第7話 ホテルグランゼラ
グランゼラの建物内に入る。上質な絨毯や螺旋階段、天井に施された絵画が目を引く内装だ。
カウンターへ三人で向かうと、受付の背の高い男性が沢口を見付けて話しかけてきた。
「サワグチ様、ようこそお越し下さいました。三階応接室へお向かい下さい。クイン主任が応対させていただきます」
喋り方もとてもかしこまった感じだ。まさに高級ホテルのホテルマンという雰囲気である。
「いつもお世話になっております。ありがとうございます、承知しました」
沢口もかしこまって応じて、螺旋階段へ向かった。多田も軽くお世話になっておりますと挨拶して沢口を追う。エウリナは花の咲くような笑顔を見せ、受付の男性はコホンと咳をして照れ隠しをしているようだった。エウリナの笑顔は確かに可愛らしい。そして俺に気があるんじゃないかと思わせるものがある。その笑顔が瞬時に出せるのだから大したものだと多田は感心してしまう。
「エウリナさん、その笑顔って鏡でめっちゃ練習してるんですか?」
階段に差し掛かった所で多田が尋ねてみるとエウリナは即座に否定した。
「いいえ、私は自分の顔が嫌いなので鏡は見ないようにしています」
「ンフフ、それアイドルのテンプレ回答じゃないですか~」
含み笑いして多田が言うと沢口が指で頬を弄りながら補足する。
「笑顔は筋肉で作るんですよね?」
「笑顔は心から笑うものだと思います。心が大事です」
上辺だけの言葉を吐くエウリナに多田も上辺だけで合わせた。
「あ~心、大事ですねー確かに」
そういえば心から笑うなんて無くなったなぁと多田は思った。社会人にもなると思い切り笑う事なんて無くなる。職場でどうでもいい話で盛り上がったり、飲み会で馬鹿話で爆笑したりしているが、それは盛り上げるために笑っているだけだ。いわば仕事である。プライベートでも妻と話すのは専ら子供の事だし、娘に向ける笑顔も親としての顔だ。唯一、一人の時の暇潰しでお笑いの動画を観て笑っているのが心からの笑いだが、それも習慣化してくると笑おうとして笑っているのか本気で笑っているのか分からなくなってくる。まあ、皆そんなもんだろう。
二階に着いた所で廊下を歩く集団に出会った。集団の中心にいるのは上質そうな緑色の装束の男性。その男性は周囲と談笑しながら歩いてきたが、エウリナの姿を見付けると手を振った。するとエウリナは多田達から離れて手を振ってきた男性の所へ挨拶に行ってしまう。
「コルガノさん、こんにちは」
「やあエウリナお嬢様」
「調味料の貿易の調子はいかがですか?」
「お陰様で王国の南側にだいぶ進出できました。お嬢様には是非また別荘のバーベキューに来て頂きたいです」
「バーベキュー! 私バーベキュー大好きなんです!」
目をキラキラさせているエウリナを離れた所から多田は見て、隣の沢口に話し掛けた。
「めっちゃ公私混同してますねー」
「利益誘導したんでしょうね」
「問題にならないんですかね?」
「問題……えーとどっちでしょう? 王国としてですか? それともここの?」
「あー王国の方です」
「そこはエウリナさんも計算高い方なので、大問題にならないラインでやっているのでしょうね。王家のお金を着服するとかそういった事には手を出していないんだと思います、多分」
「ンフフ、多分ってところが良いですね」
「まあ、始終見ている訳ではありませんからね。実際はやっていて他の所から穴埋めして書類の帳尻合わせしているとか、綱渡りな事をやってしまっている可能性もありますし」
「それやってたら大事件ですねードラマ化できそう」
階段の手すりに肘を載せて多田は言った。何かそんな感じの事件も十年に一度くらいある気がする。もしそういう綱渡りな事をやっている人が職場にいたら、周りは気付くものなんだろうか? 例えば妙にあいつ羽振りが良いよなとかあからさまに異常な雰囲気だったらちょっとあいつ怪しいよなってなりそうだけど。でももし静かにしている犯人だったら周りが気付くのは難しいかもしれないな……
