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毒を知る

夜が明ける。

森には薄く朝靄がかかっていた。

簡素な小屋で一夜を明かした蓮たちは、すぐに外へ出る。


すでに大タカが待っていた。

腕を組み、こちらを見ている。

「早いな」


「待たせる理由もないしな」

蓮が軽く肩を回す。


アーサーはまだ少し顔色が悪い。

だが、昨夜よりは落ち着いていた。


「体調は?」

蓮が横目で聞く。


「問題ありません」

即答だった。

「まだ動けます」


「無理すんなよ」


「はい」


短いやり取りの後。

大タカが背を向ける。

「来い」


一行はその後を追った。

森の奥。

少し開けた場所に、小さな石造りの祠があった。

古い建物だが、不思議と荒れてはいない。

手入れされているのが分かる。


「ここか」

蓮が見上げる。


「ああ」

大タカは扉を押し開けた。

中は薄暗い。

棚が並んでいる。乾燥薬草。

複数の瓶。石臼。小型の蒸留器具。火鉢。

思った以上に実用的な空間だった。


トリスタンが辺りを見回す。

「……なんか普通だな」


「何を期待してたんだよ」


「もっとこう、忍びっぽい感じ?」


「忍びっぽいって何だ」

蓮が呆れる。


マーリンは棚を覗き込んでいた。

「いっぱいある」


「触るなよ」

蓮が即座に釘を刺す。


「まだ何もしてない」


大タカが作業台の前で止まった。

箱をひとつ置く。


「これが試練だ」

蓮たちの視線が集まる。

箱の中には、黒ずんだ花と葉、茎。

そして小瓶に入った黒い液体。

アーサーの表情が少し険しくなる。


「黒睡花……」


「そうだ」

大タカが頷く。

「お前が受けた毒の元だ」


蓮が箱を覗き込んだ。

「見た目からして嫌な感じだな」


「これを理解しろ」


「理解?」

大タカは続ける。

「いきなり解毒剤は作れん」

「まずは毒を知れ」


その言葉に、蓮が少しだけ目を細めた。

「……なるほどな」


「この祠にあるものは自由に使え」

「だが、ワシから答えは教えん」


「不親切だな」


「試練だからな」

即答だった。


蓮は小さく笑う。

「違いない」


トリスタンが黒睡花を手に取った。

「で、何見りゃいい」


「全部だろ」

蓮が答える。

「形、匂い、切った時の変化」

「使えそうな情報は全部拾う」


「急にそれっぽいこと言うな」


「知らんことは、とりあえず観察だ」


マーリンが花をじっと見つめる。

「これ、ちょっと冷たい」


「冷たい?」

蓮が反応した。

マーリンは頷く。

「普通の植物と少し違う感じする」


アーサーも箱を覗き込む。

「黒い液体は……樹液でしょうか」


「かもな」

蓮は花を持ち上げた。

じっと観察する。


「トリスタン」


「ん?」


「それ、少し切ってみろ」

トリスタンが短刀を取り出す。

茎へ刃を入れた。ぷつり、と切れる。


その瞬間。

切断面から白い液体がにじんだ。


「……おい」

トリスタンが眉をひそめる。

数秒後。

切断面がじわりと黒く変色していく。


「変わった」

マーリンが小さく呟く。


蓮の目が細くなる。

白い液体はまだ滲んでいる。

空気に触れた部分から徐々に黒く染まっていく。


「酸化……?」

マーリンが小さく呟く。


「分かるのか?」


「たぶん」

マーリンは首を傾げた。

「完全には分かんないけど」


トリスタンが鼻を近づける。

「匂いはそこまでキツくねぇな」

「毒ってもっと分かりやすく臭そうなのにな」


「そんな親切な毒ばかりではない」

大タカが静かに返す。


蓮は黒い液体入りの小瓶も手に取った。

軽く揺らす。

とろり、と粘度がある。

「花だけじゃなく、こっちも関係あるか」


アーサーが少し身を乗り出す。

「毒成分でしょうか」


「可能性は高いな」

蓮は棚を見回した。

「祠にあるものは全部使える、だったな」


「ああ」


「ってことは」

蓮が小さく笑う。

「答えもどっかにあるってことだ」


トリスタンが肩をすくめる。

「そんな都合よくあるか?」


「あるだろ」

蓮は即答した。

「試練なんだから」


「妙に納得した」

蓮は棚へ歩いていく。

瓶や薬草を一つずつ見ていく。

ラベル付きのものもあるが、知らない名前ばかりだった。


「読めねぇ」


「そこは雰囲気で頑張れ」


「無茶言うな」


マーリンが棚の奥を指差した。

「あれ」


「ん?」

少し離れた場所。

一つだけ、小さな木箱に入れられた植物標本があった。

黒睡花だった。


「同じやつか」

蓮が手に取る。

こちらは乾燥済み。

だが、保管箱の内側には薄い布が敷かれていた。


「……なんでこっちだけ箱入りなんだ?」


トリスタンも覗き込む。

「他は普通に棚なのにな」


アーサーが少し考える。

「特別な保管が必要、ということでしょうか」


「たぶんな」

蓮は箱の中へ指を入れた。

少しひんやりしている。


「冷えてる?」

マーリンが目を丸くする。


蓮は手を止めた。

頭の中で、さっきの情報が繋がっていく。

切断面の変色。体温で広がった痣。冷えた保管箱。


「‥‥‥そういうことか」


誰も喋らない。

蓮だけが、静かに考えている。


「分かったのか?」

トリスタンが聞く。


蓮は黒睡花を見せた。


「こいつ、熱に弱い」


「根拠は?」


「切断面の変色」

蓮が答える。

「空気接触だけじゃなく、体温でも反応してる可能性がある」


アーサーが自分の腕を見る。黒い痣。

「だから毒が広がった……?」


「多分な」

蓮は箱を戻した。

「つまり、まずやるべきことは決まった」


「何です?」


「次は冷却できそうな材料探しだ」

蓮は棚へ視線を向ける。

「マーリン、魔法で何かできそうか」


マーリンが棚を見回しながら答える。

「氷系なら得意だけど」

「素材があれば、もっと安定した冷却ができるかも」


「なら探すぞ」

蓮が指示を出す。


大タカは部屋の隅で、静かに腕を組んでいた。

何も言わない。

ただ、見ていた。



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