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戦う理由

薄暗い通路。

闘技場へと続く石の廊下に、重い足音が響いていた。


ドン‥‥‥ドン‥‥‥。


一歩ごとに、空気が沈む。

その先で、男が笑った。


「くくく‥‥‥」


金の匂いが染みついたような声。


「次で勝てば、優勝だ」


奴隷商人が、ゆっくりと振り返る。


「分かっているな?」


ランスロットは、何も言わない。

ただ、立っている。

その視線は、男ではなくーーもっと奥を見ていた。


「ここまで来たんだ。価値は証明された」


奴隷商人が、目を細める。


「だがなーー」


声が、低く落ちる。


「負ければ終わりだ」


沈黙。

石の壁に、その言葉だけが残る。


「‥‥‥優勝したら」


ランスロットが、静かに口を開いた。


「約束は、守ってもらう」


その声に、揺らぎはない。


奴隷商人は、一瞬だけ間を置きーー


「それは、お前次第だな」


くく、と喉を鳴らした。


「価値があれば、考えてやる」


興味を失ったように、背を向ける。

足音が、遠ざかる。


残されたのはーー


重い、静寂。

そして、小さな気配。


「‥‥‥‥ランスロット‥‥‥‥」

か細い声。


振り向くと、そこにいたのはーー

白銀の毛並みを持つ、獣人の少女。


「‥‥‥‥無理、してない?」


不安そうな瞳。

小さく握られた手。


ランスロットの巨体が、ゆっくりとしゃがみ込む。

視線を、合わせる。


「大丈夫だ」


低く、ただ優しい声。


「メアリー」


その名を、確かめるように呼ぶ。


「必ず‥‥‥仲間の元に、返してやる」


少女の瞳が、揺れる。


「‥‥‥本当?」


一瞬の沈黙。

ランスロットは、ほんのわずかに笑った。


「ああ」


大きな手が、そっと頭に触れる。


「大丈夫だ」


「俺がーー何とかする」


その言葉に、迷いはなかった。

根拠も。

保証も。

何もない。


それでもーー

信じさせる声だった。


メアリーが、小さく頷く。


「‥‥‥うん」


その瞬間。

遠くから、歓声が響いた。

次の試合を告げる、ざわめき。

ランスロットは、ゆっくりと立ち上がる。

振り返らない。

背中で、語る。


(負けられない)


理由は、一つでいい。


(守る)


それだけでーー十分だ。


ドン、と。

一歩、踏み出す。

その足音が、廊下に響く。


重く。

揺るがす。


まるでー

"覚悟"そのもののように。


***


ーー昔。


村の外れ。

木々に囲まれた、小さな小屋。

誰も近づかない場所。

そこに、ランスロットは一人で住んでいた。


黒い毛並み。

それだけで、理由は十分だった。


「………また来たのか」


扉の前に立つ、小さな影。

白銀の毛並みの少女が、にこりと笑う。


「うん!」

迷いのない返事。


「来るなって言っただろ」


「でも、来たよ?」


「そういう問題じゃない」


はぁ、と息を吐く。


少女ーーメアリーは、気にした様子もなく中に入ってくる。


「今日ね、パンもらったの!」


「‥‥‥‥だからなんだ」


「一緒に食べようと思って!」


差し出される、小さな包み。

ランスロットは、しばらくそれを見つめーー


「‥‥‥勝手にしろ」


背を向ける。


だが、その日からだった。

気づけば、毎日のように訪れるようになった。


晴れの日も。

雨の日も。

風の日も。


「ランスロットー!」


名前を呼ぶ声が、当たり前になる。


「今日はね、村でこんなことがあってねーー」


どうでもいい話を、延々と続ける。


「‥‥‥うるせぇ」


そう言いながらもーー

言い返さなかった。


やがて。


それが、"日常"になった。



ある日。


「今日ね、おばあちゃんの体調が悪いんだって」


メアリーが、少しだけ真剣な顔をする。


「だから、お薬取りに行くの」


「‥‥‥どこにだ」


「村の外れ」


その言葉に、ランスロットの眉が動く。


「やめとけ」

短く、言う。


「人攫いが出るって話だ。近づくな」


メアリーは、少しだけ困った顔をしてーー


「でも‥‥‥おばあちゃん、苦しそうだったし」


迷い。


それでもーー


「すぐに帰ってくるから!」


笑った。

そのまま、走っていく。


「おいーー」


呼び止める声は、届かない。

その背中が、木々の向こうに消える。


ーーそして。




帰ってこなかった。




日が落ちる。

夜になる。

それでも、来ない。

胸の奥が、ざわつく。

嫌な予感が、消えない。


その時ーー


ドンッ!!、と扉が叩かれた。


「おい!!」


乱暴に開かれる扉。

村の者たちだった。


「メアリーをどこにやった!!」


怒号。


ランスロットは、眉をひそめる。


「‥‥‥知らない。」


「惚けるな!!」


「お前のところに頻繁に行ってたって話は聞いているんだ!!」


「だからなんだ」


「お前だろ!!」

指を突きつけられる。


「この"不吉の象徴"が!!」


その言葉にーー

一瞬だけ、空気が凍る。


「‥‥‥‥俺は」


静かに、口を開く。


「知らない」


「何があったんだ」


だが、その言葉は届かない。


「ふざけるな!!」


「お前しかいないだろ!!」


疑い。

怒り。

決めつけ。


浴びせられる罵詈雑言。


(‥‥‥‥まさか)


