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異世界旅行社企画課の業務は  作者: 滝神淡


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第15話 しつこいライバル業者

 行動を再開する。通りで馬車を見付けて乗り込む。そして都市外縁部にある馬車の中継所へ向かった。馬車の中継所とはいわゆるバスターミナルみたいなものだ。中継所へ近付くにつれて他の馬車を見かける機会も増えていく。多田は馬車でも回復に努めながら沢口に話し掛けた。

「山野さん達だけで終わりじゃなかったんですねー」

「そうですね……寧ろ今回の彼らの方が本当の横取り業者かもしれません」

 眼鏡を外して拭きながら沢口は応える。その表情は深く考えているように真剣なものになっていた。

「え、そうなんですか?」

「山野さん達は強引な取引を持ち掛けてくるタイプではありますが、強引なだけです。それに、山野さん達に会ったのはあくまで偶然でした。でも今回の彼らは……何だか計画的な気がしてならないのです。完全に僕達を嗅ぎ回っていた感があります」

「じゃあエウリナさんが言ってたのって……」

「多分、こっちです……僕の勘では」

 何と紛らわしい事だろうと多田は思った。山野さん達も事もあろうに俺達の企画を知りたいなんて言うもんだからなあ……

「中国ですよね?」

「たぶん『毎天旅行』だと思います。同僚が横取りされたと言っていたのが……多分あのウーとリーコンビです。なかなかのやり手だと聞いています」

「えーそうですか? 結構簡単に撒けましたけど?」

「そうですね、多田さんが機転を利かせてくれたので助かりました。ありがとうございます」

「いやー丁度良いのがあるなと思って。あれはあの人達が策士策に溺れるになっただけですよ」

「どうして我々の居場所が分かったのかな……」

 それは謎だった。

「せっかくエウリナさんの店も使ったのに」

「そうなんですよ、あそこまでやって何で見付かってしまうんですかねぇ」

「うーん…………やっぱり執念ですかね? 先着占有だから」

「先着占有、か……」

 沢口の顔はかなり真剣だった。その姿を見て多田は改めてこの企画の重要性を認識させられた。独占、そして莫大な富。その富を手にすることができるのはただ一人…………それなら、どんな手を使ってでも奪い取る者達が出てくるのは当然かもしれない。エウリナの店を使ったとはいえこちらは諜報員みたいなプロではない。追跡者の方が一枚上手だったのかもしれない。

 多田はこれ以上考えても分からなそうだと思い、話題を替えた。

「靴も砂だらけになったし服も汚れたし、これはクリーニング出さないといけないかな」

「僕は毎日クリーニング出しているので、まあ言ってみればいつも通りです」

「え、毎日出してるんですか?」

「はい、営業ですから」

 当然のように言う沢口に多田は若干の困惑を覚えた。毎日は流石に金掛け過ぎじゃないか? とはいえ営業だから常にスーツをビシッときめた方が良いのか? ヨレヨレなスーツの営業だと軽く見られるだろうしな……そういえば、母がそんな系統だったな。

 新しい方の母はヨレヨレなスーツだと軽く見られるでしょって言って毎日父のスーツをクリーニングに出していた。そしてそのローテーションに耐えられるようスーツの買い増しまでした。そういうところをとことん拘る母だった。俺の妻はあまり前に出ないタイプで、相性が悪かった。

『ねえ、もう少し間に入って欲しかったんだけど』

 妻の陽奈ひながそんなことを言ったのは結婚して最初の帰省後の、帰りの車中だったか……母と陽奈はあっという間に互いを嫌いになった。俺も父と同じでクッション材にはなれなかった。血は争えないな……自分はなろうと思っていたはずなんだけど。

「いやー流石ですね、凄腕の営業だけはあるわー」

 とりあえず褒めておく。心でどう思っていようととりあえず褒めておけ、が多田の処世術である。

「いやいや普通ですよ、皆やってますから」

「いやいや沢口さんどうりでいつもビシッときまってると思いましたよ」

「いやいやそんなこと無いですって」

「いやいやそんなことありますって」

『ハハハハハ』

 多田も沢口も作り笑いで笑い合う。

 この『いやいや○○』は確認作業だ、お互いに出る杭じゃないですよねという確認。褒められたら決してはいそうですなどと言ってはいけない。これが日本のオトナの世界だ。

 馬車の中継所に到着。馬蹄型の広い敷地に多くの馬車が行き来していた。いったん馬車を降り、木造平屋の建物に入って行く。その中は広々とした空間で、無数のベンチと受付がずっと向こうまで続いていた。どこに行けば良いのか分からず、迷うことうけあいの光景だ。

