第12話 冒険者
行方不明者の捜索は一件落着である。沢口は揉み手をして杉山に近寄っていった。
「いや~杉山さんお世話になっております、大変助かりました」
「お世話になっております。沢口さんの所は最近依頼少ないですねー。折角来たアレもポシャッてしまいましたし」
杉山は口調がパッと切り替わってビジネスマンみたいになった。佐藤に対する態度とえらい違いである。
「ははは、いやーアレは本当に申し訳ございません! ウチとしてもちょっとまさかの面もございまして。僕も聞いた時には驚きました。業界内で耳にしていたものの、まさかウチにも、遂にきたかーという感じで。でもまた色んな国を開拓していく話も出ていますから、その時にはもう是非杉山さんに、バンバン依頼させていただきますよ!」
「ははは、それじゃあ私の方もその時に備えて鍛えておきます。しかしこんな奴、よく通しましたね。迷惑系の配信者でしょ?」
杉山が言っているのは、ツアーの応募の時点で何で書類選考で落とさなかったのかという疑問のようだった。確かに、旅行代理店の方で書類選考で落としてくれても良さそうなものである。抽選に外れた事にしてしまえば良いのだ。
「いやぁ決してMTCJとしてはこういう事をする危険性のある人物は通さないよう各代理店さんにはお願いしていますよ? なのでこういうのはあまり考えにくい……というか、あそうだ、あれです、このツアー参加者は笑笑旅行さんが自社で募集しているやつじゃなかったかな……笑笑さん、そういう所緩いのかな……」
「ふーん……結局会社の参入が増えるとそれはそれで業界の治安も悪くなるんですかね」
「あーまあ、そういうのもねぇ……あそうだ、今日杉山さんにお会いしてお話したかった事がありまして……」
「あーアレの件ですか?」
「ええ、そのーまあ、いきなり無しになってしまいましたので、この度は大変申し訳ございませんでした。それでですね、代わりと言ってはなんですが、別の案件の方でちょっと補填の方をさせていただければというところでございまして、はい……」
沢口は腰を低くしてご機嫌取りのポーズをして、書類を取り出す。杉山は書類を受け取ると中身に目を通していった。
「あれはまあ、事情が事情なのでそこまで律儀にしなくても良いですけどね。野森さんも災難でしたね」
「いえいえ、杉山さんにはいつもお世話になっていますから、しかも抜群の能力をお持ちですから、ウチに愛想をつかされてしまわないようガッチリと繋ぎとめておきたいと、そういう事なんでございますよ」
「まあ、気を遣ってくれるのはありがたいですけどね。あーあと、最近入ってきた……」
杉山が話している途中で多田が声を上げた。
「山野さん達じゃない? あれ」
どうやら騒ぎを聞きつけて山野達がやってきたようだった。それを見るや沢口は早口で言った。
「面倒臭そうですね、逃げましょう。もう解決しましたし、では杉山さん、もう少しゆっくりとお話ししたかったのですがちょっと彼らにあまり話を聞かれたくなくてですね……」
すると杉山は何となく察したのか笑顔になった。
「あーいいですよ、それじゃあ私の方で彼らを足止めします。また今度話しましょう」
「ありがとうございます! 是非今後ともよろしくお願いいたします。ではトレボールさんもまた今度伺いますので、よろしくお願いしますー、では!」
そう言って沢口は多田とエウリナを促した。多田もエウリナも軽く挨拶し、沢口を先頭にその場を離れた。杉山とトレボールは軽く手を振っていた。
多田達はまず現在地の確認から入った。周囲は石畳に石造りの建物が並んでおり、王都は大体こんな感じだ。少し歩くとエウリナが周囲の建物から現在地が分かったようだった。
「ここは雫の商店街の近くですね。ここを右に少し行った所に商店街がありますので、行きましょう」
「え、すぐ馬車捕まえて転送所に行っちゃった方が良いんじゃないですか?」
疑問を多田は示したが、エウリナは譲らない。
「うふふ、良い場所があります」
どうも強引だが、何かあるのかもしれない。多田は沢口に視線を送ってみたが、沢口はまあいいでしょうという反応だったので良しとした。
「では行きましょうか」
そうして右に曲がり、少し歩くと商店街に入った。雫の模様が入った焼き菓子が最初に視界に飛び込んでくる。ほのかに甘い匂いも漂ってくるのが良い。それから羊羹みたいなものも並んでいる。食べ物の店が多いようだ。進んでいくと、買い物客はまばらで、暇そうな店主がエウリナを見付けて手を振ってくる事もあった。
