格の違い
「――鵺」
その名が落ちた瞬間。
場の空気が、さらに重く沈んだ。
鵺はゆっくりと歩いてくる。
足音は静かだ。
だが、一歩近づくたびに圧迫感が増していく。
「っ……」
マーリンが思わず息を呑んだ。
肌が粟立つ。
「何……このプレッシャー……!?」
思わず声が漏れる。
ただ立っているだけ。
それだけなのに、空気が違う。蓮も眉をひそめた。
「おいおい……」
乾いた笑みが漏れる。
「冗談だろ、これ」
本能が警鐘を鳴らしていた。
"強い"
今まで戦ってきた相手とは、明らかに格が違う。
アーサーも無意識に剣を握り直す。
冷や汗が頬を伝った。
視線だけで押される。
まるで巨大な獣と向かい合っているようだった。
大タカの表情も険しい。
「……気を抜くな」
低い声だった。
「あれが、鵺だ」
鵺はそんな反応を見て、
少しだけ口角を上げた。
「へぇ」
興味深そうにアーサーを見る。
「キツツキをやったのは、お前か?」
アーサーは一歩前へ出る。
「はい」
「そうか」
鵺は倒れているキツツキへ視線を向けた。
「……随分派手にやられたな」
怒っている様子はない。
むしろ、どこか冷静だった。
それが逆に不気味だった。
蓮が静かに前へ出る。
セシルを庇う位置。
「悪いな」
目を細める。
「返してもらうぞ」
鵺の視線が蓮へ向く。
その瞬間。
ズシッ――と空気が沈んだ。
「っ……!」
蓮の背筋に冷たいものが走る。
鵺は静かに笑った。
「返す?」
小さく首を傾げる。
「誰に許可を取って、この里へ入ってるんだ?」
低い声だった。
だが、その一言だけで、場の温度が一気に下がった。
鵺はゆっくりと視線を巡らせる。
蓮。
アーサー。
マーリン。
そして――。
「……よぉ、大タカ」
鵺が口角を歪めた。
「お前、こんなところに居たのかよ」
大タカの目が鋭く細まる。
「鵺……」
鵺は肩を鳴らしながら歩みを進める。
まるで緊張感がない。
だが、その一歩ごとに圧が増していく。
「雑魚ばっか群がりやがって」
吐き捨てるように言った。
その瞬間。
マーリンの肩がびくりと震える。
空気が重い。呼吸がしづらい。
まるで巨大な何かに睨まれているようだった。
鵺はゆっくりと蓮を見る。
「なぁ……おい」
その声だけで、場が凍りつく。
「うるさい!!」
マーリンが一歩前へ飛び出した。
杖を突き出す。魔力が一気に膨れ上がった。
「緑――!!」
風が渦を巻く。
「ウインドブレイク!!」
ドォォォォンッ!!!!
圧縮された暴風が一直線に鵺へ叩き込まれる。
床が砕ける。壁が軋む。
凄まじい威力だった。
だが。
「……え?」
マーリンの目が見開かれる。
鵺は、片手で受け止めていた。
暴風がその腕へ激突し、周囲へ散っていく。
あり得ない。
あの一撃を、腕一本で。
蓮の喉が、ひくりと鳴った。
「おいおい」
鵺が呆れたように眉をひそめる。
「あんま調子乗るなよ、クソガキ」
その瞬間だった。
「アーサー!!」
エクスカリバーが叫ぶ。
「はい!!」
アーサーが地面を蹴った。ドンッ!!!!
一直線。迷いなく鵺へ斬りかかる。
「アルトリア流剣術――!!」
聖剣が唸りを上げた。
「獅子王斬!!」
凄まじい踏み込み。
一直線の斬撃が鵺へ迫る。
だが。
鵺は微動だにしない。ゆっくりと、
背中へ背負った巨大な大剣へ手をかけた。
「……は?」
蓮の表情が変わる。
次の瞬間。
ゴッ――。鈍い音。
鵺が大剣を振り上げた。ただ、それだけ。
なのに、空気が爆ぜる。
「雑魚がぁぁぁ!!」
ドォンッ!!!!
「ぬるいんだよォ!!」
ガギィィィィィンッ!!!!
剣と剣が激突した瞬間、
凄まじい衝撃波が周囲へ広がる。
石畳が弾け飛ぶ。
「っ――!!」
アーサーの身体が、
そのまま後方へ吹き飛ばされた。
ドガァァンッ!!