「プレアウズさん、タボ村行きの馬車はどの受付に行けば良いですか?」

 沢口が尋ねるとプレアウズは任せて下さいと自信満々だった。プレアウズはどんどん歩いていく。所々に看板が下げられていることに多田は気付いた。多田が看板にスマートフォンを向けるとスマートフォン内蔵カメラが看板に書かれている文字を読み取り、翻訳アプリ上に日本語訳が表示された。どの看板もどこどこ方面というざっくりとした書き方でタボ村という表記は出てこない。

 しばらく歩いていくとプレアウズはうーんと首を傾げて立ち止まり、近くの受付にタボ村はどう行けば良いかを訊いた。そうしたら受付のおばさんがあっちの方の何番受付だよ、と指差した。おばさんが指差した方向は、なんとこれまで多田達が歩いてきた方向だった。多田達はこれまで歩いてきた道を逆戻りする羽目になってしまった。

「あのーこの人大丈夫ですか?」

 多田は沢口に耳打ちした。すると沢口はスマートフォンを弄って翻訳アプリを一時停止状態にした。それを見て多田も自分のスマートフォンの翻訳アプリを一時停止状態にする。沢口は小声で話し始めた。

「だいぶ怪しいです。まあ割といいかげんな人も多いですから何とも言えませんが……どうもこの人危なそうなサインが幾つも出てるんですよね」

「ああ、サイン……つーかフラグですか?」

「あー、フラグ良いですね。ヤバフラグ」

「フフ、ヤバフラグ……」

「ええ、もう3つ4つくらいヤバフラグ立ってます」

 そう言って沢口は自分の頭にフラグが幾つも刺さっているかのような仕草をした。多田と沢口は含み笑いを漏らし、頷き合う。そして翻訳アプリの一時停止を解除した。

 ようやくタボ村へ行ける受付を探し当て、受付のおばちゃんに馬車の申請をする。手数料を払い、番号札を貰ってベンチに座る。実に多くの人が馬車を待つ時間を過ごしている。談笑したり妙な踊りを披露する人がいたり、パンを齧っている家族連れ等も見られる。そして自分の番号が呼ばれた人達から馬蹄型の広場へ出ていく。

「まさに交通の要衝といった感じですね」

 沢口がそう言ったが多田は意味が分からなかったので曖昧に返す。

「え? ああ、そうですね~」

「あの二人が追ってきていなければ良いのですが。あそうだ、プレアウズさん、現地に着いたら村長に会わせていただけるという話でしたが、大丈夫ですか?」

「もちろんです! 私と村長は古くからの友人です。村長は快くあなた達を迎えてくれるでしょう」

 プレアウズは得意な顔をして答えるが沢口は若干の不安を表情に表している。

「役所の人に村長にパイプのある人と言って紹介いただいたのがプレアウズさんなので大丈夫とは思いますけど……プレアウズさんって我々異世界旅行社の案内人を務めるのはこれが初めてですか?」

「初めてです。とてもワクワクする思いです。私の友人が案内人の仕事はとても楽しいと教えてくれました。先程は早速素晴らしい体験ができました。私は走るのが苦手ですがあの逃亡劇は非常に興奮しました。既に楽しい一日が始まっていることを実感しました」

「いや、ああいう逃亡劇は起こらない方が良いんですよね……この後はタボ村へ行って村長にお会いして、お話を聞く。それから例の湖を見せていただく。これらの行程が円滑に進むことを願っています」

 沢口は丁寧な口調で、かつ真摯に伝えた。沢口は押さえるべき点を明確にするところが真面目だ。

「きっと私達は行くべき所へ招かれています。恐らくあの逃亡劇も招かれたのです……そう、神から。寄り道は全て招かれたのだ、と考えるのが私達の神の教えです」

「それはとても前向きな……神様ですね……えーまあ、あのーそうですね……」

 苦笑いの沢口がどうしようかという顔になっている。多田はそんな彼を見て思い出したことがある。沢口は異世界へ行く上での注意事項として最初に幾つか教えてくれたが、その中の一つに『地域信仰の取り扱いには特に注意して下さい』があった。地域信仰を否定すると交渉が決裂する可能性が非常に高くなってしまうので注意しましょうというものだ。これを受けて多田はどんな神でもオールオッケーと考えるようになった。こちらは金がかかっているのだ、売り上げに貢献してくれるならどんな神でも良い。お客様は神様です的な。多田は助け舟を出すことにした。

「それは深い教えですねー勉強になります。あそうそう、私、期待していることがあるんですよ! 例の湖って、恋愛に関する逸話があったりしませんか?」

 これは多田が最も期待しているものだ。ツアーとして企画するのであれば魅力的な文句が必要だ。今回の企画は一年に一回という条件が既に付いている。そこに恋愛関連の逸話が加われば最強だ。カップル向けとして販売すれば応募が殺到するだろう。

