第14話 中国の観光業者
公園のベンチでサンドイッチを食べ始める。多田はやっぱり普通のサンドイッチだよなあと思った。まあ素材が良いから美味しいっていうのは分かるけど。
多田は微妙な表情で咀嚼する。これが名物ねえ……確かに何が名物かはその土地その土地によって異なるからこれが名物だというのが悪いわけじゃないけど、でもねぇ……
プレアウズは美味しい美味しいと言って大喜びで食べている。
「うーんこれは朝でも昼でも最適な食べ物です、もちろん夜食べても私達のお腹が喜ぶでしょう。私はこの食べ物をスランジャルバの国旗に載せても良いと思います。何度でも食べたくなる日常生活の友と呼べるでしょう」
そんなにかぁ? と多田は思ったがプレアウズは何でも陽気に話すため何でも大袈裟に言うのかもしれないとも思った。
一方で沢口は訝り顔になっている。さっさと食べ終えて先を急ぎたそうだ。多田も寄り道をするより早いところ目的の湖を見てみたいので素早く食べ終えることにする。プレアウズはそんな二人の様子を気にする事も無く陽気に世間話を続けた。
「この素晴らしい食べ物を頬張りながら朝の公園でゆっくりするのが良いですね。皆さんの世界は平和なんですか? 魔王を倒しました?」
「平和と言えば平和ですね。魔王はいないんですけど。ただまあ、戦争している所もあります」
多田がモグモグしながら応じる。
「魔王がいないのですか?」
「はい、私達の世界にはいないですね。まあ悪い奴はいますけど、魔王っていうようなのはいないんです」
「魔王がいない……それは面白いですね。魔王がいないなら最初からずっと平和ですね」
「えーとまあ、あのー……ええ、そんな感じです」
人間同士の醜い争いがあるけど、と思いつつそんなことを言ってもしょうがないと思い、言葉を濁した。魔王という共通の敵がいた場合は違ったのだろうか。
それからしばらく多田達の世界の話をしていると、突然誰かから声を掛けられた。
「こんにちは」
その声は機械音声で、しかも日本語だった。機械音声の直前にニーハオと聴こえたので、中国語を翻訳アプリに通して日本語が発声されたと思われる。しかし不思議なことに、多田が周囲を見回しても誰も見当たらなかった。多田は沢口と視線を合わせるが、沢口も何が起こっているのか分からない様子。
不穏な空気が漂う。
異世界では思いもよらない事件に巻き込まれてしまう可能性がある。モンスターに襲われてしまったり、地球では見たこともないような天変地異に見舞われたり。現地民から襲撃を受けたりする場合もある。観光業者が行くのは一定の安全が確保された異世界のみだが、それでも危険がある場合は随行員に囲まれて現地活動を行う。随行員とは戦闘員で、元軍人等である。この異世界アメイズは最も安全な異世界なので随行員を雇わない事が多い。しかし、だからといって危険が全く無いわけでもない。現地人から誘拐される可能性だってある。そういうところは日本に暮らしていても予期せぬ事件に巻き込まれる可能性が零でないのと一緒だ。
多田はいつでも逃げられるように身構える。沢口がさりげなく多田の背後に移動して多田を盾にしようとする。多田がそれを更に沢口の背後へ回ろうとする。
「いやいやどうぞどうぞ」「いやぁ多田さんこそどうぞ」
醜い背後の取り合い。これがオトナの世界の『友達』だ。友達はまた作れば良いが自分が死んだら作り直すことはできないのでごめんね、が緊急時の友情というものである。
「いやいや私には家で待っている娘が」「いや僕の家はそろそろ三人目が」
「いや沢口さんもう充分稼いだでしょ奥さんだけで育てていけますよ!」「いやぁ多田さんこそ死亡保険降りれば奥さん喜びますよ!」
次第に掴み合いになってくる。
「俺のために死んでくれ!」「僕のために死んでくれ!」
友情とはいと儚きものなり。
「ワアッ‼」
突然目の前で人が現れ大声を発した。多田は思わず仰け反って大声を上げる。
「ゥワアアットゥオオゥ‼ あーもうなん、なんなんなん?」
心臓に悪い思いをしたが、目の前に出てきたのが人間であることを確認すると若干気持ちがマシになる。状況を確認すると、目の前に出てきたのは人間が三人。その内二人はビジネスマンの姿、残りの一人は貫頭衣を纏っている。この三人の組み合わせは多田達と同じくビジネスマンと案内人といった感じだ。
ビジネスマンの一人、たれ目で丸眼鏡の小太り男性が陽気に話しかけてくる。
「こんにちは! 驚かせてすいません。私達は偶然ここを通りました。あなた達がいて声を掛けました」
多田はスマートフォンを見てみると、翻訳アプリの画面には『翻訳できない言語です』と出ている。アメイズ用の設定だと中国語を認識できないようだ。話しかけてきた側の翻訳アプリが中国語を日本語に翻訳して音声を発してくれているので会話に支障は無いが。