焼き鳥のような旨そうな匂いがしてくると、エウリナが唐突な提案をした。
「串鳥を食べませんか?」
串鳥とは日本で言うところの焼き鳥だ。多田はそこで、この商店街に来た理由が分かった。ああそういう事か。じゃあこれは、乗っておこう。
多田も沢口も頷くとエウリナが悪戯をするような笑顔になった。
「決まりですね! ではいつものお店に行きましょう!」
彼女がいつもの店と言うのは、彼女の叔父が営む店を指している。彼女が家族・親族へ利益誘導するのはいつものことで、道を歩けばこうして親族の店に案内されるし、ツアーの途中にも家族が経営する店に立ち寄るように組み込んで欲しいと頻繁に頼まれる。家族思いと言うこともできるが果たして……
多田も父親の仕事をアメイズに売り込もうかと迷ったこともある。父はあまり仕事のことを話さない人だったが、一度だけ自ら話してくれたことがあり、それが印象に残っている。あれは最初の母が出ていって、まだ再婚相手が来るまでの間の時期だった。ある日、父は俺にミニカー二つを持って、それを衝突させて見せた。音を立ててミニカーがふっ飛ぶのを見届けると父はこう言った。
『何も無いと衝突した時これだけの衝撃になる』
それから父は黒いスポンジみたいな欠片を一方のミニカーに添えて、もう一方のミニカーを衝突させた。今度はスポンジみたいな欠片が二つのミニカーの間でクッションになり、ふっ飛ばなかった。
『これはウレタンフォームと言って、これはクッション材として素晴らしいんだ』
父の部屋にはスポンジみたいなものが幾つもあったが、それは勤め先の試作品だったのかもしれない。
『俺もこのようになりたかったが、なれなかった』
寂しそうに父がそう言ったのを覚えている。祖母と母の間に入ってクッション材になりたかったのだ、父は。しかしなれなかった。当時の俺は父に何も言ってやれなかった。
ウレタンフォームはクッション材として素晴らしい、という思いは常に頭の片隅に残っていて、何かに使えないかとアメイズに売り込もうという気に一度はなった。しかし素材として優れていてもアメイズの環境的に原材料の面で難しそうだ、と思い直して、やっぱり止めた。
多田も沢口もエウリナの先導で焼き鳥屋に到着、中へと入っていく。短髪でごつい男性が仕込みらしき作業をしながら迎えてくれた。
「やあエウリナお嬢様、客を連れてきてくれたのですね。いらっしゃいませ」
アプリで翻訳すると丁寧な言葉遣いだが、この男性の喋りは威勢が良いため恐らく本当はこんな感じになる。
『ようエウリナ嬢、客ぅ連れてきてくれたのかい。いらっしゃい』
するとエウリナは手で何かの合図を送りながら応じる。
「奥の座敷を使いたいです、いいですか?」
「いいですよ」
片目でウインクしてごつい男性は通してくれた。
奥の座敷は個室になっており、エウリナ達は部屋に入ると扉を閉めた。そしてメニューを見ることも無く別の扉を開ける。出た所は従業員が使う通用口のすぐ近く。
「山野さん達、尾行してきてたりしないですよね?」
多田がそう言うと沢口が周囲に視線を巡らせながら応じる。
「杉山さんが足止めしてくれているはずなので……でも、ま、念には念を……ってね?」
三人は足を速めて通用口に向かい、店の裏手に出た。
「走りましょう」
沢口が言うと多田もエウリナも頷き、路地を走った。少し走って十字路を曲がり、向かいから来た馬車を捕まえて急ぎ足で乗り込む。馬車が走り出すと三人とも頭を低くした。人が乗るスペースは板と布でできた個室になっていて、乗り込み口が扉になっている。扉には小窓が付いているが、頭を低くしていれば外からは覗き込まない限り見えないだろう。
馬の足音だけが室内を支配する。
しばらくして、三人とも悪戯が成功したように笑顔になった。
「いやーここまでやれば仮に尾行してきていたとしても大丈夫でしょうね」
多田が半分笑いながらそう言うと沢口も同じ調子で返した。
「何せ先着占有ですからね、どこまでやってもやり過ぎということはありません」
「山野さん達が例の横取り業者ですかね?」
「かもしれないですね。エウリナさんが言っていた日本人っぽいけど違う言葉を話していたっていうのは山野さんの関西のイントネーションだったのかもしれません。もしくはチャムラーンさんの若干不慣れな日本語の発音。まあ、完全に日本語と違う言葉っていう程でも無かったかもしれませんが、ここの世界の人達からすると別物に聴こえていたかもしれないですからね」
