第6話 王都
多田達は荘厳な城を遠目に見ながら歩く。城がある風景は不思議だ。日本にはこうした城が無い。いや見方によっては東京都庁が城っぽいと言えなくもないが……あれとは違ってここの城は街と見事に調和している。そのまま絵葉書になりそうな景色は観光資源としての価値の高さも示しており、王都を巡るツアーは鉄板中の鉄板となっている。だが多田には若干複雑な思いがあったのでそれを口にしてみた。
「沢口さんはこの王都と東京はどっちが好きですか?」
「こっちです。建物も三階層以下に揃えられていて素晴らしいです。自然が多いのも良いですね。調和のとれた世界遺産のようです」
迷いなく沢口が答えた。トレッキングや山登りが趣味だと以前言っていたので、ごみごみした東京と比べたら圧倒的に王都の方が良いのだろう。それに対し多田はごみごみした方が好きだったりするのだった。
「私は実は東京の方も悪くないと思ってまして……ごみごみしていた方がなんか落ち着くっていうか」
この感覚は自然の中で落ち着く派の沢口とは分かり合えないのかもしれない。
「確かにそういう方もいますね。詩月さんが以前同じことを仰ってましたよ」
「えええええぇー⁈ そうなんですか……」
多田は思わず不快感を放出してしまった。詩月本人がこの場にいたら我慢したであろうが、本人がいないところでは本音が出てしまったりする。詩月と同じだったとは意外だ。あの意地の悪い女と同じとは……最悪である。
そんな多田の様子を見て沢口は一瞬目を丸くした。しかし沢口はすぐに察したようだった。
「あー……そんなに喜ばなくても」
これは有耶無耶に終わらせようという沢口なりのフォローだ。深堀りしない方が良い時は笑える方向に流すのである。
「いやー本当喜ばしくてぇハハハハ」
多田も沢口のフォローに乗って笑う。笑って流すのが社会人のマナーである。
「ハハハハ……ところで異世界向けの護衛の人材を派遣する会社を日本でも作ろうって動きが出てきているんですよ」
こうして笑って流した後さりげなく話題を替えるのもテクニックだ。沢口はこういうところが洗練されている。
「日本でですか? それっていけるんですかね?」
「民間軍事会社になりかねないですからね、批判もあって難しそうです。あくまで冒険者ギルドみたいなものだと主張して作ろうとしているみたいですが」
「へ~だいぶ儲かりそうですけどねー」
多田の頭の中は正義感よりも金勘定だった。現状は安全が確保できていない異世界に行く時は護衛を沢山付けることになるが、基本的に外国の民間軍事会社に頼ることになる。もしくはアメイズみたいな異世界は現地に日本人の冒険者もいるのでその場合は現地にいる冒険者と個人契約を交わしたりもしているが。日本で護衛人を揃えてくれる会社を立てれば間違いなく依頼が殺到するだろう。
周囲の風景が民家から店に変わっていく。商店街だ。果物、野菜、魚、服、色々な店が建ち並ぶ。魚屋の前を通れば磯の香がし、果物屋の前では甘い匂い、それから菓子屋らしき店舗の前では煎餅を焼くような香ばしい匂いが漂ってくる。現地住民が店主と世間話をしていたりして生活感がある。ショッピングモールなど無く、個人商店がそれぞれの持ち分で商いを行う事で経済が回っているようだ。
「まずはグランゼラに寄らせて下さい。ルート営業みたいなものです。その後ちょっと冒険者の方に挨拶をして、それからスランジャルバ王国へ向かいますので」
商店街の途中で右折し、沢口が断りを入れてくる。これは今回多田が来た用事とは別件であるため断りを入れたのだ。ルート営業と表現する通り、ツアーで利用する宿屋には定期的に挨拶に行き、信頼関係を築いているようである。企画課との決定的な違いはここだろう。
「グランゼラですか、ツアーの中でも上の方しか入れていない最高級ホテルですよね」
記憶を掘り起こしながら多田は言う。企画を組む上で多田も何度も行った所ではあるが、ここ一~二年くらいは行っていなかった。既知の宿の場合、ツアーに入れるとしてももう多田が直接宿を視察しに行く事は無く、第二営業課に宿のキャパシティが足りるかどうかを確認するだけになっていた。
それに対し、頷きながら沢口は人差し指を立てた。
