初陣
白い光が弾けた。
次の瞬間ーー
重力が戻る。
「っーー!?」
ドサッ、と音を立てて地面に叩きつけられる。
「いっ‥‥‥てぇ‥‥‥‥!」
翔が顔を上げる。
そこは、見知らぬ森だった。
高く伸びた木々。
湿った土の匂い。
遠くで鳴る、聞いたことのない生き物の声。
「ここ‥‥‥‥」
ひなが不安そうに周囲を見渡す。
「異世界‥‥‥‥?」
その呟きに、誰も否定できなかった。
「おおおおお‥‥‥‥来ちゃいましたですぅ‥‥‥‥」
場違いな声。
三人が振り向くとーー
そこには、小さな羽の生えた少女がいた。
ふわふわと宙に浮きながら、涙目でこちらを見ている。
「‥‥‥誰だよお前」
翔が眉をひそめる。
「ひどいですぅ!」
「さっきまで一緒にいたじゃないですかぁ!
天界で会った天使ですぅ!」
胸を張る。
だが、威厳はゼロだった。
「‥‥‥ああ、あの"ポンコツ"か」
椿が冷たく言い放つ。
「ポンコツ言うなですぅ!?」
「私は立派な天使ーーエルミナですぅ!」
ビシッと指を立てる。
「えっと‥‥‥そのエルミナさん」
ひなが遠慮がちに口を開く。
「ここって、本当に異世界なんですか‥‥‥‥?」
「そうですぅ!」
元気よく即答。
「ここは人間界!あなた達が救う世界ですぅ!」
「いや説明雑すぎだろ」
翔がツッコむ。
「もっとこう、あるだろ。世界観とか設定とか」
「え、えっと‥‥‥」
エルミナが目を泳がせる。
「えーっと‥‥‥魔王がいてぇ‥‥‥人間と戦っててぇ‥‥‥」
「雑すぎる」
椿が即斬る。
「うぅぅ‥‥‥‥!」
涙目。
だが、ひなが一歩前に出た。
「あの‥‥‥」
小さな声。
「お兄ちゃんは‥‥‥どこにいるんですか?」
その言葉で、空気が変わる。
エルミナが一瞬だけ言葉に詰まる。
「えっと‥‥‥‥そのぉ‥‥‥」
目を逸らす。
「同じ世界にいるのは間違いないですぅ!」
「ただ‥‥‥‥」
「ただ?」
翔が睨む。
「場所までは‥‥‥分からないですぅ‥‥‥」
沈黙。
「‥‥‥使えねぇ」
ぼそり。
「ひどいですぅ!!」
エルミナが叫ぶ。
だが、椿が静かに口を開いた。
「‥‥‥‥いい」
低い声。
「どうせ探すから」
その目には、迷いがなかった。
「見つけてーー」
竹刀袋に手をかける。
「叩き斬る」
「怖いですぅこの人!?」
エルミナが震える。
ひなが慌ててフォローに入る。
「ち、違うんです!本当、椿ちゃんは優しくてーー」
「優しいですよ?」
椿が、即答する。
「ひな以外には」
「限定的すぎるですぅ!!」
騒がしい空気。
だが、その裏でーー
ガサッ。
草むらが揺れた。
「‥‥‥‥?」
翔の目が細くなる。
音は、一つじゃない。
複数。
囲まれている。
「おい‥‥‥」
低く呟く。
「説明は後だ」
空気が張り詰める。
木々の間からーー
黒い影が現れた。
獣のような姿。
赤い目。
牙を剥き、低く唸っている。
椿が黒い何かを捉えた。
「な、何っ!!」
エルミナが震える。
「魔物ですぅ!!」
黒い狼のような魔物がこちらを睨んでいた。
魔物は四体。おそらく群れで狩をするタイプだ。
完全に囲まれた。
椿が一歩前に出る。
静かに。
だが、確実に。
「ちょうどいい‥‥ちょっとむしゃくしゃしてたところよ‥‥」
竹刀袋から、ゆっくりと木刀を引き抜く。
「腕試しには」
空気が変わる。
「いい相手ね」
魔物が吠えた。
ガルゥゥゥゥッ!!
