闘技開幕
剣闘大会まで、残り一ヶ月。
朝ーー
「‥‥‥‥は?」
蓮は、目の前の光景に言葉を失った。
「ど、どうしたんだ!?アーサー!?」
「おはようございます、マスター」
当の本人は、いつも通り落ち着いた様子で頭を下げる。
「何かありましたか?」
「何かってーー」
蓮は指をさす。
「髪だよ!髪!!どうしたんだそれ!!」
「ああ、これですか」
アーサーは軽く自分の髪に触れた。
かつて腰まであった金色の長髪は、バッサリと切られ、
肩にかかる程度の長さになっている。
「セシルさんにお願いして、切っていただきました」
「えぇぇぇぇ!?」
蓮が大げさに叫ぶ。
「いいのか!?あんな綺麗な髪だったのに!」
「はい」
アーサーは、迷いなく頷いた。
「剣闘大会に向けて‥‥‥気合いを入れる意味でもありますし」
「それに、この方が動きやすいので」
「‥‥‥なるほど」
「アーサー、似合ってる」
マーリンが即座に言う。
(確かに‥‥めっちゃ似合ってる)
「‥‥‥ありがとう」
わずかに照れたように視線を逸らすアーサー。
その時ーー
「皆さん!おはようございます!」
明るい声とともに、セシルとエルメスが現れた。
「アーサーさん!やっぱり似合ってますねー!」
セシルは満足そうに頷く。
「いい仕上がりだろう?」
「いや美容師みたいな顔すんなよ師匠‥‥‥‥」
蓮は小声でツッコむ。
「さて」
エルメスが表情を切り替える。
「アーサー」
「はい」
「剣闘大会まで一ヶ月を切った」
その声に、空気がわずかに引き締まる。
「そろそろ、出場登録に行こうか」
「‥‥‥分かりました」
「それとーー」
エルメスが付け加える。
「大会で使用する武器も、あらかじめ登録が必要になるがー」
エルメスはアーサーの腰にさしている剣をちらっと見る。
「随分と質素な剣だが」
「その剣で出るつもりかい?」
「師匠!!ひどっ」
蓮がそれを聞いて思わずツッコむ。
「いえ。これでいきます」
アーサーが大事そうに剣の柄を撫でる。
「どうして武器の登録が必要なの?」
マーリンが不思議そうにエルメスに聞いた。
「いい質問だ。」
「魔法付与した武器と、銃や弓のような飛び道具は使用は禁止されている」
「だからこそ、事前に使用する武器を登録する必要がある」
「‥‥‥あくまで、剣と拳で競う大会だからね。」
「なるほど!」
「では!行こうか」
***
王都グランゼルーー大闘技場。
巨大な円形の建造物の前には、すでに多くの人影が集まっていた。
ざわめき。熱気。視線。
「すげぇな‥‥‥‥」
蓮が周囲を見渡す。
「こんなに集まるのかよ」
「はい!」
セシルが嬉しそうに頷く。
「この国で一番大きなイベントですからね!」
周囲にはーー
人間族だけでなく、ドワーフ、エルフ、そして様々な異種族の姿があった。
「‥‥‥‥ん?」
その中で、蓮の視線が止まる。
「あれは‥‥‥」
「獣人族ですね」
エルメスが答える。
「彼らは身体能力が高い。剣闘士として重宝されているよ」
黒い耳。大きな体格。
そしてーー腕に巻かれた鎖。
「‥‥‥‥奴隷か」
蓮が小さく呟く。
「この国では珍しくない」
エルメスは、淡々と答えた。
「興行として成立している以上、ね」
その言葉には、感情がなかった。
「‥‥‥‥」
蓮は何も言わなかった。
「マスター」
振り向くと、アーサーが戻ってきていた。
「登録、完了しました」
「お、早いな!」
「これで出れるな」
その時ーー
「おいおい」
横から声がかかる。
「こんな嬢ちゃんまで出るのかよ?」
振り向くと、三人組の男がニヤついていた。
装備からして、おそらく冒険者だろう。
「大丈夫か?」
一人が笑う。
「一発で終わりそうだぜ?」
「‥‥‥‥‥」
アーサーは、静かに彼らを見る。
「よかったらよぉ」
別の男が舌なめずりをする。
「俺たちが"優しく"教えてやってもいいぜ?」
「手取り足取りな」
下卑な視線が、アーサーをなぞる。
ーーその瞬間。
空気が、わずかに変わった。
「いえ」
アーサーが、口を開く。
その声は、静かだった。
だがーー
「いえ。結構です」
はっきりとした拒絶。
「私は、マスターと鍛えていますので」
「‥‥‥は?」
男たちの顔が歪む。
「なんだと?」
一歩、踏み出そうとしたその時ーー
「やめとけ」
蓮が一歩、前に出る。
「あぁん!!なんだクソガキ!」
男たちは蓮を睨みつける。
その時ーー
「ひぃぃ!!おい!おい!」
男の一人が何かに怯えた。
アーサーの背後ーー
そこには、笑っているはずなのに"笑っていない"二人の姿があった。
マーリンとセシルだ。
「ねぇ‥‥あの人たち消し炭にしてもいいかな?」
「ダメだよ‥‥‥マーリンちゃん。あの方達は、奴隷になってもらって
強制労働ですねぇ」
(いやいや‥‥‥めっちゃ怖いこと言ってるあの二人)
軽く笑いながら言う。
だがその目は、笑っていない。
「‥‥‥‥チッ」
男たちは舌打ちし、興味を失ったように去っていく。
静寂が戻る。
「‥‥‥大丈夫か?」
蓮が聞く。
「はい」
アーサーは、まっすぐ頷いた。
一瞬だけ、蓮の目を見る。
その後ーー
ゆっくりと視線を闘技場へ向けた。
「‥‥‥必ず、勝ちます」
その言葉にーー
迷いはなかった。