そうしていると上の階から階段を下りてくる二人組が現れた。二人組の片方は日焼けして脂っこい中年男性で、もう片方はバリキャリな感じの女性だ。二人組は何やら話しながらやってくる。
「エドバル家は上手くやっていますね。領地の年貢を下げる代わりに物流を手伝わせたら随分とお金の流れも良くなったらしいです」
「ご当主様の領地でも同じ事をしてみますか?」
「猿真似は好きじゃないですが、一考の余地ありだと考えています」
「承知しました」
アプリで変換すると全て丁寧な言い回しになっているが、脂っこい男性はオラオラ系、女性の方は冷たい系の口調だ。二人とも階段の中央を進んできて全く譲る気も無さそうであり、沢口が端に避けた。多田は既に手すりの傍にいたので避ける必要は無かったが、まさに貴族と庶民という感じだなと思う。貴族とヤンキーは道を譲らない。肩がぶつかればどちらも大変な事になる。
脂っこい男性はエウリナの姿に気付くと大声を上げて挨拶をした。
「エウリナお嬢様! 今日もまた調子が良さそうですね!」
呼ばれたエウリナの方は振り向くとアイドルの様な営業スマイルになった。
「エニール様、またお会いできて光栄です」
脂っこい男性・エニールはのしのし歩いてエウリナの所まで来てハグをした。ハグが終わってもエニールはエウリナの肩に手を置いたまま話す。
「最近なかなか振り向いてくれなくなったじゃないですか。私を翻弄するとは悪戯っ子ですね」
「そんな事はありません。もしそうであれば、それはあなたがそうさせているのです」
「ハハハハ! 本当に可愛い人ですね!」
「私は皆様に可愛がってもらえて幸せです」
それを聞いてエニールは初めて他の男の存在、コルガノに気付いたようだった。
「やあコルガノさん、ギャンブルで会社を大きくしただけあって肌の艶が良いですね」
それに対しコルガノは作り笑いをして恭しく返事をする。
「エニール様、お元気そうで何よりです。エニール様の名声は私の住む地方にも届いております」
「馬鹿な事を言わないで下さい。あなたの国と私の国は遠く離れています。慇懃無礼な人ですね」
「滅相もございません、敬愛なるエニール様。我々商人は多くの情報を得てビジネスをしております、真面目にビジネスに打ち込んでおりますので」
「そうですか。お嬢様に現を抜かすくらいに真面目なのですね!」
「いえいえエニール様の女性経験には及びません」
「ハハハハ‼」
「ハハハハ!」
二人とも笑っているがお互いが嫌いなようだ、と多田は遠くから見て思った。互いに笑いながらも火花を散らしている。しかも、どうもその争いはお嬢様を巡ってのもののようだ。しかしエウリナがお嬢様とは。こういう世界では皆お嬢様という事になるのだろうか?
エニールもコルガノも不敵な笑顔で相手を見つめる。エニールの連れの女性は無表情で佇み、コルガノの周囲にいた者達はニヤつきながら事の推移を見守っている。エウリナは静かな笑顔を湛えていて本当にお嬢様みたいだ。
さて……とようやく本題に入る感じでエニールが喋る。
「お嬢様が皆のアイドルになっている状況は非常に落ち着きません。これは良くないと思いませんか?」
「はい、私もそう思います。ですから先にお嬢様と話していた私にお任せ下さい」
「もう充分話したでしょう。後は私に任せて下さい」
「領主様にも是非お話いただきたいと思っております。しかしながら区切りが悪い所でしたので何卒私の話の区切りが付いた後にじっくりお話いただきたいと思います」
「あなたの愛の囁きは長いです。もっと短く伝えるべきです」
「私の愛の囁きが長いのはそれだけ愛が深いからです」
一向に退く気配が無いコルガノ。その表情には常に何かを企んでいるような笑みが貼り付いている。それを見てエニールの方は自身の顎を指でトントンしながら数秒考え、良い事を思い付いたように言った。
「私はこのグランゼラを買おうと思います。これは素晴らしいアイデアです。お嬢様とゆっくり話す事ができます」
これには流石にコルガノも顔を歪ませた。