「いきなりで驚きましたよ。あなた方は中国の観光業者?」
「その通りです! 私達は良き同業者であり良き友人であると理解しています。この仕事はとても楽しいです、大きな夢があり、そして……大きなお金になります。ハオラン・ウーですよろしくお願いします」
どうも陽気だがねちっこい喋り方をしているので機械音声じゃなければこんな感じになるだろう。
『この仕事は楽しいですなぁ、ごっつ夢がありよるし、何より……コレ、ゼニが稼げますなぁへへへ。ハオラン・ウーいいますよろしくぅ』
ウシシと笑って握手を求めてくる丸眼鏡の小太り男性・ウー。多田は微妙な笑顔で握手に応じる。次いで中国人のもう一人のビジネスマン、面長で目と口が大きい女性も握手を求めてきた。
「仕事の合間に日本を旅行しています、とても楽しい所です! ズーチン・リーですよろしくお願いします!」
この女性は溌剌とした喋り方をするが脳内変換が必要なほど濃い喋り方はしていないように見えた。
「あのーどうも、多田ですよろしくお願いします」
多田との握手が終わると中国人ビジネスマン二人は沢口とも握手を交わした。中国側の案内人はプレアウズとハグを交わした。
沢口が軽い営業トークを始める。
「今日はスランジャルバで活動ですか? 中国ですと人口が多いのでこの業界はかなり潤ってたりするんじゃないですか~?」
するとウーが嬉しそうにウシシと笑った。
「この仕事は私達に大きな富をもたらしてくれています。ツアーの数が足りていないのでもっともっと増やしたいです」
「それは羨ましいかぎりです。ウチの国でも各ツアーまだまだそれなりに抽選がされていますからそちらの国では応募が殺到して凄い倍率になっているでしょう、強気な価格設定ができますよね」
「私達は可能な限り安い価格でツアーを提供しています。できるだけ多くの人がツアーに参加できるようにするためです。お客様に喜んでもらうのが一番です」
「へーそれはまた素晴らしい心意気ですね。ウチも見習わせていただきます。あまり欲ばかりかいてしまうのも良くないですもんね。我々の利益も大事ですがお客様目線も大事ですのでそこはバランスを取っていかないといけませんね」
「スランジャルバは色々な所に行きましたがとても良い国です。私は食べるのが好きで、訪問先で小さな店を見付けたら入ります。この辺りではすぐそこのサンドイッチの店がオススメです」
「あーそうなんですか! いやー僕達も今そこのサンドイッチ屋の物を買ってきてここで食べてたところだったんですよね。そちらは今日はルート営業のようなものですか?」
「はい、ルート営業のようなものです。あなた達もルート営業のようなものですか?」
このルート営業『のようなもの』という言い回しはこの業界の儀礼的な挨拶文だ。のようなもの、と言う事で深く探りを入れないでお互い頑張りましょうという意味になるのである。ルート営業かもしれないし、誰も知らない所を開拓するのかもしれない……曖昧さを好む日本人が言い出したものだ。というかMTCJの社長が言い出したものだそうだ。
こうした儀礼的な挨拶がし合える事に沢口はホッとしたようで、明るい笑顔になった。
「ええ、僕らもルート営業のようなものです。ではお互い頑張りましょう!」
今日は山野達のような事があったので同業者が現れただけでも警戒心が強まっていたのだ。それがこうして軽い儀礼的な挨拶ができる相手と出会えたのだからホッとするのも当然である。同業者というのは必ず敵、というわけではない。同じ空間で同じ業界で頑張っている人がいるのは勇気づけられる面だってある。何ならルート営業のメジャーな観光地についてだったら普通に情報交換したって良いし一緒に行動したって良いくらいだ。触れてはいけないのは秘密に進めたい企画の時であり、そこさえ弁えていれば良きライバルだけでなく良き友でもあるのである。
沢口はこれで軽い挨拶も済んだのでこれで失礼します、という空気を作った。多田はその空気を感じ取って沢口と一緒に歩き出した。
すると、ウーやリー達もその後ろを付いてきた。
どういう事? と多田は振り返る。同じように沢口も振り返る。
通常、これで失礼しますという空気になった場合、先に出ていく多田達をウーとリーは見送るものだ。そして多田達が見えなくなってからウーとリーも出ていく流れになるはずである。互いに適度に距離を保ちましょうという事だ。
もしかしたらウー達が外国人なのでその辺りの感覚が無いのかもしれない。
「あ、ウーさん先に出ますか? それならお先どうぞ」
爽やかな笑顔で沢口が言う。ここまで言えば一緒に行動したくないのが伝わるはずだ。
