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異世界旅行社企画課の業務は  作者: 滝神淡


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第18話 伝承

 村長の家の前に多田・沢口・プレアウズ・ウー・リー・ウーリーコンビの案内人が集まった。

「本当にすいません、まさかリーさんがここまで俊足だったとは……」

 申し訳なさそうに沢口が言うので多田は首を振った。

「いえ、沢口さんは全然悪くないです。あれはプロ選手並でしたし」

「うふふ、走るのは速いです」

 リーが得意そうに言うが、走るポーズではなく武術の構えを見せている。これは、力づくで先着を奪おうとしても無駄だという意思表示に見えた。その横でウーがいやらしい笑顔を見せる。

「よくやってくれました。頑張った甲斐がありましたね。皆さま本当にお疲れさまでした。正々堂々と勝負して、私達が勝ちました」

 泥棒が何言ってるんだ、と多田は思ったが何も言わなかった。もはやそんな気力も無い。

「皆頑張りました、素晴らしい旅路でした!」

 プレアウズだけは陽気なままだったが多田も沢口も無視した。

 村長の家から人が出てくる。大柄な男性だ。この男性は威厳のある顔つきをしており、村長であろうと思われた。

「あなたがこの村の村長ですか?」

 ウーが尋ねると大柄な男性は頷いた。

「はい、私は村長です。あなた達は誰ですか?」

 渋い重低音の声だ。

「私達は観光業者です。この村の伝承を聞きにきました」

「なるほど、分かりました」

 村長は全てを察したようだった。そんなやり取りを傍から見ていて多田は敗北を実感する。ここから先の交渉に俺達は入れないのか……

 ちなみにウーの言葉は彼の翻訳アプリが中国語からスランジャルバ語に変換した音声を多田達のアプリがスランジャルバ語から日本語に変換することで多重変換により多田達も理解することができている。

 多田は空を見上げた。

 視線の先には浮島があった。その浮島は地上と鏡写しのように表土が地上側を向いている。表土の多くは湖が占めており、残りは草原と剥き出しの土、幾つかの家屋が見える。湖の水は何故落ちてこないのだろう?

 不思議だった。そして、幻想的な光景だった。

「あれが例の湖ですね」

 多田が呟くと沢口も浮島を見上げた。

「素晴らしいですね……これだけでも相当なウリになります」

 その通りだ、と多田は思った。これぞファンタジーの世界に観光に来た甲斐があったとお客に思ってもらえる要素だ。例えばこの世界・アメイズに来ても都市部を観光するだけなら地球の方でヨーロッパの古い街並みを見に行っても近いものが味わえてしまう。それでは駄目なのだ。ファンタジーの世界に来た以上、ファンタジーの世界に来たことをお客にしっかり実感してもらいたい。それが異世界観光業の矜持である。

 だが、せっかくの素晴らしいロケーションを見ても喜びは半減だった。寧ろ悔しさの方が遥かに大きい。

 先着占有。その言葉が重くのしかかる。この案件を獲得できれば莫大な利益がもたらされるはずだった。

 それが、丸っきりゼロになってしまったのだ。

 ウーリーコンビのせいで。

 案件を奪われた喪失感は大きい。何故こんなことになってしまったのか?

 最初にウーリーコンビが現れたのは公園。見えない所から突然出てきた。しかしそこでは上手く煙に巻くことができた。次に彼らが出てきたのは馬車の中継所。どうやって嗅ぎつけてきたのか分からないが、そこもぎりぎりで抜け出すことができた。だが、その後だ。馬車の故障。運悪く故障してしまった。これさえ無ければ……

 いや、それでもその後修理して最後デッドヒートするに至った。故障した分のロスを取り戻せるかに見えた。村に入ってからのダッシュが最終決戦になった。

 リーが速すぎた。まさか彼女がそんな身体能力の持ち主だとは思わなかった。

 いや、それだけか……?