「あの、それは…………とても豪快な決断です。しかしこの地域の領主・メニテ家が簡単にお許しを出すとは思えません」
「ハハハ、私の妻はメニテ家の出身です!」
それを聞いてコルガノは言葉を失った。それ程今の言葉は効いたらしい。○○家といった家柄がものを言う文化なのかもしれない。
エニールは勝ち誇った顔になって、それから勝者の特権とばかりにエウリナに話し掛けた。
「お嬢様、ここを買い取ったらあなた専用のフロアを用意しましょう。私の認めた関係者のみが出入りできるように改めましょう。とても安全で、快適で、あなたが望む空間に作り替えましょう」
エウリナは夢のような申し出だと言わんばかりの態度で応じる。
「ここが私の城になるのですか?」
「そうです。そうすれば邪魔な宿泊客はいなくなります。これは素晴らしい未来です」
「でもエニール様は多くの女性にそう言っているのではないですか?」
この状況を見ていて多田は黙っていられなくなってきた。隣の沢口に囁きかける。
「あの領主様、宿泊客を追い出すって言ってますよ?」
「大問題ですね。お好きに経済活動していただいて構いませんが、我々の利益に関わってくるとなると話は別です」
沢口は眼鏡を直して深呼吸した。これは気が進まない事をする前の彼なりのルーティーンである。そして彼は階段からエウリナに向かって大声で呼び掛けた。
「エウリナさん、先方が早く来てほしいそうです!」
もちろん先方のグランゼラ職員はまだ何も言ってきていない。しかし上階を気にしながら言えばそれっぽく聴こえるものだ。多田と沢口はエウリナが付いていなければ上階へ行く事ができないため、エウリナを呼び寄せるには良いやり口である。
するとエウリナは残念そうな顔をして渋々エニールから離れた。
「私は大事な仕事で来ていたのでした。エニール様、今度ゆっくりお話ししましょう」
「ここを買ってしまえばこのような邪魔も入らなくなります。また今度」
エニールの方も渋々だ。しかも恨めしそうに沢口の方に視線を向けてきた。これは薄々分かっているが追及はしないという事だろう。
エウリナは足早に多田達のいる階段まで戻ってくると悪びれる事も無くエヘヘと笑った。
「お待たせしてすいませんでした。この宿の従業員を待たせてしまうのは申し訳無いので行きましょう」
沢口がやれやれといった感じでぼやきながら階段を進みだした。
「エウリナさん、問題を起こすなと言われた日に問題を起こすなんてどこの芸風ですか?」
「皆さんが私を放っておかないのです。私が言った通りでしょう?」
「そうなるように仕向けたのでしょう? 時間をかけて」
「私を計算高い女性であるかのように言わないで下さい」
「おおぅ、これは……計算高くないと仰る……?」
これはミステリーだとばかりに沢口は困った顔をした。それを見て多田も含み笑いで話に乗っかる。
「ンフフ、エウリナさんが計算高くないとしたら誰だったら計算高いんでしょうね~?」
そうしたらエウリナは憚る事も無く言い返すのだった。
「私は不器用なんです」
多田も沢口も笑ってしまった。ここまで来ると達人芸と言える。
「でも、助かりました」
そうエウリナが言ったので多田は訊き返す。
「え、どうしてですか?」
「あの人、しつこいんです」
「ああ、あの人……」
しつこいとしたら、エニールの事だろう。オラオラ系でやたらベタベタ触ってくるタイプのようだった。
「しかも息が臭いです」
「うわあ……しかしエウリナさん、上流階級にモテるんですねぇ。エウリナさんの魅力がこんなに凄いとは」
「うふふ、私の肩書きが彼らを惹き付けるのです。そのために王室関係の仕事に就いたのですよ? 美人なだけだと上流階級では一夜限りでお別れです」
「うわーお、さらっと強烈な真理を……っていうか……エウリナさんやっぱ計算高いじゃん!」
多田がビシッとツッコミを入れるとエウリナはしまったという表情を作って手で口元を隠す仕草をした。しかしまたすぐに彼女はニヤリとする。まったく腹黒い小悪魔だ。




