一時撤退
「ーーここまでです」
キツツキが踏み込む。
だが、その瞬間。
「黒ーー影縛鎖」
マーリンの杖先から黒い影が地面を這った。
「っ!?」
キツツキの足元に影が絡みつく。
「マーリン!」
「今のうち!!」
蓮が即座に判断する。
「撤退だ!!」
「えっ!?」
アーサーが苦しそうに顔を上げる。
「今は無理だ!!」
蓮がアーサーを肩で支える。
トリスタンが舌打ちした。
「チッ……しゃあねぇな!!」
大槌を地面へ叩きつける。
ドゴォン!!
土煙が舞う。視界が遮られる。
キツツキが眉を寄せる。
「ちょっーー」
影拘束を無理やり引きちぎる。
だが、その頃には。
「逃げられましたか」
木々の奥。
すでに蓮たちの姿はない。
キツツキは小さく息を吐く。
「……面白いですねぇ」
頬についた血を指で拭う。
「先輩」
月を見上げる。
「あなた、変なの拾いましたね」
その時だった。
「キツツキ」
低い声が背後から響く。
「っ」
キツツキが振り返る。
闇に溶け込むように、一人の男が姿を現した。
獣じみた鋭い目。口元だけが薄く笑っている。
ーー鵺だった。
「鵺様」
キツツキはぺこりと頭を下げる。
鵺は煙の残る森を眺め、鼻で笑った。
「逃がしたか」
「申し訳ありません」
キツツキは素直に謝る。
「ですが、少し予想外でした」
「ほぉ?」
「先輩の知り合い、思ったより面白いです」
くすりと笑う。
「特にあの男」
「奴隷商人か」
鵺が目を細める。
「はい」
キツツキは頬に触れた。
まだ少しだけ血が滲んでいる。
「アーサーって子も強かったですけど」
「でも、中心はやっぱりあの人ですね」
鵺が口元を歪めた。
「なるほどな」
低い笑い声。
「なら、ますます利用価値がある」
キツツキが首を傾げる。
「追いますか?」
「いや」
即答だった。
「どうせ来る」
鵺は森の奥を見る。
「セシルがいる限り、あいつらは何度でも来る」
その声音には、妙な確信があった。
「だったら」
ニヤリと笑う。
「次は、こちらの土俵で迎えてやればいい」
キツツキもつられて笑った。
「了解です」
二人の影が、月明かりの中で静かに溶けていく。
***
その頃。
森の中をしばらく駆け抜けた末、
蓮たちは追手の気配が遠のいたことを確認する。
「はぁ……はぁ……っ」
森の奥。
蓮たちは木々に身を隠し、ようやく足を止めた。
トリスタンが腹を押さえ、その場にしゃがみ込む。
「ちょ、ちょっと待て……」
息も絶え絶えだ。
「もう走れん……」
「トリスタン頑張って!!」
マーリンが必死に声をかける。
「無茶言うな!!」
即答だった。
蓮も肩で息をしながら、周囲を警戒する。
「‥‥‥ひとまず追手は撒いたか」
小さく息を吐く。
「だが、長居はできないな」
「おっさん、少し休んだらまた動くぞ」
「だから!!」
トリスタンが顔を上げる。
「おっさんって呼ぶなぁぁ!!」
「そこ元気だな」
少しだけ空気が緩む。
その横で、アーサーは蓮に肩を貸してもらいながら苦しそうに息を吐いていた。
腕の毒はまだ抜けきっていない。
「……すみません」
小さく呟く。
「マスターに、ご迷惑を……」
蓮は少しだけ目を細める。
「仕方ねぇだろ」
短く答える。
「十分やったよ」
アーサーが目を見開く。
蓮は視線を逸らしながら続けた。
「むしろ、お前がいなかったら今頃終わってた」
「……っ」
少しだけ、アーサーの表情が和らぐ。
マーリンがアーサーの腕を見る。
「毒、まだ残ってる」
真剣な声だった。
「完全には抜けてないね……」
「治せるか?」
蓮が問う。
マーリンは少しだけ眉を寄せる。
「時間はかかるけど、応急処置ならできる」
そう言って、アーサーの腕にそっと手を添える。
「白ーー治癒魔法」
淡い光が傷口を包み込んだ。
静かな時間。
だが、その空気を破るように。
エクスカリバーがぽつりと言った。
「で?」
全員がそちらを見る。
「このままどうするの?」
核心だった。
潜入失敗。アーサー負傷。
相手の戦力も予想以上。
普通なら、一度引く判断もある。
だが。
蓮は少しだけ笑った。
「決まってるだろ」
ゆっくりと顔を上げる。
「作戦変更だ」
その目には、まだ諦めの色はなかった。
「次は、正面からぶっ壊す」
「えぇ!?」
アーサーが思わず声を上げる。
「さっきまで逃げてたじゃない!!」
エクスカリバーがツッコむ。
「潜入は諦めた」
蓮が即答する。
「バレた以上、隠れる意味ねぇ」
トリスタンがニヤリと笑う。
「やっとワシ向きになってきたな」
マーリンは少し不安そうに目を瞬かせた。
「……でも、どうするの?」
蓮は不敵に笑う。
「まずは、毒の解毒だ」
一拍置いて。
「それから、鵺ぶっ飛ばす準備をする」
月明かりが、森を静かに照らしていた。




