黒睡花
蓮たちは棚を分担して調べ始めた。
「こっちは粉末ばっかだな」
トリスタンが瓶を並べる。
「名前分かるか?」
「分かるわけねぇだろ」
「だよな」
蓮はラベルを一つずつ確認していく。
見慣れない文字ばかりだ。
「読めないの不便すぎるだろ……」
マーリンが別の棚を見ていた。
「あ、これ冷たい」
小さな瓶を持ち上げる。
中には薄青色の液体。
「何だそれ」
「分かんない」
「使うの怖いな」
アーサーが少しだけ眉を寄せる。
「ですが、冷却目的なら候補にはなります」
「だな」
蓮は瓶を受け取った。
軽く揺らす。さらりとしている。
「トリスタン」
「ん?」
「さっき切った黒睡花、もう一回貸せ」
トリスタンが切断済みの茎を渡す。
蓮は青い液体を一滴だけ垂らした。
じゅっ。
小さな音。全員の視線が集まる。
白い液体が一瞬だけ泡立ち、その後、変色が止まった。
「止まった!」
マーリンが目を丸くする。
「……当たりか?」
トリスタンが身を乗り出す。
だが次の瞬間。
ぱき、と小さな音がした。
黒睡花の表面が急速にひび割れていく。
「え」
そのまま、ぼろりと崩れ落ちた。
沈黙。
「壊れたな」
蓮が真顔で言う。
「壊れましたね」
アーサーも静かに頷く。
「いや、確認せんでも見れば分かるだろ!」
トリスタンがツッコむ。
マーリンが崩れた花を見る。
「冷やしすぎた?」
「かもな」
蓮は腕を組んだ。
「単純に冷やせばいいわけじゃない」
「つまり?」
「順番がある」
蓮の目が棚へ向く。
「先に毒成分を分離する必要があるな」
大タカが壁際で静かに目を細めた。
「……ほう」
蓮が小さく笑う。
「少し分かってきた」
「冷却自体は間違ってない」
蓮が続ける。
「でも、そのままだと壊れる」
トリスタンが腕を組む。
「つまり、冷やす前に別の工程がいるってことか」
「たぶんな」
マーリンが黒い液体入りの小瓶を見る。
「これじゃない?」
全員の視線が集まる。
「樹液かもしれないやつか」
蓮が小瓶を持ち上げる。
とろり、とした黒い液体。
「これが毒そのものなら」
アーサーが静かに続ける。
「先に分離する必要がありますね」
「そういうことだ」
蓮は作業台へ向かった。
石臼を引き寄せる。
「トリスタン、そっちの乾燥標本持ってこい」
「了解」
「お前まで"了解"って言うな」
「何だよ、アーサーの真似しただけだろ」
「やめてください」
アーサーが即座に返した。
少しだけ空気が緩む。
大タカは何も言わない。
ただ静かに見ている。
トリスタンが乾燥標本を置いた。
「で、何する」
「比較だ」
蓮が答える。
生の黒睡花と乾燥標本を並べる。
「乾燥済みの方は黒くなってない」
「ほんとだ」
マーリンが覗き込む。
「ってことは」
蓮が指先で乾燥標本を軽く砕く。
ぱらり、と崩れる。
「水分が鍵だ」
トリスタンが目を細める。
「……ああ、なるほど」
「先に余計な水分か樹液を抜く」
蓮が黒い液体を見る。
「そのあと冷却」
「順番が逆だったわけですね」
アーサーが頷く。
「正解っぽいな」
蓮は石臼へ黒睡花を入れた。
ごり、と音が鳴る。ゆっくりすり潰していく。
白い液体が滲み出る。
「トリスタン」
「ん?」
「その青い液体、まだ入れるな」
「分かってる」
「マーリン、蒸留器具使えそうか」
マーリンが器具を確認する。
「うん、多分」
「よし」
蓮は口角を上げた。
「やっと薬作りっぽくなってきたな」
「最初からそうだろ」
トリスタンが呆れる。
「雰囲気の話だよ」
アーサーは作業台を見つめながら、小さく息を吐いた。
「……間に合いそうですね」
「間に合わせるんだよ」
蓮が即答する。
その言葉に、アーサーは少しだけ表情を和らげた。
