囮役
「なら、飲みます」
アーサーが迷いなく薬液を受け取る。
「待て待て待て」
蓮が慌てて止めた。
「どうしました?」
「いや、分かってる」
蓮は少し眉をひそめる。
「鑑定で成功って出たけど」
一拍。
「なんか怖いな‥‥‥」
沈黙。
トリスタンが呆れた顔をする。
「お前が確認したんだろ」
「いや、理屈と感情は別だから」
「面倒くさいですね」
アーサーが少しだけ呆れたように言う。
「否定しねぇのかよ」
小さな笑いが漏れる。
アーサーは薬液を口元へ運んだ。
こくり、と飲み干す。
静寂。
全員が固唾を呑んで見守った。
数秒。
アーサーが目を瞬かせる。
「……あ」
「どうだ?」
蓮が即座に聞く。
アーサーは自分の腕を見る。
黒い痣が、ゆっくりと薄れていく。
「消えてる」
マーリンが声を上げた。
「本当だな」
トリスタンも覗き込む。
アーサーは小さく息を吐いた。
「身体が軽いです」
「やっと元気出たわね」
エクスカリバーがため息混じりで言う。
その一言に、
蓮はようやく肩の力を抜いた。
「よし」
短く呟く。
大タカが静かに口を開いた。
「試練は終了だ」
「お前たちは合格した」
蓮が視線を向ける。
「で?」
口角を上げる。
「約束通り、次の話だ」
大タカは頷いた。
「ハヤブサのもとへ案内する」
その一言で、全員の表情が変わる。
「……ただし」
大タカの目が鋭くなる。
「ここから先は、命に関わる」
低い声だった。
「当然だな」
蓮が静かに返す。
「相手は鵺だ」
大タカは続ける。
「里の地形」
「見張りの配置」
「敵の戦力」
「何一つ知らずに踏み込めば、次こそ終わる」
トリスタンが鼻を鳴らす。
「だから作戦会議ってわけか」
「ああ」
大タカは短く頷いた。
「まずは現状を共有する」
「やっとだな」
蓮が小さく息を吐く。
大タカは祠の壁際へ移動した。
古びた机の上に、一枚の紙を広げる。
簡易的な地図だった。
「これが現在の鷲の里だ」
全員が集まる。
蓮が目を細めた。
「雑な手書きだな」
「必要十分だ」
大タカは気にしない。
地図には、里の主要区域が簡単に記されていた。
中央広場。住居区。見張り台。
そして、少し離れた場所に印がついている。
「ここだ」
大タカが一点を指した。
「ハヤブサは現在、この区画に拘束されている」
マーリンの顔が引き締まる。
「里の中心じゃないんだ」
「ああ」
大タカが頷く。
「鵺はまだ完全には信用していない」
「取り込むつもりのくせにな」
トリスタンが眉をひそめる。
「だからこそ監視付きだ」
大タカが続ける。
「常時二名以上」
「夜間は増員」
蓮が地図を見る。
「正面からは無理だな」
「無理だ」
即答だった。
「見張りは?」
アーサーが尋ねる。
「屋根上に三名」
「巡回二組」
「面倒だな」
蓮がぼやく。
大タカはさらに別の地点を指差した。
「だが、侵入経路はある」
「ほう?」
「地下水路だ」
沈黙。
トリスタンが顔をしかめる。
「嫌な予感しかしねぇ」
「里の外周を流れる排水路に繋がっている」
大タカは淡々と説明する。
「本来は点検用だ」
「つまり裏口か」
「ああ」
蓮の口角が少し上がる。
「やっとそれっぽくなってきたな」
「最初から潜入任務だろ」
トリスタンが呆れる。
「見方を変えればな」
蓮が軽く流す。
マーリンが地図を見つめる。
「でも、水路って見つからない?」
「だから役割分担が必要だ」
大タカが言う。
「囮が必要になる」
全員が黙った。
蓮が眉を上げる。
「誰かが注意を引くってことか」
「ああ」
「危険度は?」
「高い」
即答だった。
「下手をすれば、その場で囲まれる」
「でしょうね」
蓮は腕を組んだ。
視線が自然と全員へ流れる。
トリスタン。
マーリン。
アーサー。
そして自分。
「さて」
蓮が小さく笑った。
「誰が囮やる?」
沈黙。数秒。
全員の視線が、ゆっくり一人へ集まる。
「……おい」
トリスタンが眉をひそめた。
マーリンがこくりと頷く。
「トリスタンかなって」
「かなって何だよ」
アーサーも少し申し訳なさそうに口を開く。
「消去法ですが……」
「お前まで乗るの!?」
トリスタンが思わず声を上げる。
「満場一致だな」
蓮が腕を組んだ。
「よくねぇよ!」
即答だった。
「なんでワシなんだよ!」
「いや」
蓮が冷静に返す。
「お前、一番騒がしいし」
「褒めてねぇだろそれ」
「目立つって才能だぞ」
「嫌な才能だな!?」
マーリンが小さく拳を握る。
「頑張って」
「他人事だと思って!」
アーサーも小さく頭を下げる。
「お願いします」
「圧がすごいんだよ!」
トリスタンが頭を抱える。
「……おっさん、諦めろ」
蓮が肩をぽんと叩いた。
「誰がおっさんだ」
「まだまだ若いわ!」
祠の中に、珍しく騒がしい声が響いた。
だが、その空気の奥には確かな緊張感が残っている。
次は、本番だ。