 あの時、リーに掴みかかったあの時。

 あの時にラグビーのようなタックルをしていれば。いや、結局スタンガンでやられるか。いやいや、どんだけの痛みも我慢して押し倒すべきだっただろう? 痛みは一瞬で終わる、だが案件を逃すのはずっと響く。

 そう、今後、ずっとだ……

 巨大な喪失感。

 企画を横取りされる話は聞いてはいたが、横取りされた人の痛みが、今初めて分かった……

「では行きましょうか。湖までご案内します」

 村長がそう言って歩き出した。

 ウーリーコンビとその案内人が村長の後ろをついていく。ウーがこれ見よがしに多田達に手を振った。

「では我々勝者は失礼します。盗み聞きしに来てはいけませんよ?」

 泥棒が盗み聞きするななどとよく言えるものだ。多田は恨めしそうに見ていることしかできない。くそ、なんなんだよ。泥棒が勝利する世界で、良いのかよ……

 不意に村長が止まり、意外なことを口にした。

「そこの皆さんは行かないのですか?」

「私達は一番に到着しました。彼らは別会社の人なので聞く権利がありません。一番に来た会社だけが伝承を聞くことができると聞いています」

 ウーが得意気になって説明する。

 だが村長は不思議そうな顔をした。

「一番に来た会社だけ? いいえ、私はそれを言ったことはありません」

 場が凍り付いた。

 いやらしい笑みのままウーが固まり、多田や沢口もリーも目が点になった。

 村長は更に付け加える。

「こんな場所で良ければどうぞ誰でも来て下さい、と私は言いました」

「……へ?」

 多田は頭の処理が追い付かず、ただ疑問系を零すだけだった。沢口は頭を抱えている。ウーリーコンビも声を漏らしたが単語になっていないので翻訳できるものではなかった。

 一体、何がどうなっているのか?

 何が何でも一番に到着しなければならない、そう思ってデッドヒートしてここまで来たのではなかったか?

「プレアウズさん……あなた嘘つきましたね? 最初に辿り着いた者にだけ教えると言っていたのはあなたです」

 沢口が溜息交じりに言った。プレアウズはちょっと照れ臭そうにした。

「ここが魅力的な場所であることをお伝えしたかったのです。一番に到着しても二番に到着してもここは貴重な場所です」

 この状況下をテヘペロで済まそうとするこの小太りの案内人に軽く殺意が湧いたのを多田は感じた。これまで散々痛い思いをしたのは何だったのか。こいつのホラ話のせいでこうなったのか。控えめに言って糞だろこいつ……

 何はともあれ、結局皆で村長についていくことになった。

 ウーが恩着せがましく話し掛けてくる。

「敗者が賞品を貰えるなんて本当に幸運です、あなたの運勢に感謝した方が良いのではないですか?」

「泥棒が勝利する世界でなくて本当に良かったです」

 多田がやり返すとウーは喜んだようだった。

「泥棒はあなた達です、私達が折角見付けた場所を横取りしようとしました」

「そういうのを盗人猛々しいって言うんです。ああ、これ日本の諺ね? おたくの国には無いかなこういうの? 海賊版の国だからパクリはお国柄ですかね?」

「ああ酷い! これは差別です! 外交ルートを通じて抗議しなければいけません」

 そこへすかさず沢口が割って入った。

「多田さん、ムカついてもそこはちょっとセンシティブなところですから不用意な言い方は避けましょう。それからウーさん、遊びでそういう事を言うと本当に差別に抗議している人達にも迷惑がかかりますので、軽口はもう少し上品にいきましょう、ね?」

 この両成敗には流石に冷静にならざるをえない。多田は頭を掻いて矛を収めた。どうもプレアウズのやらかしもあって気が立ってしまっているのかもしれない。しかしこういうところで冷静に対処できる沢口は凄い奴だ。両成敗で収めようとするこのバランスの取り方が上手い。チームの中で絶対必要とされる人材だよなあ。クッション材と言っても物理的じゃなくてこういう風になりたかったんだよな、俺は。

