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王の褒美

歓声は、まだ鳴り止まない。


グランゼル王国最大の闘技場。

石造の観客席は満員で埋まり、その熱気は天井すら揺らしていた。


その中心ーー円形の闘技場の上に、ひとりの少女が立っている。


アーサー。


つい先ほどまで繰り広げられていた決勝戦。

彼女は強敵ランスロットを打ち破り、勝者となった。

本来であれば、歓喜の渦の中心にいるはずの存在。


だがーー

彼女の手には、剣がなかった。

いや、正確には。

折れたのだ。


最後の一撃を放った瞬間、彼女の剣は耐えきれず、音を立てて砕け散った。

勝利と引き換えに失ったものは、あまりにも大きい。

その残滓のように、彼女の右手には

まだ"剣を握っていた感触"だけが残っている。


「おい‥‥‥‥」


観客席の一角で、誰かが呟く。


「勝ったのに、あいつ‥‥‥」


「‥‥‥ああ」


別の男が、違和感を隠せないまま言葉を続ける。


「なんか、暗くないか?」


「普通、もっと喜ぶだろ‥‥‥」


ざわ‥‥‥‥ざわ‥‥‥‥


歓声の中に、微かなざわめきが混じり始める。

勝者らしからぬその佇まいが、観客たちの胸の小さな引っかかりを残していた。


「アーサー、よっぽどショックだったんだね」

ぽつりと、幼い声が落ちる。


声の主はマーリン。

小柄な少女の姿をした魔術師は、柵にもたれながら闘技場を見下ろしていた。

その隣で、腕を組んでいる男が一人。


蓮だ。

奴隷商人という異質な肩書を持つ彼は、

興奮とは無縁の冷めた視線でアーサーを見ている。


「‥‥‥‥まぁな」


短く答え、わずかに口元を歪める。


「勝ったのに、納得してない顔してるな」


その言葉は、あまりにも的確だった。



やがてーー

闘技場の上方。王族専用の観覧席から、ひとりの男がゆっくりと立ち上がる。


グランゼル王。


その存在だけで、空気が変わる。


ざわめきが波のように引いていき、

観客たちは自然と口を閉ざした。

王の一挙手一投足が、この場の"基準"だった。


「ーー見事であった」

低く、重みのある声が闘技場に響く。


「アーサーよ」


名を呼ばれ、アーサーはゆっくりと顔を上げる。

だがその瞳には、勝者の輝きはなかった。

ただ静かに揺れる、迷いの色だけがある。


「その力、この目で確かに見届けた」


王はそう告げ、わずかに間を置く。


そしてーー


「褒美を授与する」


従者が一歩前に出る。

その手にあるのは、小さな革袋と、

もう一つーー一枚の証書だった。


ただの紙ではない。


厚みのある素材に、王家の紋章が刻まれている。

魔術的な処理が施されているのか、光の加減でわずかに揺らめいて見えた。


「金貨百枚」


王が告げる。


ざわり、と観客席が反応する。

十分すぎる褒賞だ。


だがーー

王は続けた。


「そしてーー王直属の証」


従者が証書を掲げる。


「禁足地への立ち入りを許可する」


ざわっーー

今度のざわめきは、明確な動揺だった。


「禁足地‥‥‥‥?」

「あそこって立ち入り禁止じゃ‥‥‥」

「正気かよ‥‥」


グランゼルには"禁足地"と呼ばれる領域が存在する。

王国が管理する、極めて危険、あるいは重要な場所。

通常の人間が踏み入ることは許されない場所だ。


アーサーの視線が、その証明書に向けられる。

指先が、わずかに震えた。


「‥‥‥私に」


小さく、だが確かに問いかける。


「それを?」


王は静かに頷く。


「優勝するほどの力を持つ者ならば」


「禁足地に踏み入れる資格がある」


その言葉は称賛であり、同時に試しでもあった。

そして王は、わずかに目を細める。


「もっとも」


一拍の間。


「戻ってこられるかはーー別の話だがな」


空気が、凍る。

歓声の余韻すら、一瞬で消えるようだった。

アーサーは、しばらく動かなかった。

その証明を見つめたまま、考えるように。


やがてーー

ゆっくりと手を伸ばす。


「‥‥‥受け取ります」


短く、静かな声。

だが、その奥には確かな決意があった。


証書が手渡される。

たった一枚。

だがそれは、境界を超える権利であり、

同時にーー戻れなくなる可能性を孕んでいた。


「ずいぶん物騒な"ご褒美"だな」

エルメスが小さく呟く。

その口元には、いつもの薄い笑み。


「ねー」

マーリンも軽く同意する。


「絶対、普通の場所じゃない気がするね」


蓮は肩をすくめた。


「まあいいか」


視線はアーサーではなく、

その手にある証へ向けられている。


「行ける場所が増えるのはーー悪くないかな」


再び、闘技場に歓声が戻る。

勝者を称える声は、先ほどよりも大きい。


だがーー

その中心に立つ少女だけが、

まるでその音から切り離されたかのように、

静かに立ち尽くしていた。


ーーその手に、もう剣はないまま。



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