そのまま、すり潰した黒睡花を小さな容器へ移した。
白い液体が底に溜まっていく。
「これを抜けばいいんだな」
トリスタンが蒸留器具を組み立てる。
「たぶん」
「たぶん多いな、おい」
「今さらだろ」
火鉢に火を入れる。
小さな炎が揺れた。
蒸留器具へ容器をセットする。
じわじわと熱が伝わっていく。
全員が黙って見守っていた。
数分後。
透明に近い液体が少しずつ別容器へ落ち始める。
ぽたり。ぽたり。
マーリンが目を丸くする。
「出てきた」
「こっちが分離された成分か」
蓮が容器を持ち上げる。
元の液体は少し色が薄くなっていた。
「……よし」
蓮が視線を向ける。
「トリスタン」
「分かってる」
青い液体を受け取る。
慎重に一滴、落とした。
じゅっ。
小さな音。
一瞬、全員が身構える。
だが今度は違った。
液体が淡く青白く変色していく。
ゆっくりと。穏やかに。
変色は止まらない。
「……成功か?」
トリスタンが聞く。
蓮は少し考え込む。
「まだだ」
「え?」
蓮は完成しかけた液体を見る。
「黒睡花は熱に弱い」
「なら最後に温度を落とす必要がある」
「仕上げですね」
アーサーが小さく頷く。
「マーリン」
「うん」
マーリンが両手をかざした。
淡い魔力が集まる。
ひんやりとした空気が広がった。
液体表面に薄く霜が浮く。
数秒。
青白かった液体が、ゆっくり透明へ近づいていく。
全員が息を呑んだ。
やがて。
ぴたり、と変化が止まる。
静寂。
「……終わりか?」
トリスタンが呟く。
蓮は完成した液体を持ち上げた。
透明な薬液。
先ほどまでの不穏さは消えていた。
「多分、これだな」
「また多分か」
「確認方法知らねぇし」
蓮が肩をすくめる。
その時だった。
「……あ」
小さく声を漏らす。
全員が蓮を見る。
「どうしました?」
アーサーが首を傾げる。
蓮は数秒、黙ったままだった。
それから、少し気まずそうに口を開く。
「そういや俺‥‥‥」
一拍。
「"鑑定スキル"持ってたわ」
沈黙。
「……は?」
トリスタンが固まる。
マーリンが目を丸くする。
「今!?」
「いや、忘れてた」
「忘れるなよ!!」
トリスタンが思わずツッコむ。
蓮は悪びれもなく肩をすくめた。
「普段あんま使わねぇし」
「そういう問題じゃないと思いますが……」
アーサーが少し呆れたように言う。
「まあ、思い出したならいいだろ」
蓮は完成した薬液へ視線を向ける。
「鑑定」
視界に淡い文字が浮かぶ。
***************
【黒睡花解毒薬】
品質:良
効果:黒睡花の毒性中和
備考:適切に調合済み
***************
「おお」
蓮が少しだけ感心したように声を漏らす。
「いけるな」
「最初からやってください」
アーサーが即答した。
「合格だ」
低い声。大タカだった。
全員が振り向く。
腕を組んだまま、静かにこちらを見ている。
「黒睡花は熱と水分に反応する特殊毒」
「順序を誤れば毒性が増す」
「性格悪いな」
蓮がぼやく。
「だから試練になる」
大タカが作業台へ近づいた。
完成した薬液を見る。わずかに頷く。
「正しく完成している」
その一言に、アーサーが小さく息を吐いた。
「よかった……」
「これで解毒できるんだな?」
蓮が確認する。
「ああ」
大タカは短く答える。
「お前たちは合格だ」
トリスタンが肩の力を抜く。
「やっとかよ……」
マーリンもほっとしたように笑った。
「なんとかなったね」
蓮は小さく息を吐く。
「で?」
視線を上げる。
「約束通り、次だ」
その目はもう先を見ていた。
「セシルのところまで案内してもらうぞ」
大タカは数秒、蓮を見つめる。
やがて静かに頷く。
「ああ」
低い声が響く。
「その資格は得た」




