売らない剣
店の奥から現れたのは、小柄な男だった。
だが、その体つきは見た目に反してがっしりしている。
無精髭に、酒の匂い。
いかにも"やる気のなさそうな職人"といった風貌だ。
「剣を見せてもらってもいいですか?」
アーサーは静かに問いかける。
「ああ、勝手に見ろ」
興味なさそうに答える店主。
アーサーは店内を見渡した。
先ほどの店のような華やかさはない。
だがーー並べられている武器はどれも無駄がなく、
どこか"研ぎ澄まされている"。
装飾ではなく。本質だけで勝負しているような空気。
(‥‥‥違うな)
蓮は直感でそう感じていた。
その時だった。
アーサーの視線が、ぴたりと止まる。
店主の背後。
無造作に立てかけられた、一振りの剣。
飾り気はない。
だがーーただそこにあるだけで、空気がわずかに張り詰めている。
「店主‥‥‥その剣を、見せてもらってもいいですか?」
「ああ?」
店主がちらりと振り返る。
そして、少しだけ目を細めた。
「悪いが、そいつは売りもんじゃねぇ」
はっきりと言い切る店主。
「‥‥‥そうですか」
アーサーは小さく頷く。
だがーー視線は外さない。
蓮が声をかける。
「アーサー。他にもあるだろ。別のにしようぜ」
「いえ‥‥‥‥」
アーサーは、ゆっくりと首を振った。
「"あの剣"がいいです」
その声には、珍しく迷いがなかった。
(‥‥‥珍しいな)
蓮はわずかに眉をひそめる。
普段なら、無理を通すタイプではない。
「店主‥‥‥せめて、見せてもらうだけでも」
「ダメだ」
即答だった。
「兄ちゃん、その剣はな」
一瞬、言葉を切る。
「ーー俺のもんじゃねぇ」
店の空気が、わずかに変わる。
アーサーの指先が、わずかに動いた。
アーサーの視線は、その剣から離れない。
まるでーー呼ばれているかのように。
(‥‥‥なんだ、この感覚)
蓮は小さく眉をひそめる。
ただの剣じゃない。
理屈ではなく、本能がそう告げていた。
風もないのに、
剣の周囲の空気だけが、わずかに揺らいでいるように見えた。
「アーサー、今日は帰ろう」
蓮がそう言い、渋々店を後にしようとした、その時だった。
「ーーおやおや」
場違いなほど穏やかな声が、店内に割り込んだ。
ぴたり、と空気が止まる。
入り口に立っていたのは、一人の男だった。
仕立ての良い服に身を包み、無駄のない所作。
その胸元には、小さな紋章が光っている。
ただの装飾ではない。
王都の人間なら、誰もが一目で分かる"証"。
ーーグラディウス商会。
武器流通の大半を握る、大商会の紋章だった。
その背後には、数人の取り巻き。
いずれも武装しており、ただの商人ではないことが一目で分かる。
「こんな場所に客が来ていたとは‥‥‥驚きましたねぇ」
男ーーヴェルナーは、口元に薄い笑みを浮かべた。
その視線は、値踏みするように店内をなぞっている。
「別に客じゃねぇ」
トリスタンが、短く吐き捨てた。
「これはこれは‥‥‥」
ヴェルナーの笑みが、わずかに深くなる。
「こんな店で武器を買う者など、そうはいないでしょうからねぇ」
くっくっと、取り巻きたちが笑う。
蓮は小さく舌打ちした。
(………感じの悪い連中だな)
ヴェルナーはゆっくりと歩みを進める。
靴音が、やけに静かな店内に響いた。
「相変わらずですねぇ、トリスタン」
「ガラクタばかり‥‥‥どれも品がない」
その言葉に、空気がわずかに軋む。
だが、トリスタンは何も言わない。
ただ、酒瓶を傾けるだけだった。
「なぁ、トリスタン」
ヴェルナーが一歩、距離を詰める。
「立ち退きの件ーーどうなりました?」
返答はない。
沈黙。
「‥‥‥返事くらいは、していただきたいものですが」
ヴェルナーは肩をすくめる。
「ここは我々が買い取る予定の場所でしてね」
その言葉に、蓮の眉がぴくりと動く。
(買い取り‥‥‥‥?)
「商売というのはですねぇ」
ヴェルナーはゆっくりと言葉を紡ぐ。
「"売れる物を作る"ことなんですよ」
「売らない職人などーーただの自己満足だ」
静かな断定。
反論の余地すら与えない、冷たい理屈だった。
その時だった。
ヴェルナーの視線が、ふと止まる。
店主の背後。
あの剣。
「‥‥‥ほう」
わずかに、目が細められる。
先ほどまでの余裕とは、ほんの少し違う色が混じっていた。
「それは‥‥‥」
一歩、踏み出す。
トリスタンが、わずかに視線だけを動かした。
「‥‥‥触るな」
低い声だった。
その一言で、空気が変わる。
ヴェルナーは足を止めた。
だがーー
口元の笑みは、消えない。
「売り物ではない、ですか」
「なるほど‥‥‥」
ゆっくりと頷く。
「売れない"理由"が、あるわけだ」
その視線が、剣からアーサーへと移る。
「ーー君」
穏やかな声で呼びかける。
「その剣に、興味があるのですか?」
一瞬の間。
アーサーは、迷わなかった。
「はい」
短く、はっきりとした返答。
その瞬間。
店の空気が、さらに張り詰めた。
蓮が一歩、前に出る。
(‥‥‥なんか、嫌な流れだな)
ヴェルナーは、くすりと笑った。
「それはそれは‥‥‥」
「面白い」
その目は、もう"商人"のものではなかった。
値踏みする獣の目だ。
「ではーー」
ゆっくりと、言葉を落とす。
「その剣の"価値"」
「試してみますか?」
その一言で、空気が一変した。
奥で、トリスタンが小さく舌打ちする。
「‥‥‥やめとけ」
低く、重い声だった。
だがーー
アーサーは、一歩前へ出る。
視線は、剣だけを見ていた。
まるで、他のすべてが見えていないかのように。
その手がーー
ゆっくりと、伸びる。
(‥‥‥来るか)
蓮が、息を呑んだ。
ーーその瞬間だった。




