優勝候補
「ーー試合、開始ィィィィィィィッ!!」
サルサの声が、闘技場に響き渡った。
ドンッ!!
次の瞬間ーー
鋼斧のガルドが、地面を砕くように踏み込む。
「オラァァァァッ!!」
振り上げられる大戦斧。
空気を裂きながら、アーサーへと叩きつけられる。
だがーー
キィンッ!!
「なっ!?」
斧はーー逸れていた。
アーサーの剣が、かすかに触れただけで、
その軌道が外れている。
「‥‥‥今のは‥‥‥‥」
観客席がざわつく。
「たまたまか?」
「いや、偶然だろ‥‥」
ガルドがニヤリと笑う。
「運がいいなァ!!」
再び、斧を振り上げる。
先ほどよりも速く、重い一撃。
ーーだが。
キィンッ!!
「‥‥‥は?」
またしても、逸らされる。
「おい‥‥」
「今のもか‥‥?」
ざわめきが、わずかに変わる。
(違う‥‥‥あれは偶然じゃない)
蓮が、目を細めた。
ガルドの表情が、わずかに歪む。
「チッ‥‥‥‥!」
苛立ちを滲ませながら、斧を振るう。
横薙ぎ。
振り下ろし。
叩きつけ。
力任せの猛攻。
だがーー
キィン!キィン!キィン!!
すべてが、いなされる。
最小限の動きで、
無駄なく、正確に。
(あ‥当たらねぇ‥‥‥!?)
明らかに焦っている。
ガルドの額に、汗が浮かぶ。
呼吸が乱れ始める。
対するアーサーはーー
一歩も退いていない。
ただ静かに、攻撃を捌き続けている。
(見えているのか‥‥‥全部)
蓮の口元が、わずかに上がる。
空気が、変わる。
観客たちも気づき始めていた。
ーーこれは、拮抗じゃない。
一方的だった。
「くそがァァァァ!!」
ガルドが叫ぶ。
全力の力を込め、
渾身の一撃を振り下ろす。
「潰れろォォォォォ!!」
ーーその瞬間。
「終わりです」
静かな声が、落ちた。
アーサーが、一歩踏み込む。
ーー速い。
見えた者は、ほとんどいなかった。
ズバッ!!
一閃。
次の瞬間ーー
ガルドの巨体が、ゆっくりと崩れ落ちた。
「ーーし、勝者ァァァァァァァァ!!」
一拍の静寂。
そしてーー
「アーサァァァァァァァァッ!!!」
歓声が爆発する。
「な、なんだ今のはァーーッ!!?」
サルサの声が裏返る。
「優勝候補を!!たった一撃で!!」
「無名の剣士が!!圧勝ォォォォォ!!」
ざわめきが広がる。
「今の見えたか‥‥‥?」
「いや‥‥速すぎて‥‥」
「なんなんだあの女‥‥‥」
評価が、一気に塗り替わる。
観客席ーー
「やるじゃねぇか」
蓮が、ニヤリと笑う。
「当然」
マーリンが小さく呟く。
「アーサーだから」
その視線の先ーー
アーサーは、静かに剣を納めていた。
息一つ乱れていない。
ただーー
次の戦いを見据えていた。
***
観客席の一角ーー
一人の獣人が、静かに闘技場を見つめていた。
黒い毛並み。
ランスロット。
その視線は、ただ一人ーー
アーサーへと向けられている。
「‥‥‥あの女‥‥‥」
低く、呟く。
「やはり‥‥‥只者じゃない」
先ほどの一戦。
圧倒的だった。
力でも、速度でも‥‥‥
もっと別の何かが
(‥‥違う)
ランスロットの目が細くなる。
(あれは、まるで‥‥‥)
無駄がない。
迷いがない。
ーー"死"を知っている動き。
今まで戦ってきた連中とは、明らかに違う。
拳を、ゆっくりと握る。
(いったいどんな修羅場を潜り抜けてきたのやら‥‥)
「‥‥面白い」
心臓が、わずかに高鳴る。
それは恐怖ではない。
ーー警戒。
そして、わずかな高揚。
(あの女も‥‥‥)
一瞬、言葉を飲み込む。
("こっち側"か)
歓声の中、
静かに佇むアーサーを見据えながらーー
ランスロットは、静かに理解した。
この大会で、
自分が本気で戦うべき相手が現れたことを。
***
試合終了後ーー
控えスペース。
ざわ‥‥‥ざわ‥‥‥
小さなざわめきが、広がっていた。
「おい‥‥‥さっきの見たか?」
「ああ‥‥優勝候補を一撃って‥‥‥」
「なんなんだ、あの女‥‥‥」
視線が集まる。
好奇。
警戒。
そしてーー興味。
だが、その中心にいる当の本人はーー
「‥‥‥‥」
アーサーは静かに剣を手入れしていた。
周囲の声など、まるで気にしていない。
(‥‥‥やっぱり。まだ足りない)
ただ、自分の一撃を思い返している。
そんな中ーー
「ねぇ」
ふいに、声がかかった。
顔を上げる。
そこには、一人の女性が立っていた。
軽装。
無駄のない体つき。
そしてーー
鋭い目。
「アンタ、さっきの試合の子でしょ?」
「‥‥‥‥はい」
短く答えるアーサー。
女は、じっと見つめてくる。
値踏みするような視線。
「へぇ‥‥‥」
口元が、わずかに歪む。
「見た目は普通なのにね」
「優勝候補を一撃、か」
一歩、距離を詰める。
「‥‥‥本気、じゃなかったでしょ?」
その一言でーー
空気が、変わった。
周囲のざわめきが、少しだけ止まる。
「‥‥‥‥どういう意味ですか?」
アーサーの声は、静か。
だが、ほんのわずかに鋭さが混じる。
女は笑った。
「そのままの意味よ」
「アンターーまだ、余力あるでしょ?」
確信めいた声。
沈黙。
数秒の間。
「‥‥‥どうでしょう」
アーサーは、わずかに視線を逸らす。
「自分では、よく分かりません」
「ふーん」
女は興味深そうに目を細める。
「まぁいいわ」
踵を返す。
「でもーー」
足を止めずに、言った。
「次、当たったら手加減しないでよ?」
一瞬だけ、振り向く。
その目にはーー
明確な"戦意"。
「私も、本気でいくから」
そう言い残し、去っていった。
再びざわめきが戻る。
「誰だ、あれ‥‥‥」
「結構やる奴だぞ‥‥‥確か‥‥‥」
ヒソヒソとした声。
だがアーサーはーー
「‥‥‥‥‥」
ただ静かに、その背中を見ていた。
(‥‥‥強い)
直感だった。
言葉よりも先に分かる。
ーーあれは、戦う者の目だ。
ゆっくりと剣を握る。
(‥‥‥‥負けない)
静かに、闘志だけが燃えていた。




