炎の中の聖剣
炎が、まだ鍛冶屋の残骸を舐めていた。
だが、その外側はもう別の空気に変わっている。
崩れた壁の向こう。
人影が、増えていた。
一人、二人ではない。
影が重なり、囲むように広がっていく。
「‥‥‥多いな」
蓮が低く呟く。
だがその声に返事をする余裕はない。
敵の一人が前に出た。
「ずいぶん派手にやってくれたな」
笑っている。だが目を笑っていない。
「こんなに戦力差があるのに‥‥‥まだやるつもりか?」
静かな嘲り。空気が一段重くなる。
蓮は歯を食いしばる。
(無理だ‥‥‥数が違いすぎる)
トリスタンはもう動かない。
戦力の線引きをとうに終えている顔だった。
前に出たのは二人だけ。
アーサー。
そして、マーリン。
蓮は後ろに残るしかない。
「‥‥‥行くぞ」
アーサーの声は、迷いがなかった。
エクスカリバーが小さく呟く。
「本気でやるつもりね‥‥‥」
敵の男が鼻で笑う。
「たった二人で?勝てると思ってるのか?」
アーサーは答えない。
炎の残光を背に受けながら、剣を構える。
「数では圧倒されていますが」
短い間。
「正直、負ける気がしません」
空気が跳ねた。
軽口でも虚勢でもない。
ただ、そう言った。
敵の笑いが止まる。
マーリンは横目でアーサーを見るだけだった。
評価でも驚きでもない。
ただ事実として受け止めている顔。
空気が裂ける。
最初に動いたのはアーサーだった。
踏み込む。
その瞬間には、もう間合いに入っている。
「ーーっ!?」
敵の一人が反応する前に、剣が走った。
ガギィン!!
金属音と同時に、影が吹き飛ぶ。
着地すら見えない。そのまま二人目へ。
「速い‥‥‥!」
だが止まらない。
アーサーはただ、通路を"開けている"だけだった。
そこに剣があるから振るうのではない。
通れる場所を作るために斬っている。
エクスカリバーが、軽く笑う。
「ちょっとはやるじゃない」
「でも雑ね」
「次、右」
「はい!!」
「返事はいらないわよ!」
アーサーはそのまま右に回転。
背後から来た一撃を、振り向きもせず弾く。
カァン!!
火花。
「‥‥‥チッ」
エクスカリバーが舌打ち。
「今の、三歩遅い」
アーサーは返さない。次の敵へ。
一撃。また一撃。
崩れる。
また一人、地に沈む。
だがその瞬間だった。
エクスカリバーの声が一段落ちる。
「‥‥‥アンタ」
「後ろ」
アーサーの動きが止まる。
崩れた柱の上。
最初から"動いていなかった影"が、そこにいた。
狙いを定めたまま、落ちてくる軌道。完全な死角。
「遅い」
敵の声。刃が振り下ろされる。
ーーだが。
「だから何よ」
エクスカリバーが、冷たく言った。
キィンッ!!
アーサーは振り向かない。
ただ剣を"後ろに置いた"。
受け止めたのではない。そこにあることを前提にしていた。
衝突。火花。
敵の目が見開かれる。
「‥‥‥今の、見えてたわけ?」
「見ていません」
アーサーはようやく前へ出る。
「感じてます」
エクスカリバーが鼻で笑う。
「気持ち悪いこと言うわね」
「でも正解。殺気は消せないから」
「次、左」
アーサーは迷わず動く。
左から飛び込んでいた敵を、最短で切り伏せる。
崩れる。また一人。
その瞬間ーー
奥から、別の気配。
明らかに今までと違う動き。
エクスカリバーの声が、一瞬だけ止まった。
そして小さく言う。
「‥‥‥‥来るわよ」
「今のとは、ちょっと格が違うわ」
炎の向こう。崩れた壁の外に、影が立っていた。
さっきまでの連中とは違う。
騒がない。動かない。
だがーー"そこにいるだけで分かる"。
空気が変わった。
蓮は、思わず息を止めていた。
強い弱いじゃない。あれは、そういう次元の話じゃない。
「‥‥‥なんだ、あいつ」
返事はなかった。
黒い外套。
顔は半分、影に沈んでいる。
だが視線だけが、真っ直ぐアーサーへ向いていた。
「‥‥‥それが」
低い声。感情が薄い。
「"選ばれた剣"か」
アーサーは答えない。構えを崩さない。
男は、わずかに首を傾げた。
「なるほど。確かにーー"回収対象"だ」
蓮が反応する。
「回収だと‥‥‥?」
エクスカリバーが、鼻で笑った。
「随分と上からね」
だがその声は、どこか硬い。
「まぁ‥‥大体予想はつくけどね」
男は答えない。
代わりに、ゆっくりと手をあげた。
その動きだけでーー周囲の空気が、歪む。
マーリンが、ぽつりと言う。
「‥‥‥‥ダメだね」
それだけだった。だが、それで十分だった。
「何がだよ」
蓮が聞き返す。
マーリンは視線を外さないまま言う。
「今のままだと、普通に負ける」
一切の感情なし。断定。
空気が、凍る。
だがーー
アーサーは、踏み出した。
「関係ありません」
「通ります」
男の目が、わずかに細まる。
「ほう。面白い」
その瞬間。
消えた。
いや、"見えなくなった"。
「っ!?」
次の瞬間ーーアーサーの眼前に、男がいた。
距離、ゼロ。
剣が振り下ろされる。
キィンッ!!
金属音。火花。
アーサーが受けていた。完全に間に合っている。
男の眉が、わずかに動く。
「‥‥‥‥反応したか」
エクスカリバーが叫ぶ。
「来るわよ、次!」
アーサーは動く。受けるだけじゃない。
踏み込む。
「ーーッ!」
一閃。
だがーー当たらない。
男は、すでにそこにいない。
「遅い」
背後。
「後ろ!!」
振り向きざまの一撃。
ガァン!!
弾かれる。初めてだった。
アーサーの剣が、押し返される。地面が崩れる。距離が開く。
静寂。
男は、わずかに笑った。
「‥‥‥‥なるほど。ただの"選ばれた"ではないな」
エクスカリバーが低く呟く。
「気をつけなさい」
「こいつーーちゃんと強いわよ」
アーサーは、剣を握り直す。
その目は、揺れていない。
炎の中。
"本物"が、ぶつかる。