そんな事エウリナさん言ってたっけ? と多田は思いつつそんな素振りを見せない事にした。
「あーそうですよね、ここの世界の人達からするとね」
「フレンドリーではあるんだけど、あんなに強引なんだもんなあ……急成長の裏にそういうのがあったのかーと思うと何だかモヤッとしますね」
「弱肉強食なカオスの時代に入っていくんですかねー。まあでも、我々は何とか横取りされずに済んだじゃないですか」
そこへエウリナが目をキラキラさせて入ってくる。
「私はお役に立てました?」
褒めて褒めて、というあざとい姿勢。多田も沢口も良い気分で返す。
「立ちました立ちました」「ええ、とっても」
多田達を尾行している者がいたとしてもこれで煙に巻くことができただろう。エウリナが親族の店に誘導するのも負の面ばかりではなく、こうして融通を利かせてくれる側面もある。
そういえば、と多田は思い付いたアイデアを口にした。
「そうそう、これは思ったんですけど、『串鳥』を『焼き鳥』に訳すようにしてくれと開発部に言っておきましょうか? ギリ分かるんですけど違和感ありますもんねこれ」
「多田さん、それ前回も同じことを言ってましたよ」
沢口が笑いを堪えながらツッコミを入れると多田は苦笑いした。
「え、そうでしたっけ? じゃあ今回は真面目に言っておきますよ」
「確かそこまでがセットで前回と同じだと思います」
多田は残念ながらあまり記憶力が良い方ではなかった。指摘されても前回何を言っていたか全く覚えていない。その場その場で思い付いたことを言っているだけなので何を言ったかすぐに忘れてしまうのだ。
「まああれですよ、アプリの翻訳って慣用表現ができてないじゃないですか、そこら辺何とかしてほしいですよね」
「確か近日中に開発部の方が来ると聞きました。慣用表現を翻訳できるようにしたいという用件だったはずです」
エウリナがそう言ったので沢口が驚いた。
「へえーそうなんですか? 開発部も遂に本腰を入れ始めたんですね」
「開発部の人は通訳ができるレベルの人も多いです。何だか不思議ですね、彼らは翻訳アプリを作るために頑張って語学を習得するじゃないですか? でも頑張って語学を習得すると彼ら自身は翻訳アプリが無くても私達と話せるようになるのです」
「ああ~それはそうですね。何だか哲学的ですね……彼らは何のためにアプリを作っているのか? ひたすら他人のために作っているのか? 誰か偉い人がそんな感じのことを言ってそうです」
「水戸黄門?」
多田が茶々を入れたので沢口が失笑する。
「水戸黄門はもういいですよ。何かしら名言があっても不思議ではないですけど。とゆうか……水戸黄門好きですねえ」
「いや、ただ単に思い付いただけです。僕の人生思い付きだらけです、行き当たりばったりの」
「企画は思い付きが大事ですから良いと思いますよ」
「うわ沢口さん優しい~30代のおっさんになると涙脆くなってきたんで泣きそうですわ。泣いて良いですか?」
「はい。エウリナさんにおじさんの泣き顔を見せてあげて下さい、存分に」
「勘弁して下さい」
エウリナが眉を歪めて嫌な顔をしたので多田は残念そうにした。
「おじさんは泣くことも許されない、世知辛い世の中ですねー。話変わりますけどここの世界ってもう魔王も倒されてて安全って言ってますけど、完全に安心できるんですかね?」
「そうですね、あと500年は大丈夫だろうと言われています。魔王は1000年で復活するので」
「間違って早く復活しちゃうとか無いんですか?」
「無いですよ。王家に伝わる古文書では前の魔王もその前の魔王も1000年周期であったと記されています」
「ふーん……そうなのかあ…………でも、王家の古文書なんて簡単に見れるんですか? エウリナさんはちゃんと自分の目で見ました?」
「……ぁ……、見ました」
「………………見てないでしょ?」
「見ました」
「だって間があったじゃないですか」
「見ましたぁー!」
「何でそんなところで意地張るの? 王家の秘伝のタレじゃないけど秘伝の何とかなんて簡単に見られるわけないですよ。何か悪い奴らが復活の儀式やって魔王が蘇るとか、あるんじゃないですか?」
「そういう問題は無いです。でも強いて言えば……」
「え、強いて言えば何かあるんですか?」