ーー戦いが、始まる。
***
ガルルゥゥゥゥッ!!
低く唸りながら、黒い魔狼が一斉に踏み込んだ。
「ーー来る!」
椿が踏み出そうとした、その瞬間。
「待て!!」
翔の声が鋭く響く。
椿の足が止まった。
「何よ」
「その木刀でやる気か!?」
翔が叫ぶ。
「相手は牙持ってんだぞ!?噛まれたら終わりだ!」
「じゃあどうすればいいのよ!!」
椿が噛み付くように言い返す。
「素手でやられろって言うの!?」
空気が張り裂ける。
その時ーー
「ステータスを確認するですぅ!!」
場違いな声。
エルミナが両手をぶんぶん振っていた。
「はぁ!?」
「いいからですぅ!頭の中で"ステータス"って念じるですぅ!」
「そんなゲームみたいなーー」
「いいから早く!!」
エルミナの叫びに、三人は一瞬だけ視線を交わす。
そしてーー
(ステータス‥‥‥‥)
次の瞬間。
視界に、光の板が浮かび上がった。
「なっーー」
翔が息を呑む。
数値。スキル。見たこともない文字列。
「これが‥‥‥」
ひなが震える声を漏らす。
「勇者の力‥‥‥‥」
椿の目が細くなる。
その中でーー
ひなの欄に、一つだけ異様な文字があった。
____________________
【支援魔法:<堕光>】
____________________
「‥‥‥‥なに、これ」
ひなが呟く。
「それですぅ!!」
エルミナが指を差す。
「それがあなたの力ですぅ!」
「支援魔法‥‥‥?」
「デバフ特化ですぅ!相手を弱体化させる最強系ですぅ!!」
「デバフ‥‥‥」
椿が反応した。
「強化はできないの?」
「できますぅ!」
エルミナが即答する。
「武器に付与すれば、"斬った相手を弱体化"できますぅ!」
「‥‥‥それ、使えるわね」
椿の目が変わる。
「ひな」
「えっ‥‥‥‥!?」
「やりなさい」
命令に近い声音。
「私の武器に」
ひなが一瞬、躊躇する。
だがーー
(‥‥‥お兄ちゃんを、助けるために)
ぎゅっと手を握る。
「‥‥‥‥やってみる」
目を閉じる。
意識を、スキルへ。
「<堕光>‥‥‥‥!」
その瞬間。
ひなの手に、淡い光が集まる。
黒にも、白にも見える不思議な輝き。
それがーー
椿の木刀へと、流れ込んだ。
ブゥン‥‥ッ
空気が震える。
木刀の輪郭が、歪む。
そしてーー
「‥‥‥‥なにこれ」
椿が呟く。
木刀の先端から、
光が、刃の形を成していた。
淡く揺らめく、光の刀身。
「‥‥‥‥斬れる」
椿は確信した。
翔がステータスで鞄の様な模様を押した。
目の前に、空間が歪んだ塊が現れた。
「‥‥‥なんだこれ」
エルミナが叫ぶ。
「それアイテムボックスですぅ!!」
「アイテムボックス?」
手をやる。
そこには、小さなナイフがあった。
「ナイフ‥‥‥?」
「最初から装備入ってるですぅ!」
「はぁ!?」
「説明遅ぇよ!!」
だが、翔はその一本を抜き取る。
軽い。
だが、バランスはいい。
「‥‥‥‥やるしかねぇか」
構える。
その瞬間ーー
ガアァァァァァァッ!!
魔狼が飛びかかった。
一体が、椿へ。
「遅い」
踏み込む。
光の刃が、閃いた。
ーーズバッ!!
