鍛冶師の仕事
「では、侵入経路の最終確認に入る」
大タカの声に、全員が地図へ目を向けた。
地下水路。拘束区画。見張り配置。
必要な情報はすべて頭へ叩き込む。
「……よし」
蓮が短く息を吐いた。
「やることは分かったな」
「ああ」
大タカが頷く。
マーリンも真剣な表情で頷いた。
「うん」
アーサーは剣の位置を軽く整える。
「問題ありません」
蓮は最後にトリスタンを見る。
「で、お前は正面から騒げ」
「雑にまとめるな」
トリスタンが即座に眉をひそめた。
「もっとこう、言い方あるだろ」
「派手に頼む」
「余計雑になったな?」
蓮は肩をすくめる。
「お前しかできねぇんだから仕方ねぇだろ」
「それ、褒めてないよな」
「褒めてねぇよ」
即答だった。
「清々しいな、おい」
マーリンが小さく手を振る。
「頑張って」
「応援が軽いんだよなぁ……」
アーサーは少し申し訳なさそうに頭を下げた。
「よろしくお願いします」
「お前だけなんだよ優しいの」
トリスタンがぼやきながら立ち上がる。
腰の工具袋を軽く叩いた。
「……まあいい」
小さく息を吐く。
「鍛冶師、舐めんなよ」
蓮が口角を上げた。
「期待してる」
「貸し二つな」
「また増えたな」
「危険手当だ」
軽口を最後に、トリスタンは一人、祠を後にした。
その背中を見送り、蓮の表情が引き締まる。
「行くぞ」
「ああ」
大タカが低く返す。
蓮、マーリン、アーサー、大タカ。
四人は森の奥へ向かった。
地下水路入口へ続く獣道。
湿った土の匂い。風に混じる、里の気配。
***
一方――
鷲の里、正面入口。
見張りの忍びが槍を構える。
「止まれ」
トリスタンは素直に足を止めた。
「何者だ」
「旅の鍛冶師じゃよ」
トリスタンが肩をすくめる。
見張りが眉をひそめた。
「鍛冶師?」
「ああ」
トリスタンはにっと笑う。
「この里に、大層腕のいい鍛冶師がおると聞いてな」
一拍。
「どんなものかと、見に来た次第じゃ」
見張りたちが顔を見合わせる。
「……何の用だ」
「いやなに」
トリスタンは悪びれもなく続けた。
「同業者として、純粋に興味があってのう」
少しだけ首を傾げる。
「ちょっと、お前さんの腰の刀を見せてくれんか?」
「は?」
露骨に怪訝な顔をされる。
「確認したいことがある」
「確認?」
「ああ」
トリスタンは顎へ手を当てた。
「どういう武器を扱っとるかで、その鍛冶師の腕はだいたい分かる」
見張りの警戒が、ほんの僅かに緩む。
理屈としては筋が通っていた。
「……少しだけだぞ」
渋々、刀が少し持ち上げられる。
トリスタンは目を細めた。
じっと見る。角度を変える。無言。数秒。
「ふむ」
嫌な沈黙だった。
「どうだ」
見張りが聞く。
トリスタンは微妙そうな顔をする。
「……なるほど」
「何だ」
「いや」
少し言いづらそうに口を開く。
「思ったより、普通じゃな」
空気が止まった。
「……は?」
「悪くはない」
トリスタンは軽く手を振る。
「悪くはないんじゃが」
一拍。
「ちと刃付けが甘いかの」
見張りの眉がぴくりと動いた。
「何?」
トリスタンは止まらない。
「あと焼きも浅い」
「重心もちぃとズレとるな」
別の見張りが眉をひそめる。
「見ただけで分かるのか」
「分かる」
トリスタンが当然のように答えた。
「鍛冶師じゃからの」
少しだけ得意げだった。
「この感じだと、投擲時に癖が出る」
「……」
「あと握りも少し細いな」
刀を指差す。
「手ぇ小さいのか?」
沈黙。空気が完全に凍る。
別の見張りが低く言った。
「それを打ったのは俺の父だ」
トリスタンがそちらを見る。
「ん?」
一拍。
「あ、お前さんの‥‥‥」
嫌な間。
「……なるほど」
「何だその反応は」
トリスタンは困ったように頬を掻く。
「いや、その」
少しだけ考え込む。
そして、正直に告げた。
「センスないの」
静寂。数秒後。
「捕らえろぉぉぉぉ!!」
「やっぱそうなるよなぁ!?」
トリスタンが即座に駆け出した。
「待て!!」
「待たんわ!!」
「侵入者だ!!」
「屋根へ回れ!」
「捕らえろ!!」
「逃がすな!!」
怒号が里全体へ広がっていく。
足音が重なる。騒ぎが膨らむ。
***
森の影から、蓮のその騒ぎを見ていた。
「……あいつ、すげぇな」
素直な感想だった。
ここまで綺麗に騒ぎへ発展するとは思っていなかった。
アーサーも少しだけ目を丸くしている。
「もはや才能ですね」
「褒めてんのか、それ」
「少なくとも、私には真似できません」
「俺も嫌だな」
蓮が苦笑する。
マーリンは少し不安そうに里の方を見た。
「……大丈夫かな?」
「大丈夫だろ」
蓮はあっさり返す。
「しぶとさだけは一級品だ」
「褒めてる?」
「多分な」
マーリンが少しだけ笑う。
大タカは騒ぎの方向を確認すると、静かに頷いた。
「十分だ」
低い声だった。
「地下水路側の警戒が薄れた」
「なら急ぐぞ」
蓮が表情を切り替える。
大タカが森の奥へ進む。
少し進んだ先。
草木に隠れるように、古びた石蓋があった。
「ここだ」
大タカがしゃがみ込み、石蓋を静かにずらす。
ぎぃ、と鈍い音。
地下へ続く暗い穴が口を開けた。
湿った空気が流れ出る。
マーリンが顔をしかめる。
「うわ……」
「思ったより入りたくねぇな」
蓮が覗き込む。
「排水路だからな」
大タカが淡々と返した。
「綺麗さは期待するな」
「わかってるよ」
蓮は肩を回しながら言う。
「入れるなら文句ねぇよ」
アーサーが剣の位置を確認する。
「順番は?」
「俺が先導する」
大タカが答えた。
「続け」
「了解」
蓮が頷く。
そのまま暗い穴へ足をかけた。
足場は湿っている。かなり滑りやすい。
「落ちるなよ」
蓮が後ろへ声をかける。
「言われなくても分かってる」
マーリンが少しむっとした声で返す。
その後ろでアーサーが静かに続く。
石蓋が閉じられた瞬間、外の喧騒が少し遠のいた。
薄暗い地下通路。
滴る水音だけが響く。
「……いよいよだな」
蓮が小さく呟く。
この先に、セシルがいる。
表情が自然と引き締まった。
「絶対に連れ帰るぞ」
短い言葉だった。
だが、その声には迷いがなかった。
地下通路を抜ける。
大タカが足を止めた。
「ここだ」
目の前には古い木扉。
わずかに灯りが漏れている。
蓮が息を潜める。
「……この先か」
「ああ」
大タカが頷く。
「ハヤブサは、この中にいる」
蓮は静かに扉へ手をかけた。
ようやく辿り着いた。
その瞬間――
扉の向こうから、かすかに鎖の音が響いた。
ジャラ……。
全員の表情が変わる。
「……っ」
蓮がゆっくりと息を吐く。
「行くぞ」
扉の隙間から中を覗く。
薄暗い部屋。中央。
拘束された一人の少女。
「……セシル」
蓮が目を見開く。
間違いない。
探していた姿だった。