 ウーの方も肩を竦めて黙った。その顔にはもっと煽りたかったのに、と書いてあるようだ。沢口はこれ以上ヒートアップしないよう話題を替えた。

「それよりも多田さん、折角村長からお話を聞けるのですから質問したいことを纏めておきませんか?」

「そうですね、私達はビジネスをしに来たんでした」

 多田は意識し直した。そう、我々はビジネスマンである。利益がゼロになったと思っていたのがゼロではなくなったのだ。ここからは自分達の利益を最大化するにはどうすれば良いかを考えた方が良い。

 今回の観光スポット候補のおさらい。湖が地上と空にある。それらの湖は鏡写しのようである。地上と空の湖は年一回だけ繋がる。

 注目すべきは年一回だけ繋がるところ。織姫と彦星のような伝説があれば間違い無く大当たりになる。これが最も重要な部分だ。

 しばらく村長についていくと例の湖に到着した。

 岸には小舟が何艘かあり、桟橋もあった。山並みと湖、そして上空の浮島がある景色はそれだけでも綺麗だ。

「この通り、景色はなかなか良い所です。私達はよく岸辺を散歩したり、座ってお喋りしたりします」

 村長が紹介し、沢口がうんうん頷く。

「そうでしょう、そうでしょう。こうした素晴らしい景色が今まで多くの人に知られていなかったことに驚きです」

「もっと多くの人に知られるべきですよね?」

 同調するように多田が話を盛り上げた。現地の人が話しやすい状況にするためにまずその場所を褒めるのが基本である。

 しかし村長は微妙な反応をした。

「そう言ってもらえるのは嬉しいですが……私達も大々的に宣伝できない理由があります」

「それは、伝承にまつわるものですか……?」

 沢口がそう質問すると村長は首肯した。

「そうです」

 大々的に宣伝できない理由は何だろう、と多田は首を捻った。門外不出みたいな教えたくない程の秘密があるのだろうか。それとか、人が多く来過ぎるとご利益が無くなってしまう的な伝承があるのだろうか? もしそうだとしたらあまり人を呼べないな……いや待てよ、それはそれでありかも? 『限られた人数しか行けない』は強烈な売り文句になるんじゃ……? まあその秘密が何かしらのスパイスになればそれで良い。脳内の金勘定が捗るわー。

 村長は岸辺を歩き、大きな看板を紹介した。

「これはこの湖の説明をする看板です」

 当然ながらその看板はスランジャルバ語で書かれているため多田達には読めない。アプリをかざせば読めるが、それは誰もしなかった。その内容を今から村長が説明してくれるからだ。

 遂に湖の伝承が明かされる。

「この湖には所謂男女関係の言い伝えがあります」

 これは望んだとおりだ。多田達はおおっと食いつきの良い反応を見せる。

「その昔、国王と妃が新たな静養先を探して各地を視察していた時に立ち寄った際にこの湖をいたく気に入ったため、敷地を買い取って館を建設しました。館の建設は国王が愛する妃のために妃のアイデアを多く取り入れたと言われています。二人は仲睦まじく、何日も館の設計について城で語り合っていたと当時の使用人が記しています」

 おお~と多田達は前のめりになる。

「そして館が完成し、国王と妃が初めて静養に訪れた時、妃が他の男と会っていたことが発覚し、館では喧嘩が絶えなかったようです。そして上の湖と下の湖が繋がったその日、国王は湖に身を投げました。国王の亡骸は上の湖の方へと昇っていき、今でも上の湖の湖底に沈んでいると言われています」

 え……? と多田達がフリーズする。

「国王がそんなことになったため、国中に悪い噂が流れました。王子が噂を払拭するため、自分の結婚式を湖の目の前で挙げることにしました。挙式は盛大に行われ、無事に婚姻の儀式まで終えることができました。しかし……その日の夜から王子が愛する妻へ暴力を振るうようになりました。王子は深酒をすると暴れる酒乱だったのです。婚姻の儀式までは控えていたお酒を解禁した結果、酒乱の症状が激しくなっていました。妃は最初は簡単に離婚もできないと思って耐えていましたが、ある日片目を失う大怪我をして病院へ運ばれていき、遂には離婚することになりました。離婚した日はちょうど、上の湖と下の湖が繋がっていました。それからというもの、『二人で湖を見に行こう』と誘った場合は離婚の申し出を意味することになり、この村では代々離婚するための場所と言い伝えられています」

 時が止まったようになってしまった。多田の金勘定は脳内で故障してしまった。えーと、これはつまりどういうこと?