「未開の大陸が海の向こうにあります。そこがもし敵対的な国が築かれていれば、ある日こちらの大陸に侵攻してくるようなことはあるかもしれません」
「へ~未開の大陸……」
多田は新たな企画に繋がらないかと思い、沢口の方に視線を送る。沢口の反応はそんなに良好でもなかった。
「未開の大陸は冒険者にとっては魅力的かもしれません……が、我々の業界にはなかなか繋がらないですね。安全が確保されるまで何年かかるか分からないですし」
「ん~例えば、未開の大陸が向こう側に見えるよ! 的な企画だったらどうでしょう? 実際に行かずに済むなら問題無い」
「その手がありましたかー。そうですね、未開の大陸に上陸しなければ良いです。エウリナさん、こっちの大陸から未開の大陸って見えます?」
「見えません。船で近付かないといけないです」
「船かあ。高くなりそうですね」
「お金払っても船を出してくれる人がいません。あの海域は巨大な海の生物が出て、船が食われてしまいますので」
「……駄目ですね、危険度MAXです」
沢口がお手上げのポーズをした。
「冒険者なら泣いて喜ぶ条件なのにねえ……」
多田も沢口を真似してお手上げのポーズをとり、未開の大陸に見切りをつけた。我々は異世界旅行社であって冒険者ギルドではない。飯のタネは観光客なので観光客の安全が確保できて初めてビジネスが成り立つ。これはビジネスにならないと判明したらそこでネタとしてはお蔵入りだった。そしてお蔵入りか企画としてモノになるかを判断するために我々は他愛もない話を重ねる。他愛もない会話も全てビジネストークだ。だって我々はビジネスマンなのだから。
そんな話をしている内に馬車が何かの施設に入ったようだった。全体的に白い石造りの遺跡みたいな感じだ。これは転送所と呼ばれる施設である。広い敷地に祭殿のようなものがあり、施設の入口横に馬車が停まった。そこからは歩いて祭殿に向かう。
祭殿に入ると内部は広い一つの空間が存在し、その中央には大きな宝玉が設えられていた。エウリナが祭殿の入口で受付の人に何やら話をし、金属の紋章を提示すると通してくれた。
宝玉の手前まで行くと、別の方向から魔導士らしき老人がやってくる。転送魔導士と呼ばれ、別の場所へ瞬時に自分と周囲の者を移動させることができる高位の魔導士である。魔導士はお屋敷の執事みたいな見た目のおじいさんで、白いローブを纏い、先端がカタツムリの形をした杖を持っていた。名はムム・センダイ。多田もお世話になったことがある。
「ムムさん、今日もよろしくお願いします」
エウリナが声を掛けるとムムが多田達を一瞥する。
「この二人を送れば良いですか?」
掠れ声で途中で間延びする喋り方なので翻訳アプリを通さなければ本来こうなるだろう。
『この二人をー送れば良いのかい?』
「スランジャルバのメルデアに送って下さい」
「了解しました」
ムムが多田達に近寄ってくる。それから杖を構え、集中し始める。するとムムの周囲が光り始める。ムムは何かを発動しようとして、しかし途中で止めた。ムムはエウリナの方に顔を向ける。
「どこでしたか?」
「スランジャルバのメルデアです」
苦笑しながらエウリナがお金をムムに渡す。ムムはお金の量を一瞥すると服の中へそれをしまう。
「スランジャルバの……ハビコル?」
「メルデア」
エウリナは更にお金を渡す。
「メリンダ?」
更にお金を渡す。
「メ・ル・デ・ア」
「メ・シ・マ・ダ?」
「沢口さん、ムムさんが飯まだ? って言いましたよ」
多田が思わず沢口にそう言うと沢口が含み笑いをした。
「いやー奇跡ですね。飯まだって」
再度エウリナがお金を渡すとようやくムムが頷いた。
「はいはい、メルデアですね」
ムムはようやく作業を再開する。ムムの周囲が光り、ムムが一喝すると周囲に光が弾けた。エウリナが行ってらっしゃいと言ったところで多田達は光に包まれて消えた。
多田は身体が宙に浮く感覚に見舞われた。光に包まれ真っ白になった後は真っ暗になり、周りに誰がいるかも分からない、自分の身体も存在しているのかすら分からない不思議な感覚。そしてすぐにまた真っ白になり、光が薄れていくと周囲の景色が分かってくる。
祭殿の造りは似ているが、宝玉の台座の形が違っていたり、建物に使われている石に黒味があったりする。多田・沢口・ムムはいるがエウリナがいない。ここが元の場所とは別の場所であることは明白だった。