「はい。この世界の貴族の方もよく利用する所ですね。それがですね、なかなか面白い事がありまして、私達の世界の観光客がこちらの世界の貴族の方々を面白がって野次馬みたいに見たりするものですから、当初はこれはどうかな~こちらの世界の人達に嫌がられちゃうんじゃないかな~なんて心配していたんですよ。それが意外に摩擦が起きる事も無く、案外こちらの貴族の方々も楽しんでらっしゃるようなんですよねぇ」
「へーそうなんですか」
それは面白い事なのか? などと思いながら多田は感心したふりをする。よく分からなくてもとりあえず相槌を打ったり感心したふりをするのは会話の潤滑油だ、と多田は思っている。
「ええ、そうなんですよ。ね、エウリナさん?」
そうして沢口が話をエウリナに振ると、彼女はニコニコして答えた。
「はい。貴族の方々も異世界の人達を見るためにわざわざ遠方から泊まりに来るくらいです。上流階級の間で『異世界○×』という遊びが流行しているようです。その内容は、事前に社交場で異世界人に訊きたい質問を決めます。酔って池に落ちる人はいますか? とか。その質問に対し異世界人がどう答えるかを賭けるのです。なるべく答えが予想外のものになるように質問内容を作り込むのが醍醐味になっています」
「あーそんな遊びを」
これには多田も面白いと思った。まるで動画配信とかやっている人がやりそうな発想だよなぁ。何でも遊びにしてしまうところがたくましいというか何というか。貴族って暇なんだな、良くも悪くも。
「やはり異世界から人がやって来るので、それがどんな人達なのか、どんな生活をしているのか、どんな文化なのかが気になります。最初は異世界人は恐ろしい怪物ではないかといった憶測も広がっていました」
「ハハハ、それは私達も概ね同じでしたね」
そう言って多田が思い浮かべたのはエイリアンが地球を侵略してくる系の映画だ。基本的に漫画や映画は地球外や異世界から来る者が侵略者として描かれている。そして、侵略者は大体が怪物だ。こうしたイメージが刷り込まれていた人は多く、この世界が異世界と繋がったと発表された時には世界中が混乱したものだった。
商店街から外れてしばらく進むと手入れの行き届いた庭園とその奥に鎮座するホテルが見えてきた。幾何学模様の庭園だが所々にホタルのような光が浮遊していたりクリスタルの植物があったりして、やはりファンタジーの世界を思わせる。ホテルはちょっとしたお城のような壮麗な建造物である。これが高級ホテルのグランゼラだ。
多田が建物に気を取られていると横からドカッと何かにぶつかられてしまった。
「いてっちょっ」「ってぇな」
何だいきなり、と思ったら通行人がぶつかってきたようだった。その通行人は謝りもせず足早に去ってく。
「うわ、ぶつかっておいて一言も無しかい」
不満げに多田は去っていく通行人を見送る。もこもこ髪で太めの男性のようだ。背は高め。顔はよく見えなかったので分からない。
「何か盗まれていないですか?」
そう訊いてきたのはエウリナ。それを聞いて多田は慌ててポケットを確認する。
「え、あ、そうか、そうですね! えー……と、財布はー……大丈夫。スマホはー……大丈夫。ああ、多分、大丈夫ですね」
「大丈夫だったのですね、良かったです。スリに遭う人は多いので気を付けて下さい」
「そうですよね、いや~ちょっと油断してましたわー」
多田は頭を掻いて、念のため鞄のポケットも確かめてみた。しかし特に変わった様子は無い。多分、何も取られていないんじゃないかと思う。あれ、もしかしたら日本人なのかもしれないなあ……『ってぇな』って言ってたのが妙に日本語っぽく聴こえたんだよな。
「僕達のお金や持ち物も珍品として取引されますからね、気を付けないと」
沢口がそう言ったので多田も同意した。
「まったくです。財布なんてスられた日には嫁からめっちゃ怒られますよ」
そうして多田はまぁ良いかと思った。ぶつかってきた人が日本語を喋ったように聴こえたのも気のせいかもしれない。服装はここの住人の物だったと思うし。たまたま日本語に近い発音の現地の言葉だったのかもしれない。でも待てよ? ……現地の言葉なら翻訳アプリに引っ掛かるんじゃ……? いやいや、翻訳アプリに引っ掛からなかったのはちゃんとした発音じゃなかったからかもしれない。んー……まあ、そんなに気にする事でもないか……日本人が現地住民の同行無しに一人でほっつき歩けるわけ無いし。
