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助ける理由

暗い牢だった。

湿った土の臭い。

鉄錆びた血の匂い。

天井から吊るされた縄。

そこに、両腕を拘束された少女がいた。

セシル。

俯いた彼女の頬には、乾きかけた血が付着している。


パシィッ!!

鋭い音が牢内に響いた。


「っ……!」

細い身体が揺れる。

背中に赤い線が走った。


「いやぁ、ほんと先輩って我慢強いですよねぇ」

場違いなほど明るい声。キツツキだった。


にこにこと笑いながら、手の中で鞭を遊ばせている。


「普通、もう少し叫びません?」

セシルは荒い息を吐きながら睨みつけた。


「……キツツキ」

掠れた声。

「なんで……こんなことを」


「えー?」

キツツキは首を傾げる。

「だって命令ですし」

悪びれた様子はない。


「それに」

笑みを浮かべたまま。

「抜け忍を連れ戻すのは、後輩の仕事でしょう?」


その言葉に、セシルの表情が歪む。

「……っ」


ギィィ……

牢の扉がゆっくりと開いた。


重い足音。空気が変わる。

セシルの目が見開かれた。

現れた男を見た瞬間、顔から血の気が引く。


「よぉ」

低い声。

「久々だな、ハヤブサ」


「……お前は」

セシルの身体が強張る。

ぬえ……!!」


男はゆっくりと椅子に腰掛けた。

黒い外套。鋭い目。獣のような威圧感。

鵺は、楽しげに口元を歪める。


「相変わらず良い目してんなァ」


セシルは睨みつける。

「キツツキ……どういうことですか!!」

怒声。

「なんでこいつがここにいるんですか!!」


「あれぇ?」

キツツキはきょとんとした顔をする。

「先輩、知らなかったんですか?」

にこり、と笑った。

「鵺様は、今の鷲の里の主人ですよ?」


「……は?」

セシルの目が揺れる。

理解が追いつかない。


「嘘……」

震える声。

「この男は……」

唇を噛み締める。

「鶴姫様を殺した男だぞ!!」


怒気が牢を震わせた。


鵺はそれを聞いて、愉快そうに笑う。

「そういうことだ」


脚を組み、セシルを見下ろす。

「大タカも随分威勢が良かったんだがなァ」

「女房殺したら、静かになったよ」


「……っ!!」

セシルが縄を軋ませる。


今にも飛びかかりそうな勢い。

だが、拘束は外れない。

鵺はそんな様子を眺めながら、ふと口を開いた。


「そういや、お前」

ニヤリと笑う。

「今はハイクラスの秘書やってんだってな」


セシルの目が細くなる。

「……なぜそれを」


「情報舐めんな」

即答だった。

「奴隷商人を恨んでる連中は多くてなァ」

「色々耳に入ってくるんだよ」


鵺は頬杖をつく。

「で?」

「エルメスの情報、吐け」

「取引ルート」

「顧客」

「裏市場との繋がり」

「全部だ」


セシルは睨み返す。

「……断ります」

「私が、エルメス様を裏切るとでも?」


「くくく……」

鵺が喉を鳴らして笑う。

「裏切るさ」


静かな声。

「お前は逆らえねぇよ」


牢の奥。

暗闇の向こうから、微かな呻き声が聞こえた。

セシルの表情が凍る。

そこにいた。

鎖に繋がれた、鷲の里の者たち。

傷だらけの姿。


「……なっ」

息を呑む。


キツツキが、楽しそうに笑った。

「先輩、里のみんなに会いたかったですよね?」


セシルの顔が青ざめていく。


鵺はゆっくり立ち上がった。

そして。

セシルの顎を無理やり持ち上げる。


「選べ、ハヤブサ」

低い声。

「主人を売るか」


一拍。

「里の連中が死ぬかだ」


セシルの瞳が揺れる。

鎖に繋がれた村人たち。女こども関係ない、傷だらけの姿。

その光景を前に、言葉を失った。