胸の奥が、冷たくなる。

嫌な予感が、確信に変わる。


その瞬間。


「どいてくれ‥‥‥」

ランスロットは村人を押し退けた。


「ちょっ‥‥‥おい!」


ランスロットは、走り出していた。


***


森を駆ける。

枝を踏み、土を蹴り、ただ前へ。


「メアリー!!」


叫びが、木々に吸い込まれる。


返事は、ない。


ただ、残るのはーー

荒れた足跡。

引きずられた跡。


(‥‥‥確かにいた)


直感だった。



そしてーー

見つけた。


開けた場所。


人間の男が、二人。

その足元にーー


「‥‥‥‥っ」


白銀の毛並み。

ぐったりとした、小さな体。


「メアリー!!」


踏み込む。


だがーー


「チッ、もう来やがったか」


男が舌打ちをする。


「黒かよ。めんどくせぇな」


「まぁいい、商品は手に入った」


その言葉。

ランスロットの中で、何かが切れる。


「‥‥‥返せ」


低い声。


「それは無理な相談だ」

男が笑う。


「こいつはもう"商品"だ」


「金になる」


その瞬間。

地面が、爆ぜた。


ーードンッ!!


一歩で間合いを詰める。

拳が、振り抜かれる。


男の体が、吹き飛ぶ。


「がっはーー!?」


もう一人も、次の瞬間には地面に沈んでいた。

息をする暇すらない。

圧倒的な暴力。


だがーー


「‥‥‥はぁ‥‥‥‥はぁ‥‥‥‥」


ランスロットは、すぐに振り返る。


「メアリー‥‥‥!」


駆け寄り体を抱き上げる。


「‥‥‥‥っ‥‥‥‥」


かすかな呼吸。

生きている。



だがーー

手首に、鉄の輪。

首にも。


そして鎖。



(‥‥‥クソが)


「こんな物すぐに取ってやるからな」


その時だった。


「無理に外そうとしない方がいいぞ?」


別の声。

振り向く。


そこにいたのはーー

一人の男。


整った服。

冷たい目。


「随分と荒っぽいな」


奴隷商人だった。


「その子は、もう俺の商品なんだが?」


ランスロットの視線が、鋭くなる。


「‥‥‥返せ」


同じ言葉。


だがーー

今度は、通じない。


「無理だな」


あっさりと、切り捨てられる。


「なら力づくで返してもらう」

ランスロットのプレッシャーが跳ね上がった。


「おいおい、その子の命は俺が握っているのを忘れるな」


「‥‥‥‥っ!?」


「奴隷契約をもう済ませている。それにその首輪は特注でな。

 私に何かあったらそいつの首は吹き飛ぶぞ。」


「そんな道具‥‥‥聞いたことがない」


「いや‥‥あるんだよ。そういうマジックアイテムが」


たとえ、はったりだとしても、

ランスロットは手を出せなかった。


「獣人族は高く売れる」


男は、顎をさすりながら言う。


「金なら出す」

即答だった。


奴隷商人が、わずかに笑う。


「ほう?」


「いくらだ」


沈黙。


そしてーー

提示された額。


桁が、違った。

村一つ売っても足りない。


そんな金額だった。


「‥‥‥‥無理だな」


自分でも、分かる。


だがーー


それでも。


「‥‥‥っ」


歯を食いしばる。

その様子を見て、奴隷商人が口元を歪めた。


「では、こうしよう」


興味を持ったように。


「お前が、代わりに奴隷になれ」


「‥‥‥‥」


「そうすれば、その子は"売らずに置いてやる"」


軽い口調。

だが、その中身はーー


絶対の束縛。

自由の剥奪。

一生。


それでも。


ランスロットはーー

迷わなかった。


「‥‥‥分かった」


即答だった。


奴隷商人の目が、わずかに見開かれる。


「ほう‥‥‥‥」


予想以上だったのか。


だが、すぐに笑う。


「いいだろう」


「契約成立だ」


鎖が、鳴る。


ジャラ‥‥‥


ランスロットの腕に、つけられる。

冷たい鉄。

重い感触。


それはーー



"奴隷の証"。



だが。


ランスロットは、視線を落とさない。

ただ一つ。


腕の中の少女を見る。


「‥‥‥必ず」

小さく、呟く。


「返してやる」


その言葉はーー

誰に向けられたものでもない。


ただの、誓いだった。





そしてーー現在。



サルサの声が響く。


「お待たせしましたぁぁぁ!!決勝戦!!!」


アーサーとランスロットが闘技場の中央に集まった。

観客の歓声がすごい。

盛り上がりは最高潮。

お互いが顔を見つめる。


「悪いが‥‥‥勝たせてもらう」


ランスロットが勝利宣言をする。


「それは私も同じこと‥負けません!!」




サルサの声が響く。

「それではぁぁ!!試合開始ィィィィィ!!」





ーードンッ!!


その瞬間。


地面が爆ぜた。


「ーーッ!?」


一歩。


それだけで距離が消える。


ランスロットの拳がーー振り抜かれる。


空気が、裂ける。


だがーー


ーーキィン!!


火花が、散った。

アーサーの剣が、それを受け止める。


衝撃が、闘技場を揺らす。


「‥‥‥‥っ!」


観客のざわめきが、一瞬で消える。




力と技が

正面から、ぶつかった。












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