多田達は庭園に入っていく。クリスタルの植物は近付いてみるといっそう綺麗さが際立つ。見る角度によって色が変わってとても幻想的だ。ホタルの光みたいなものが一つ、多田達に寄り添うように飛び始めた。その光をよく見ると、光に包まれた小さな人型が見えてくる。その人型には背中に羽根も生えているようだった。小さな人型に羽根……フェアリーと呼ばれる者達の姿だ。多田達に近付いてきたフェアリーは緑色の髪の女性で、彼女は話しかけてきた。
「こんにちは、営業のサワグチさんですね。あと、金の亡者のエウリナさん」
「こんにちはカリリーナさん」
笑顔で沢口は応えたが、エウリナの方はわざとらしく驚いた顔をした。
「私は金の亡者ではありません、印象操作は良くないと思います」
「わあ、印象操作? では、金の亡者ではなくお金に汚いエウリナさんですね」
からかう表情でフェアリー・カリリーナが言い直す。エウリナは今度はすました顔で言い返した。
「私はお金より愛の方が大事だと思います。カリリーナさんがうがった見方をしているからそう見えるのだと思います」
「よくもそんな嘘を平気でつけますね! お金に意地汚いエウリナさん! あなたは愛はお金で買えますというタイプでしょう?」
「愛があればお金は問題ではありません。カリリーナさんは本当の愛を知らないのではないですか?」
「お金持ちを次々と乗り換えているあなたが何を言っているのですか? このグランゼラでも問題を起こした事があるくせに!」
これには流石にエウリナも視線を泳がせてエヘヘとはにかんだ。
「え? 私はそんな事をしましたか? 覚えていないです」
「あなたが来るとロクなことが無いので来ないでほしいです!」
カリリーナは拳を振り上げ全身で怒りを表現する。身体が小さい分ジェスチャーを大きくしないと人間に伝わらないのかもしれない。
「そう言われても仕事で来ていますので。そうですよね、サワグチさん?」
エウリナは都合の悪いことから逃げるように沢口へ助けを求めた。沢口は曖昧な笑みを浮かべて困ったなぁという態度をとる。
「ええ、まあ……仕事ではありますね。カリリーナさんすいません、僕達はエウリナさんが一緒にいないとこっちの世界で活動できないんですよねぇ……」
「そうですそうです! 仕事なので仕方ないですよね?」
してやったりの顔をしてエウリナがカリリーナに言った。カリリーナの方は悔しいがどうにもならないといった感じで怒りを抑えるのに必死なようだ。
「仕方が無いです。ですが……ですが……! この疫病神女は……!」
これでは収まりが付かなそうだ。それを察したのか沢口が強引に話題を替えにかかった。
「うーんどうしたものか……あ‼ そうだカリリーナさん、今日は多田さんもいるんですよ。久し振りでしょう?」
かなり力技の話替えだが『あ‼』を大声にする事で無理矢理押し進めるテクニックだ。大抵は困った時に発動する窮地脱出用スキルである。
カリリーナはそこでようやく多田の存在に気付いたようだった。
「タダさん? ……ああ、タダさんですね! 久し振りです、新しい企画ですか?」
「お久し振りですカリリーナさん。今日は付き添いです。あれーカリリーナさん、髪型変えました?」
多田はカラ笑いして挨拶をする。俺の存在に気付かないほどエウリナさんに噛みつきたかったんだなあと思ったけど、それを言うとまたバトルが始まってしまうので止めておこう。ここは大人らしく沢口の話替えに乗っておくべきだよね。
これを聞いたカリリーナは上機嫌になって自身の髪の毛を弄って見せた。
「分かりますか? はい、以前はお団子にしていたのですが、今は自然に流しています! この方が飛んだ時になびくので良いのです」
「あ~飛んだ時の事を考えて決めているんですね。よく考えられてますね~。確かにお団子だと動きが無いっちゃ無いですね」
ここで似合っているだとか踏み込み過ぎるとキモいと言われかねないので難しいんだよなあと多田は若干悩みながら話した。女性の『褒められたら嬉しい』は(ただしイケメンに限る)とか(意中の人なら)といった隠れ条件が在るので鵜呑みにしてはならない。
「私はこの髪型にしてから調子が良いです。今度結婚するんですよ」
「お~それはおめでとうございます!」
「ありがとうございます。ではサワグチさん達が来た事を支配人に伝えておきます」
上機嫌なままカリリーナはホテルの方へ飛んで行った。彼女が充分に遠くへ行った事を見届けてから多田は呟きを漏らした。