地面を転がり、壁へ激突する。
「アーサー!!」
マーリンが叫ぶ。
「うっ……!!」
アーサーが苦しそうに顔を上げる。
腕が痺れていた。
剣を握る手が震える。
エクスカリバーが呟く
「何なのよ……あのバケモノ……!?」
鵺は大剣を肩へ担ぎ、
つまらなさそうに鼻を鳴らした。
「その程度か?」
圧倒的だった。強すぎる。
蓮の額を冷や汗が伝う。
「マジかよ……」
思わず乾いた声が漏れる。
「こんなに力の差があるのかよ……!」
アーサーが歯を食いしばる。
震える腕で、もう一度、剣を構え直した。
「まだ……!」
アーサーが踏み込む。
「アルトリア流剣術――!!」
鵺が呆れたように眉をひそめた。
「まだ来るのかよ」
アーサーの瞳が鋭く細まる。
「牙閃!!」
連続する高速斬撃。一直線ではない。
今度は角度を変えながら、一気に鵺へ迫る。
だが。
「遅ぇ」
鵺の目が動く。
見切られた。
「っ――!?」
ドゴォォォン!!!!
「ぐふっ――!!」
鵺の蹴りが、アーサーの腹部へ直撃した。
身体がくの字に折れる。
そのまま吹き飛ばされ、地面を激しく転がった。
「アーサー!!」
蓮が叫ぶ。
アーサーは咳き込みながら、
なんとか立ち上がろうとする。
だが、明らかにダメージが深い。
鵺はつまらなさそうに鼻を鳴らした。
「脆ぇな」
蓮が舌打ちする。
「クソ……!」
その時だった。
「……俺も行こう」
大タカが静かに刀を握る。
「大タカ様……」
さらに。
「私も行きます」
セシルだった。
蓮が目を見開く。
「お前っ、無理するな!」
「無理もしますよ!!」
セシルが叫ぶ。
その声に、全員が一瞬目を見開いた。
「もう誰も失いたくないんです!!」
拳を握る。その瞳が揺れていた。
悔しさ。
恐怖。
そして――覚悟。
「セシル……」
マーリンが小さく呟く。
蓮は言葉を詰まらせた。
「でも――」
「わかった」
大タカが低く言った。
腰から短刀を抜く。
鷲の意匠が刻まれた、細身の刃だった。
大タカはそれをセシルへ差し出す。
「使え」
セシルが目を見開く。
「……これは」
「お前の得意距離だろ」
セシルは数秒だけ迷い、
やがて短刀を受け取った。
「……ありがとうございます」
セシルの空気が変わる。静かに腰を落とす。
視線だけが鋭い。
鵺が口角を歪めた。
「へぇ」
少し面白そうだった。
「やる気かよ、ハヤブサ」
セシルは答えない。
次の瞬間。
消えた。
「っ!?」
蓮が目を見開く。
速い。一瞬で鵺の側面へ回り込む。
ガギィンッ!!
短刀が鵺の大剣へぶつかった。
大タカも同時に踏み込む。
上下からの挟撃。
「チッ」
鵺が舌打ちする。
だが、止まらない。
「ぬるいんだよ!!」
ドォンッ!!!!
大剣が薙ぎ払われる。
大タカが吹き飛ぶ。
セシルは紙一重で回避した。
蓮が目を見開く。
「避けた!?」
ハヤブサの名は伊達じゃない
「相手の重心」
「筋肉の動き」
「視線」
「呼吸」
セシルにはすべてが見えていた。
相手の隙を探すセシル。
「このまま何とか‥‥」
セシルが地面を蹴る。
鵺の剣筋を、ギリギリで避け続ける。
まるで未来を読んでいるようだった。
だが。
「……っ!」
一瞬。避け切れなかった。
ドガァッ!!!!
「がはっ――!!」
鵺の拳が、セシルの脇腹へ突き刺さる。
身体が吹き飛ぶ。
「セシル!!」
マーリンが叫ぶ。
地面へ転がるセシル。立てない。
呼吸が乱れている。
鵺がゆっくり近づいた。
大剣を持ち上げる。
「もういいわ」
冷たい声だった。
「お前、死んどけ」
大剣が振り下ろされる。
マーリンが目を見開いた。
「セシル!!危ない!!」