 プレアウズはもちろん、と頷いた。

「あります、あります。恋人たちがこぞって見に行きたくなるようなお話です」

「あ本当ですか、へぇ~……じゃあそれを村長さんが我々に話してくれる、と?」

「そうです。村長が詳しく話してくれるでしょう。村長は村のことなら何でも知っています。村のことを皆に知ってもらう良い機会だと考えて大きな協力を提供してくれると信じています」

「いや~これは良いことを聞けましたねぇ沢口さん?」

 多田は沢口に得意気な顔を向ける。これには沢口も上機嫌になる。

「期待できそうですね。だからこそ狙われるのかもしれませんが」

「それ言えてますね。ま、あの二人に情報は渡しませんけど!」

 そうして多田が含み笑いをしていると、背後から知っている顔がにゅっと出てきた。

「良いことを聞かせてもらいました」

 たれ目で丸眼鏡の顔、ハオラン・ウーだ。多田は突然のことに跳び上がってしまう。

「うわああああぁーおぅ‼ ってあんたか! 驚かさないで下さいよ! 心臓に悪いなもう! そろそろ健康診断気にする年齢なんですからね!」

「また会いましたね、嬉しいです!」

 ウーの隣には目も口も大きいズーチン・リーが快活な笑顔で挨拶をしてくる。多田はウーとリーを不審者を見る目で応対した。

「あんた達一体どこから湧いてきたの?」

「酷いです私達をゴキブリみたいに言うなんて」

 ウーがわざとらしく悲しい顔をするのが多田を苛立たせる。

「あのね、他人の情報を盗んで企画を立てようなんてセコいんですよ。自分達で企画できないんですか?」

「そんなことはありません、偶然あなた達と企画が重なっただけです」

「ほらきた! きたよ! 盗む気満々じゃん、あんた達泥棒じゃないか!」

「んふふどうとでも言って下さい、こうなってしまえば早い者勝ちです」

 そこで多田はハッととんでもない事実を思い出した。

「あそうだ、早い者勝ちだった‼」

 そして、言ってしまってから迂闊に情報を口走ってしまったことに気付く。沢口が額に指をやってあちゃーという表情になり、ウーがニタァッと笑みを深めた。

「なるほどなるほど、そういうことでしたか。では正々堂々、早い者勝ちといきましょうか?」

「いやどう見てもあんた達に権利なんか無いでしょ、これはウチらの企画! あんた達は泥棒!」

「全てはお金のためです~」

 殊更いやらしくウーが言う顔が憎たらしくて多田は血管がはち切れそうな思いだ。恐らくこの男は人を怒らせる天才である。ここまで来てこんな泥棒に横取りされてはたまらない。多田がまだ何か言ってやろうとした時に沢口が止めに入った。

「呼ばれました‼」

「えっ?」

 多田は一瞬何を言われたか分からず訊き返す。

「馬車ですよ! 馬車が来たので受付に呼ばれたんです!」

「…………あ、ああ馬車! 馬車ね。はい、はい、行きましょう!」

 沢口と多田は慌ただしくその場を離れ、プレアウズもそれについていく。ウーとリーがその後を追いかけた。

「私達も連れていって下さい!」

 多田達はウーリーコンビにシッシッと手で追い払う仕草をしながら受付横にあるゲートを通る。ウーリーコンビはお金を払っていないので当然ながらゲート前で警備員に取り押さえられた。多田はそんな彼らを振り返り、勝ち誇った顔をした。

「いやー惜しかったねお二人さん! せっかくだからこの辺りを市内観光したらどうですか?」

 ゲートが閉まるとウーがゲートに掴まりながら訴える。

「行先! 行先どこですか⁈」

 ゲートが格子状なのでウーの姿はまるで檻の中で出してくれえ~と叫ぶ囚人か動物園のゴリラのようである。多田はそれを見て大変満足した。腹の底から笑いが込み上げてくる。これが勝利というものか。

「サルスベリ村ですよ」

「嘘だ、絶対嘘だ!」

「ハハハ、ではバイバイ、シェイシェイ!」

「連れていって下さい!」

 リーが媚びるような顔でお願いしてくるがそれにも多田はごめんね~と言ってその場を離れた。多田は馬車に乗り込むと沢口に得意気に言った。

「今度こそ邪魔者とおさらばです。さ、行きましょう」

「サルスベリ村へ?」

 沢口が半笑いで問うてくると多田も皮肉な笑みになった。

「もちろん!」

 馬車が動き出す。馬蹄型のエリアを抜けて衛星都市メルデアの外へ。


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