなりましたか?」
「それが……最初から問題行動がありました。許可されていないのに撮影しようとしたりするのが何回かあって、その度に注意したのですが、だんだん言う事を聞かくなってきて……」
「ツアーに随行する兵士には言わなかったのですか?」
「それが、その………………申し訳ございません! 言うべきでしたが、なかなかその、お客様でもありますので……」
「無許可の撮影は兵士による取り押さえと物品の没収の対象になります。それは旅行者に守っていただくだけでなく、ツアーガイドには守らせる義務もあるという風に王室とあなた方で契約を結んだはずですよね?」
今のエウリナはまさに王室広報官の顔だった。口調も静かで表情は能面のようだ。生駒の方は恐怖すら覚えているようだった。
「申し訳ございません!」
「行方不明者の捜索は軍の出動になるでしょう。その場合生死は問いません」
生駒はそれを聞いて驚愕し、山野やチャムラーンは顔を見合わせた。沢口も多田も硬い表情になる。旅行者が処刑なんて事になれば日本で大問題になってしまう。しかし売り上げのためにアメイズのルールよりも旅行者を優先してしまったのはまずかったかもしれない。旅行者に気持ちよく帰ってもらえば更なる売り上げに繋がると思うのはビジネスマンの性だ、例え迷惑客相手であっても。
「それは、あの……なん、何とかならないでしょうか……? いきなりそれは、ちょっと……」
「それを決めるのは王家です。ここに滞在中は全てにおいて我が国の法律が優先されます」
そこへ山野が下手に出るような調子で割り込んできた。
「せめて我々が捜して見付けるまでは待っていただけませんかね? いえね、分かりますよ? ここではあなたの国のルールに従う、当然です。でもね、1度だけチャンスをもらえませんか? 捜してみるくらいは良いでしょう?」
「見逃せと言うのですか?」
エウリナが冷たく返すが山野が食い下がる。
「いえいえ、そんな厚かましい事は言いません! ただね、もし、もしですよ? 我々が捜してみて捕まえたら……殺す必要は無いでしょう? 撮影機材の没収はそれはしょうがないです、やっていただいて結構です。ただですね、ウチの会社で死人が出たとなっちゃあ、ね? 今後もうやっていけなくなっちゃうんで」
「あなた達の会社だけでは済みません。異世界人の受け入れをいったん全て停止しなければならないと思います」
「ええっ⁈」
沢口が思わず声を上げてしまい、タブレットを弄る手が止まってしまった。
「飛び火してきた⁈」
多田も驚きの声を上げてしまった。他人事だと思って聞いていたが俄かに自分達にも被害が及んできた。これはまずい。非常にまずい。突然の受け入れ停止になどなれば旅行代理店からMTCJへの支払いが止まるだけでなく、既に予定していたツアーの顧客への払い戻しの影響まで波及してくる。MTCJは異世界旅行しか手掛けていないためかなり痛い。売上構成比率でアメイズは最大の異世界なのである。さあ困った。業績悪化、倒産、就職活動……そんなのたまったものじゃない。俺には家族がいるんだ。
自分の会社、というより自分の給料を守るために多田もお願いしてみた。
「エウリナさん、私達も捜しますよ。いなくなったのは日本人でしょう? 同じ日本人として我々も責任を感じています。なので軍隊の前に捜索させて下さい!」
本心とは全く違う綺麗事を並べて懇願する。エウリナは少し考えるような仕草をした。これは彼女が頭の中で計算をしているのだ。メリットがそれなりにあると思えば何かしら考えが動くはずである。
「…………当てはあるのですか?」
動いた‼ と多田は頭の中でガッツポーズをした。しかし顔には出さない。まだ安心できる段階ではない。
「当てですか? ……えーと、まあ、あのー……ちょっと当てがあるわけではないんですけどー……ないんですけどー……あ、いや、あった‼ あれだ……!」
多田はごにょごにょ言って時間を稼いでいる間に思い出した。そういえばグランゼラに来る前、人がぶつかってきた。あれじゃないのか? あのぶつかってきた人物は日本人かどうか判断付かない感じだったが、やっぱり日本人だったのだろう。きっとそうだ!
エウリナは目をぱちぱちさせた。
「分かるのですか?」
「完全に分かるわけではないですけど、どっち方面へ行ったかは分かります。ここに来る前ぶつかってきた人がいたでしょう? 絶対あれですよ、咄嗟に日本語を口走ってましたもん。あいつが行った方面を捜せば良いんですよ!」
「…………範囲が絞れれば見付けられる可能性はありますね。うーん…………そうですね、なるべく大事になる前に解決できた方が双方にとってプラスです。捜索してみても良いかもしれません」
「本当ですか⁈」
いち早く反応したのは山野。それに多田が続く。
「やりましょう!」
これで機運は出来上がった。絶望的な状況から首の皮一枚繋がった感じだ。エウリナは頷き、沢口に微笑みかけた。
「サワグチさん……9と1は、9で良いですか?」
沢口は不意を突かれた顔で困惑した。
「ええー⁈ それを出してくるんですか……参ったなぁ…………善処します、じゃ駄目ですか? 私それ勝手に決めちゃったら会社に怒られちゃうんですよねぇ……」
「うふふ、それについては今度ゆっくりお話ししましょう。では捜索に行きましょう」
「うーん、上手く引き出されちゃった気がするなぁ……」
困った顔で沢口がぼやくので多田が彼の肩をぽんぽんと叩いた。
「まぁまぁ良いじゃないですか、何にせよこれで希望が見えてきたんですから」
「そうではあるんですけど……最初からここに持っていこうとしていたんじゃないかという疑いがね……」
それは多田にはよく分からなかったので聞き流した。そこで悩むのは営業ならではの所なので、ある意味企画課で良かったと言える。分業とは責任を分かち合わずに済む制度なり。
エウリナは最後にクインに言った。
「私達は捜索に行きます。冒険者のスギヤマさんと連絡を取って下さい。捜索に協力してもらいます」
クインは素早く反応した。
「承知しました。すぐにフェアリーを遣いに出します」
「トレボールさんとコンビで捜索に参加するように伝えて下さい。行方不明者の特徴を伝えてあげて、後は自由に動いてもらえれば大丈夫です。命令書を書いている余裕は無いので、これで」
そうしてエウリナは紋章の刻印されたカードをクインに渡した。クインはそれを恭しく受け取った。
行方不明者の捜索が始まった。