「いやー険悪な空気のままで終わらなくて良かったです。カリリーナさん、結婚するんですね」
「そうみたいです。カリリーナさんは勝気な性格なのでお相手がどんな方なのか気になりますね」
沢口がそう言うので多田は想像してみた。
「やっぱりのほほんとしたタイプじゃないですかね? いつもニコニコしていて怒らないとか」
「そうですねー同じタイプだと衝突が多くなりそうですし。でもああ見えてチャラい男にコロッと騙されてしまうパターンも無きにしもあらずかなと」
「えーそりゃ茨の道ですね。借金背負わされちゃったり?」
そこへエウリナが話に乗ってくる。
「カリリーナさんは昔の彼氏にお金を騙し取られた経験があります。一緒に結婚資金を貯めましょうと言われてカリリーナさんはその彼に稼ぎを全て預けていました。それが一年経ったら彼は連絡が付かなくなってしまったのです」
「うっわ、えげつなっ!」
多田は苦い顔をした。沢口は気まずそうにする。
「それはまた、絵に描いたような詐欺ですねぇ……」
それに対しエウリナは一人だけニコニコしながら言った。
「そうです、彼女には悲しい過去があるのです。だから、今回も心配でしょうがないです」
「エウリナさん、心配している顔じゃないですよそれ」
苦笑しながら沢口が指摘すると多田も追随した。
「というか寧ろ期待している顔でしょそれ?」
「いえ、私は彼女の幸せを心から願っています」
わざとらしくお祈りのポーズまでして見せるエウリナ。しかし彼女の口元には邪悪な笑みが見え隠れしていた。
「いや~その1ミリも心のこもってない『願っています』がマジ素敵です」
多田は茶化しながらもまあこんなもんだろうと思った。自分に災難が降りかかった場合は洒落にならないが他人に降りかかる分にはネタになる。所詮他人は他人である。
「僕はちゃんと願っていますよ、彼女の幸せを」
そんな事を言い始めた沢口に多田も続いた。
「それじゃあ私も願ってますよ。カリリーナさん幸せになってほしいですねー」
「私も純粋に願っています」
エウリナがなおも白々しく言うので多田と沢口はシンクロして突っ込んだ。
「またまたぁ!」「またまたぁ!」
こんな風に心と言葉が裏腹なのはいつもの事だ。心でどう思っていようと表面上は綺麗な言葉を吐いておけ、これが大人の嗜みである。
三人はまた歩き出し、建物へ向かって行く。
そこで多田はふと思い出した。
「そういえばエウリナさん、ここで問題起こしたんですか?」
興味本位であり、野次馬根性みたいなものである。エウリナはエヘヘと笑って視線を明後日の方向に逃がした。
「恐らくカリリーナさんの勘違いだと思います。私はお淑やかにしていました」
「お淑やか、ハハ……そうですか~エウリナさん何人騙したんですか?」
「騙したなんてとんでもないことです。私は尽くすタイプなのですよ? 寧ろ私が騙される事を心配すべきだと思います」
「エウリナさんを騙すなんて相当な手練れなんでしょうねぇ~?」
「そうです、ですから皆さんも私を守って下さい」
そうしてキラキラした瞳を向けてくるエウリナ。図太い神経だなぁと多田は感心してしまった。ここまで来るといっそ清々しい。
沢口は困った顔をして釘を刺すように言った。
「エウリナさん、今日はおとなしくしていて頂けると有難いのですが……カリリーナさんに目を付けられてしまっているみたいですし」
「はい。でも……皆さんが私を放っておかないかもしれません」
「うわー凄い自信!」
多田が突っ込みを入れるとエウリナも流石に照れ笑いをした。
「ちょっと言い過ぎました」
「ではそのエウリナさんのチャーミングな魅力をしばらく隠していただいて……」
沢口も冗談交じりにそう言った。沢口が気にしているのはエウリナが問題を起こす事ではない。エウリナが問題を起こす事でとばっちりでグランゼラが異世界人を禁止してしまうとか、そういったビジネス上の悪影響が出てしまうのを心配しているのだ。全ては利益の追求のためである。エウリナが問題を起こすのは商売抜きなら寧ろ面白がるネタでさえある。
建物の入口に着いた。大きな扉が開け放たれている。
果たしてエウリナの問題とは何なのか。多田はビジネスに影響は出てほしくないが、何か起こってくれるならそれはそれで面白いという期待も捨てがたいと感じていた。