ウーは含みを持たせた口調で返事をしてきた。
「いいえ、先に行かせてもらうなんてとんでもない事です。なぜならばあなた達と行く場所が一緒だからです」
行く場所が一緒というフレーズが波紋を起こす。
辺りの空間に緊張が走る。沢口は笑顔を凍り付かせ、多田は口を引き結ぶ。
横取り業者。その可能性を考えずにはいられない。多田はその可能性を確かめずにはいられなくなった。ウーに対して引っ掛け問題を仕掛ける事にする。
「へえーそれは奇遇ですねえ。で、それはどこです?」
「いや、あの……何と呼ばれていたか、少し覚え辛い名前でした。何という名前でしたでしょうか?」
「…………サルスベリ村ですよ」
「そう、それです、サルスベリ村でした! おお、忘れっぽくていけませんね。非常に楽しみです」
バッチリ引っ掛かった。これで確定だ、と多田は内心で眉をひそめた。これはまた、危ないのが現れたもんだな……最初は儀礼的な挨拶ができるからまともな相手だと思ったのに……
多田は沢口と視線を合わせる。沢口も同じ思いのようで軽く頷いた。多田も頷き返し、どう対処したら良いのか考えながらウーと会話を続ける。
「そうですねぇ……しかし、あなた方は突然現れましたが、何か魔法で隠れていたのですか?」
「いいえ、これです。これは『霞の外套』と言って羽織ると周囲から見えなくなるアイテムなのです。驚かすのに便利でしょう?」
「へぇ~それはそれは……ちょっと良いですか? 使ってみたい」
少しでも時間を稼ぐために多田はウーから霞の外套を借りてみた。時間を稼いでいる間にどう切り抜けるか考える。受け取った霞の外套を広げたり裏表を返したりして弄ぶ。そして直感的にこう思った……これは良いかもしれない。良いアイデアが閃いた。案外ちょっと時間稼ぎしただけでもアイデアが浮かんでくるもんだね。
「これ、みんなの分も貸してもらえますか?」
多田は霞の外套を胸の高さで掲げ、ウー達に頼んでみた。
「みんなの分ですか?」
ウーは若干考えるような仕草をする。
「私達も驚かすのをやってみたいです。こうしましょう。ウーさんリーさんは目を瞑って10秒待って、それから私達を捜して下さい。30秒で捜せなかった場合は私達が驚かします」
まだウーは渋っている表情。何かあるのでは、と気になっているのだろう。多田は気取られないように努めて朗らかな表情で、遊びを提案している風を装っている。そうしたらウーの隣にいたリーが乗り気になった。
「面白そうです、やりましょう!」
どうやら彼女はノリが良いようだ。ウーはまだ何か言いたそうだったが渋々了承した。
霞の外套を沢口はリーから受け取り、プレアウズは中国側の案内人から受け取った。そこで多田はウーやリーの気が変わらない内にゲームスタートの宣言をする。
「はい、では目を瞑って10秒ですよ? あー後ろを向いて目を瞑ってもらった方が良いです。はい。私達は隠れますからね~ではよーい、スタート!」
ウーとリーが後ろを向いて少し顔を下に向けた。目を閉じたと思われる。多田は沢口と頷き合い、プレアウズにはジェスチャーで霞の外套を被らせ、三人で手を繋ぐ。多田の視界からプレアウズの姿が消えた。沢口も霞の外套を被り、最後に多田も霞の外套を被った。
「1、2、3」
ウーが数え始める。多田はそろりそろりとその場を離れていく。沢口とプレアウズも姿は見えないが忍び足でついてきているはずだ。
「4、5、6、7……」
秒読みも中盤以降に差し掛かるとだんだん遠くなったことで聴きとりにくくなっていく。多田はだんだん速度を上げ、後ろの二人も速足になった。そしてもっと速度を上げ、公園の出口に向かって走った。流石に三人が走るとその音はウーとリーの耳に届いたようだった。
ウーとリーは事態に気付くと「やられた‼」と叫んだが時すでに遅し。多田達は互いに声を掛け合いながら町中へ逃げていった。
多田達は幾つもの道を曲がっては進んでを繰り返し、荒い息になりながら路地裏で霞の外套を脱いだ。通行人には頻繁にぶつかるし、互いの姿も見えないので思った以上に不便だ。ぜえぜえ言いながら多田が喋る。
「社会人がいかに運動不足か分かりましたわー吐きそう」
「我々営業は意外と体力勝負なので実は慣れてます。走って逃げなきゃいけない場面もけっこうあったので」
沢口は息が上がっているものの平気なようだ。プレアウズは下を向いて息を切らせていた。
「休憩、休憩しましょう……私の自堕落な生活には運動が入り込む余地が無かったのです」
しばらく疲れを取るために休憩する。もはやここがどこだか全く分からない。多田とプレアウズはその辺に腰を下ろし、沢口は壁に寄り掛かってスマートフォンを弄っていた。




