思い出の場所
炎は、止まらなかった。
一つじゃない。
二つじゃない。
外から投げ込まれた油が、柱を伝って一気に広がっていく。
まるで最初からこの店の形を知っていたみたいに、燃え方が正確だった。
ゴォッ、と音が膨らむ。
木が悲鳴を上げるように弾けた。
「くそ!あいつら‥‥‥‥!」
蓮が入口に飛び出しかけて、すぐに熱波に押し戻される。
「無理だ!中から切られてる!」
外と内、両方から火が回っている。
逃げ道が"消されている"。
トリスタンの拳が震えていた。
「‥‥‥‥ワシの店が」
低い声だった。
怒りじゃない。
もっと重いもの。
「‥‥‥‥燃えとる」
鍛冶場の奥。
鉄も、工具も、積み上げてきたものも。
音を立てて崩れていく。
その中でーー
エクスカリバーの声が落ちた。
「‥‥‥あんたとの思い出の場所なのに」
アーサーの手の中で、剣が静かに光る。
さっきまでの軽さはない。
からかいも、冗談もない。
ただ、見ている。
燃えていく"場所"を。
蓮が振り返る。
「おい‥‥‥剣がそんなこと言うのかよ」
エクスカリバーは答えない。
ただ、炎を見ていた。
「‥‥‥嫌な燃え方ね」
ぽつり、と。
それだけだった。
マーリンも何も言わなかった。
いつもの軽口もない。
ただ、崩れていく店を見ている。
"分析"じゃない。
"観察"でもない。
ただ、見ている。
トリスタンが一歩、前に出る。
「‥‥‥出るぞ」
低い声。
「ここに居ても焼け死ぬだけじゃ」
蓮は歯を食いしばる。
「でも外にはーー」
その時だった。
外から声。
「おい、中の奴ら死んだんじゃねぇ?」
笑っている。
エクスカリバーが、ほんの少しだけ震えた。
炎が、一段跳ね上がる。
柱が崩れる。
天井の一部が落ちる。
鍛冶屋という"場所"が、音を立てて死んでいく。
トリスタンは、ゆっくりと目を閉じた。
「‥‥‥全焼じゃな」
蓮が叫ぶ。
「全焼って軽く言うなよ!」
だが、返事はない。
「そうだ!!マーリンの氷魔法なら‥‥一瞬で鎮火できるかも!?」
蓮はそう言ってマーリンを見るが。
「ごめん‥‥マスター」
「ここ、凍らせたら全部巻き込む」
申し訳ないように話すマーリン。
「そんな‥‥‥」
燃える炎は、ますます広がっていった。
出入り口は、完全に塞がれていた。
炎が壁みたいに揺れている。
外に出ようとすれば、そのまま焼かれる。
「‥‥‥出口、潰されたな」
蓮が舌打ちする。
トリスタンは鍛冶屋の奥を見たまま、動かない。
「‥‥‥読まれとる」
その時だった。
「ちょ、ちょっと待ちなさいアンタ」
エクスカリバーの声が一段上がる。
「それ、無理に突っ込む流れじゃないわよね!?」
アーサーは剣を握り直す。
迷いはなかった。
「ここを押し切ります!!」
「押し切るって何でよ!?物理よ!?火よ!?」
剣が珍しく焦る。
アーサーは構えを変えた。
炎の揺れる出口、その一点を見る。
マーリンがぽつりと言う。
「‥‥あの技だ」
それだけだった。
トリスタンの目が細くなる。
「今の構えはーー」
エクスカリバーが一瞬沈黙してから、
「ちょっと待って」
「それ‥‥‥」
嫌な予感の声。
「その構え‥‥‥まさか」
アーサーが踏み込む。
一歩。
二歩。
そしてーー
「アルトリア流剣術ーー」
空気が変わる。
炎が揺れるのが止まる。
「ーー牙突ッ!!」
ドォォォォォン!!!
一閃。
というより"突き"だった。
剣圧が一点に収束し、炎ごと壁を貫く。
鍛冶屋の外壁にーー巨大な穴が開く。
風が一気に流れ込む。
炎が横に裂けた。
一瞬だけ、道ができる。
「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!?」
蓮が素で叫ぶ。
トリスタンも目を見開く。
「なんじゃその剣筋は‥‥‥‥」
エクスカリバーは一瞬、沈黙した。
数秒後。
「‥‥‥今の」
「剣術じゃないわよね」
アーサーは剣を下ろさないまま言う。
「通る道があれば、それでいいです」
「いや雑ぅ!!」
蓮のツッコミが火事場に響く。
だがーー
穴の向こう。
外から、複数の足音が止まった。
一瞬の沈黙。
そして、
「‥‥‥今の、何だ」
敵側の声が、明らかに変わる。
遊びじゃない。
初めて"警戒"に変わった声だった。
トリスタンが低く笑う。
「‥‥‥やっと目ぇ覚ましたか」
マーリンは小さく呟く。
「炙り出し、成功」
エクスカリバーだけが、小さくため息をついた。
「‥‥‥ほんとにやるとは思わなかったわ」
アーサーは剣を見下ろす。
「通りました」
「結果論で語らないでちょうだい!!」
炎の中。
穴の向こうとこちらが、初めて"繋がった"。
戦場が、外へ移る。