 離婚するための場所……?

 この場所が?

 何だよこれ。こんなの有り? 一年に一回だけ繋がる湖って言われたら普通は結ばれる方のエピソードだろう。それが離婚? 男女関係といっても、そっちのエピソード……⁈

 望んでいたものと真逆である。この事が殊更ダメージを大きくしていたのは、商品化できそうにないからだった。せめて地味なエピソードであったなら、そのままパンフレットに載せても効果が無いが色々脚色して顧客のウケを狙うこともできただろう。しかし離婚なんて駄目だ、絶対駄目だ。どう脚色してもパンフレットに載せられない。

「ここを観光地にしたいなんて聞いた時は驚きました。そちらの世界では離婚したい人が沢山いるのですか?」

 誰も発言しないのを見かねた村長がそう言ったので多田はいやいや、と首を振った。

「そんなに多くはないですよ、そこそこはいますけど。きっと手違いです。我々は離婚のエピソードを知らずにこの村へやってきたのです。素晴らしい景色であることは聞いていました。実際、景色は素晴らしいですけどね。ね、沢口さん?」

 そう言って沢口に助けを求めると、沢口が突然和歌を詠むような調子で変なことを言い出した。

「コノ案件良シと思ヘドモ無駄足デ候―」

 ショックが大きいのかタイムスリップしてしまったようだ。

 これまでずっと冷静さを保ってきた沢口が壊れてしまった。駄目だ、これは使い物にならない。多田はプレアウズの方に話を振った。

「プレアウズさん、確かあなた言ってましたよね? ここには素敵なエピソードがあるって。それも嘘だったんですか?」

 するとプレアウズは悪びれもせずに頷いた。

「ここはとても素敵な場所です。見て下さい、この景色はきっと皆さん気に入るはずです」

「いや違う違う、景色は良いんですけどエピソードが重要なんですよ。あなたは素敵なエピソードがあるって言ってたでしょ?」

「はい、素晴らしい場所には素敵なエピソードが似合います」

「村長の話聞いてました⁈ 離婚のエピソードですよ‼」

「訪れた人が良いエピソードを考えてあげれば良いのです。私達で何かエピソードをこの村にプレゼントしましょう!」

「あーもう話にならない! なんなのこの無自覚な役立たずは!」

 多田が怒りに任せて頭を掻きむしっていると横からウーとリーが慰めの言葉をかけてきた。

「大変ですね、私達に何かできることはありますか?」

「私達がいつでも助けます!」

「あんたら泥棒に助けを求めるとかありえないから! ていうかあんた達もコイツに負けず劣らず邪魔だから!」

「酷い言われようですね、仲良くしましょうよ」

 ウーが意地の悪い笑顔でそんなことを言うので、多田は少しでもこの糞野郎の気分を害してやろうと思った。

「仲良くねえ、そんなこと言ったって、あんたらも結局商品化できないのは一緒じゃないか。お互い商品化できないって点だけは仲良くゴールできたわけだ、良かったね!」

「うーんこのエピソードではなかなか難しいですね、困りました」

「いやあ泥棒したものが商品化できなくて残念だったねえ、泥棒までしたのにねえ?」

 多田はようやく一矢報いた感が出てきて少し気分が持ち直した。そうだ、こう考えれば良い……泥棒したものが商品化されなかっただけマシだった。だってそうだろう? この中国人コンビが泥棒したものが商品化されてこの二人が高笑いしている様なんて想像したくもないじゃないか。その点だけは唯一の救いだ。

「お客人、折角来ていただきましたがこの湖はこのような言い伝えがありますので、この湖を観光地にするのはお勧めしません」

 村長の言う通りだった。

 もうこれ以上ここに用は無い。多田は沢口を揺すって意識を回復させ、帰ることにした。プレアウズはこの段階になっても陽気なままだった。多田は帰りの馬車ではプレアウズに話しかけられても断固無視した。


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