潜入失敗
エルメスは静かに蓮を見つめる。
「……頼んだよ」
蓮は背を向けたまま、軽く手を振った。
「言われなくても」
その時だった。
「……待て待て待て」
不満げな声。
全員が振り返る。腕を組んだトリスタンが、露骨に眉をひそめていた。
「なんでワシまで当然みたいについていく流れになってんだ」
「いや、なんか来そうだったし」
蓮が当然のように返す。
「勝手に決めんな」
即座にツッコミが飛ぶ。
大きくため息をついたあと、トリスタンはエルメスへ視線を向けた。
「……帰ったら酒だ」
一拍。
「とびきり上等なのを、たらふく用意しろ」
エルメスは少しだけ目を丸くしたあと、ふっと笑った。
「分かった」
静かな声。
「必ず用意しよう」
「よし」
トリスタンが満足げに頷く。
「なら行く」
「単純だな」
蓮が呆れたように笑った。
「うるせぇ」
そう吐き捨てながらも、トリスタンはしっかり大槌を担ぎ直す。
蓮たちは、鷲の里へ向けて動き出した。
***
日が傾き始めていた。
グランゼル西部。山岳地帯。
木々が生い茂る細い山道を、蓮たちは静かに進んでいた。
足元は悪い。踏みしめるたびに、乾いた枝が小さく軋む。
「……結構遠いな」
蓮がぼそりと呟く。
「隠れ里だから当然だろ」
トリスタンが鼻を鳴らした。
「簡単に辿り着けるようじゃ、隠れる意味がねぇ」
「まあ、それもそうか」
アーサーが周囲を警戒しながら進む。
マーリンは少し不安そうに辺りを見回していた。
「なんだか、空気が重いね」
その言葉に、トリスタンが眉をひそめる。
「気のせいじゃねぇな」
低い声。
「ここ、妙に静かだ」
蓮も同意するように目を細めた。
鳥の声がない。虫の音もない。
山の中とは思えないほど、不自然な静寂。
「……嫌な感じだな」
その時だった。
先頭を歩いていた蓮が足を止める。
「見えてきた」
前方。
木々の隙間から、かすかな灯りが漏れていた。
山間にひっそりと存在する小さな集落。
木造の家々。細い道。周囲を囲む柵。
一見すれば、静かな村。
だがーー
「……あれ」
アーサーが目を細める。
見張りだ。門の付近。屋根の上。高台。
複数の人影が配置されている。
「普通の村じゃねぇな」
トリスタンが低く呟く。
蓮は頷いた。
「完全に監視されてる」
腰の聖剣が小さく声を漏らす。
「鷲の里……ね」
「正面突破は論外だな」
蓮が視線を横へ向ける。
「師匠の地図だと、古い搬入路があるはずだ」
斜面脇。
草木に埋もれた細い獣道。人一人が通れる程度の狭さ。
マーリンが小さく息を呑む。
「ほんとに道あるんだ……」
「ハイクラス商人様サマだな」
蓮が軽く笑う。
トリスタンが肩をすくめた。
「帰ったら酒倍にしてもらわねぇとな」
「まだ助けてもないだろ」
軽口を叩きながらも、全員の表情は真剣だった。
蓮たちは静かに、鷲の里への潜入を開始した。
***
蓮たちは身を低くしながら、細い搬入路を進んでいく。
草木に覆われた斜面。足場は悪い。
「……ほんとにこんな道使ってたのかよ」
蓮がぼやく。
「文句言うな」
トリスタンが後ろから低く返した。
その時だった。
ミシッ。
嫌な音。
全員の動きが止まる。
「……あ?」
トリスタンの足元。
古びた木板がゆっくり沈む。
蓮の顔が引きつった。
「おい、待て」
カチッ。
乾いた音。一瞬の静寂。
「……は?」
次の瞬間。
ガコンッ!!!
「「「!?」」」
地面が崩れた。
「ぬおおおおおおお!?」
トリスタンごと床が抜ける。
「トリスタン!!?」
マーリンが悲鳴を上げた。
ドゴォン!!
派手な落下音。
ゴォォォォォン……
どこかで鐘のような音が鳴り響いた。
沈黙。
蓮がゆっくり顔を覆う。
「……おい」
下を見下ろす。
「何やってんだ、おっさん」
穴の底からトリスタンの声。
「知らん!! ワシのせいじゃねぇ!!」
その直後。
村の方からざわめきが起こる。
「誰だ!!」
「侵入者だ!!」
明かりが一斉に灯った。
蓮は空を仰ぐ。
「最悪だ……」
アーサーが剣を抜いた。
「マスター、どうしますか!?」
蓮は小さくため息をつく。
そして。
「ーー潜入終了だ」
ニヤリと笑った。
「派手に行くぞ」
ーー潜入失敗。




