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剣と拳

 王都グランゼル。

 栄光と欲望が渦巻くこの都、蓮とエルメスは拠点としている。


その一角ーー闘技演習場。


金属のぶつかる音が響く中、四人の姿があった。


蓮、マーリン、アーサー、そしてエルメス。


「どうだい、アーサー」

エルメスが軽く手を広げる。


「ここなら、剣術の修練には申し分ないだろう?」


整備された地面。

耐久性の高い人型の演習人形。

そして、常に張り詰めた空気。


「‥‥‥‥はい。エルメス様」

アーサーは静かに頷く。

これまで野外で修練を続けてきた彼女にとって

ここはまるで別世界だった。


「ふぅ‥‥‥」

ゆっくりと息を吐く。

周囲の空気が、わずかに引き締まった。


「ではーー」

剣を構える。


「参ります」


その構えに、一瞬の"静"が宿る。


「アルトリア流剣術ーー」

踏み込み。


「獅子王斬ーー!!」


ーーズバァツ!!

空気を裂く音と共に、演習人形が真っ二つに裂けた。

断面が、わずかに遅れて崩れ落ちる。


「‥‥‥‥ほう」

エルメスが目を細めた。


「今のは、なんだい?」


純粋な興味。

アーサーが、わずかに戸惑いながら答える。


「えっと‥‥‥マスターが、"技は名乗った方がいい"と‥‥‥」


「蓮?」

視線が集まる。


「師匠!」

蓮が胸を張る。


「絶対そっちの方がカッコいいじゃないですか!」


「‥‥‥‥‥」


一瞬の沈黙。


「マスターの悪い癖‥‥‥」


マーリンが呆れたようにため息をつく。


「実戦では無駄な行為。」


「そんなこと言うなよ」


「そうでもないさ」

エルメスが口元を緩める。


「見せる戦い、と言うのもある」


ちらり、と闘技場の外へ視線を向ける。


「特に、この国ではね」


その一言に、わずかな"含み"があった。


「そういえばーー」


エルメスが話題を変える。


「君たち、近々開催される剣闘大会は知っているかい?」


「剣闘大会‥‥‥?」


アーサーが反応する。


「年に一度、このグランゼルで行われる大規模な催しだ」


「腕に覚えのある者なら、種族を問わず参加できる」


「優勝者には、相応の"報酬"も与えられる」


「へぇ‥‥‥」

蓮が興味を示す。


「いろんな奴と戦えるってことですよね?」


「ああ」

エルメスは微笑む。


「強者同士が、観客の前でぶつかり合う」


「この国でも、屈指の人気行事だよ」

その言葉の裏にある"熱狂"を、誰もまだ知らない。


「‥‥‥‥それは、興味がありますね」


アーサーが小さく呟く。


「だろう?」


エルメスが頷く。


そしてーー


「どうだい、アーサー」


「出てみる気はないか?」


「‥‥‥‥え?」


思わぬ言葉に、アーサーの動きが止まる。


「今の一撃を見て確信した」


エルメスの目が、鋭く細められる。


「君には、その資格がある」


「い、いや‥‥‥私はまだ‥‥‥‥」


迷い。


だがーー

「いいじゃん!アーサー!」

蓮が笑う。


「せっかくなんだし、やってみなよ!」


「うん‥‥‥見てみたい」

マーリンも、珍しく素直に言った。


「君の剣が通用するのか見てみたい」

エルメスは胸を張り言った。


その言葉に、アーサーの指先がわずかに震える。


(………私の、剣)


視線を落とす。

握っている剣。


それからーー

ゆっくりと顔を上げた。


「‥‥‥分かりました」

小さく、だが確かな声。


「挑戦してみます」


「決まりだね」


エルメスが満足げに微笑む。


その目の奥にーー

ほんのわずかな、別の意図を宿しながら。


***


 地下闘技場。


光の届かない檻の中、鉄と血の匂いが淀んでいる。

鎖に繋がれたまま、ランスロットは立っている。


黒い毛並み。

その異質さは、この場所でも浮いている。


「‥‥‥いい加減にしろ」

低く、押し殺した声。


「仲間を、解放しろ」


鉄格子の向こうで、男が鼻で笑う。


「ふん‥‥‥‥」


肥えた体を揺らしながら、奴隷商人は近づいた。


「まだそんなことを言っているのか」


「俺は‥‥‥お前の言う通り戦っている」

ランスロットの拳が、わずかに震える。


「勝ち続けている。条件は満たしているはずだ」


「条件?」


男は、ゆっくりとしゃがみ込む。

檻越しに、ランスロットの目を覗き込んだ。


「勘違いするな」


その声は、ひどく冷たい。


「お前に"約束"などしていない」


「ーーっ」


空気が、凍りつく。


「お前はただの"駒"だ」


男の口元が歪む。


「いつ牙を剥くか分からん獣を、どうして簡単に自由にする?」


ランスロットの喉が、かすかに鳴る。

視線が、奥へ向く。


暗闇の中ーー

同じ黒の毛並みを持つ、小さな影。

鎖に繋がれ、動かない。


(‥‥‥‥生きている)


それだけで、十分だった。


「‥‥‥俺は裏切らない」

低く言う。


「だからーー」


「信用できるか?」


言葉を遮るように、男が笑う。


「"厄災の証"がか?」


その一言で。

空気が、軋んだ。

ランスロットの瞳が、わずかに揺れる。

だがーー何も言わない。


「まぁいい」


男が立ち上がる。


「ちょうどいい玩具がある」


振り返りもせずに言い放つ。


「近々、このグランゼルで大きな剣闘大会がある」


「‥‥‥‥」


「そこで優勝しろ」


短い命令。

だが、重い。


「それが出来たらーー」


一拍、間を置く。


「"考えてやる"」


「‥‥‥‥本当だな」


ランスロットの声が低くなる。


「約束しろ」


「ははっ」

男は笑った。


「立場をわきまえろ、獣」


冷たい視線。


「お前に選択肢はない」


沈黙。

握り締めた拳から、血が滲む。

それでもーー


「分かった」


絞り出すように、言う。


その瞬間。

奥の檻の中で、小さな影が、かすかに動いた。

それだけでいい。

それだけでーー

戦う理由になる。


「いい顔だ」


奴隷商人は満足げに笑う。


「せいぜい、観客を楽しませてこい」


足音が遠ざかる。

静寂。

ランスロットは、ゆっくりと目を閉じた。


(‥‥‥勝つ)


拳を握る。


(勝ち続ける)


その奥でーー

何かが、軋んでいた。







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