鵺は愉快そうに笑う。

「ゆっくり考えろ」

踵を返す。

「お前には時間をやる」


ギィィ……

牢の扉が閉じる。

重い音だけが残った。




***




「ーー鷲の里?」

蓮が眉をひそめる。


エルメス商会。

散らかった部屋の中。

エルメスは静かに頷いた。


「グランゼル王国西部に存在する、小さな忍びの里だ」


「忍び……」

アーサーが小さく呟く。


その横で、トリスタンが腕を組んだ。

「聞いたことねぇな」


「表に出ないからね」

エルメスは静かに答える。

「鷲の里は、徹底した秘匿を貫いている」

「所属する者たちは本名を捨て、互いを鳥の名で呼び合う文化だ」

「セシルはハヤブサと呼ばれていた」


「ハヤブサ‥‥‥。」

蓮が小さく目を細めた。


エルメスが頷く。

「セシルは、元々あの里の忍びだった」


空気が少し変わる。


マーリンが驚いたように目を丸くした。

「セシルって、忍びだったんだ」


「驚くほど気配消すしな」

蓮が納得したように呟く。


「本来、鷲の里は暗殺を専門とする集団ではない」

エルメスは続ける。

「主な仕事は護衛、偵察、情報収集」

「裏社会向けの便利屋……と言えば近いかな」


「だが」

その声音が少し低くなる。

「最近、“夜叉やしゃ”と呼ばれる集団が関わっているらしい」


「夜叉?」

マーリンが首を傾げた。


エルメスは静かに目を伏せる。

「暗殺、略奪、強盗、人身売買」

「依頼次第では、村一つ平然と焼く」

「完全な外道集団だ」


部屋の空気が重くなる。


アーサーの表情も険しくなった。

「その夜叉が、鷲の里を?」


「正確には、その幹部の一人だ」

エルメスが静かに答える。

「ーー鵺」


その名を聞いた瞬間。

トリスタンが眉をひそめた。

「……聞いたことあるな」


「知っているのですか?」

アーサーが視線を向ける。


トリスタンは小さく舌打ちした。

「昔、裏市場で名前だけ聞いた」

「関わるなって有名だったな」

「相当危険人物らしいな」


「実際、危険だろうね」

エルメスは疲れたように息を吐いた。

「鷲の里の族長ーー大タカは、夜叉との協力を拒んでいたらしい」

「だが、敗れた」

静かな声。

「妻である鶴姫を殺され、現在は鵺の支配下にある」


「……っ」

マーリンの顔が曇る。


蓮は黙ったまま話を聞いていた。


「セシルは、抜け忍だ」

エルメスが続ける。

「だが彼女は、里がそんな状況になっていたことを知らなかったはずだ」


蓮がゆっくりと目を閉じる。

整理していく。

セシルが消えた理由。

あの妙な少女。

そして、突然現れた“知り合い”。


「つまり」

蓮が静かに口を開いた。

「セシルは連れ戻されたってことか」


「……おそらくね」


重い沈黙。


「なら、やることは決まってるわね」


不意に声が響く。

腰に差された聖剣。

エクスカリバーだった。


「助けに行くんでしょ?」

当然のように言う。


蓮は小さく鼻を鳴らした。

「当たり前だ」

即答だった。

「うちの秘書を勝手に攫われたままで終われるかよ」


その言葉に、エルメスがわずかに目を見開く。

アーサーが静かに前へ出た。

「行きましょう!!マスター!」


「当然だろ」

蓮は笑う。


マーリンも杖を握り直した。

「セシル‥‥‥。」


目を閉じる。

笑顔が浮かんだ。

「マーリンちゃん」


目を開ける。

「‥‥‥絶対に助ける!」


トリスタンが大きくため息をつく。

「……お前ら、ほんと面倒事に突っ込むの好きだな」


「今さらだろ」

蓮が笑った。


その瞳は、すでに決まっていた。

ーーセシルを連れ戻す。


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