空気ごと切り裂く音。
魔狼の体が、真横に裂けた。
「‥‥‥‥っ!?」
翔が目を見開く。
だが、それだけじゃない。
斬られた魔狼の動きがーー鈍る。
明らかに、弱っている。
「これが‥‥‥デバフ‥‥‥!」
ひなが息を呑む。
「いいじゃない」
椿が口角を上げる。
「気に入ったわ」
その目は、完全に"狩る側"のものだった。
残り三体。
だがーー
「行くぞ!!」
翔が地面を蹴る。
ナイフを構え、横から回り込む。
「援護しろ、ひな!」
「う、うん!!」
戦いは、もう始まっている。
ーーこれは、ただの初戦じゃない。
勇者としての、
最初の一歩だ。
ガァァァァァァァッ!!
残る三体の魔狼が、一斉に牙を剥いた。
「来るぞ!!」
翔が叫ぶ。
左右から二体。
正面に一体。
「挟み撃ちかよ‥‥‥‥!」
だがーー
「遅いって言ってるでしょ」
椿が踏み込む。
滑るような動き。
一歩で間合いに入り込む。
光の刃が、横薙ぎに走った。
ーーザンッ!!
一体の胴が裂ける。
同時に、魔狼の動きが鈍る。
「まだよ」
返す刃。
踏み込み、振り上げ〜ー
ーーズバァッ!!
二体目の首が飛んだ。
「‥‥‥‥は?」
翔が思わず声を漏らす。
「‥‥‥我が妹ながら強すぎだろ‥‥‥」
だが、残り一体。
それが翔へと飛びかかる。
「チッーー!」
ナイフを構える。
真正面。
逃げ道はない。
(来る‥‥‥‥!)
ーーその瞬間。
「翔くん!!」
ひなの声だった。
同時に、何かが飛んでくる。
ひなはそこらに落ちている石を魔狼に向かって投げつけた。
投げた石が、淡く光を帯びる
投げる石にまでもデバフが付与された
当たった瞬間、魔狼の動きが鈍る
「今!!」
「ーーっ!」
翔が踏み込む。
体当たり気味に懐へ潜り込みーー
ナイフを突き上げた。
ーーグサッ!!
鈍い手応え。
魔狼の喉に、刃が深く突き刺さる。
「ぐっ‥‥‥‥!」
押し込む。
さらに、もう一撃。
ーーズンッ!!
魔狼の体が、崩れ落ちた。
静寂。
荒い息だけが、その場に残る。
「‥‥‥‥はぁ‥‥‥‥はぁ‥‥‥‥」
翔がナイフを抜き、後ずさる。
倒れた魔狼を見下ろしてーー
「‥‥‥‥倒した、のか‥‥‥‥」
実感が遅れてやってくる。
血の匂い。
温度。
重さ。
ゲームなんじゃない。
「‥‥‥‥こんな奴らまでいるのか‥‥‥」
ぽつりと呟く。
「‥‥‥さすが、異世界だな」
その言葉に、誰も軽く返せなかった。
ひなは、ただ自分の手を見つめている。
「‥‥‥私‥‥‥やったんだ‥‥」
震える声。
椿だけが、いつも通りだった。
「ふぅん」
興味なさそうに魔狼の死体を見下ろす。
「こんなもの?呆気ない」
「いやいや基準がおかしいだろ‥‥」
翔がツッコむ。
「お前が強すぎるんだよ」
「そう?」
本気で分かっていない顔。
その温度差に、翔は小さくため息をついた。
「まぁ‥‥‥とりあえず」
周囲を見渡す。
もう気配がない。
「ここにいても仕方ねぇな」
ナイフをしまう。
「近くの街か村に行こうか」
「"エル"」
エルミナを見た。
「近くにあるか?」
「エル!!」
ぴっくっと肩を跳ねさせる。
「わ、私ですか!?」
「他に誰がいるんだよ‥‥‥」
翔が呆れる。
「エルミナって呼びづらいし」
「そうね」
椿も頷く。
「そっちの方がいいかも」
「はわわわっ‥‥‥!」
エルミナの顔が一気に赤くなる。
「わ、私‥‥‥あだ名で呼ばれたの初めてですぅ〜‥‥!」
「え、そうなの?」
ひなが首を傾げる。
「普段はなんて呼ばれてたの?」
「女神様からはーー」
エルミナが指折り数える。
「バカ天使やクズ天使‥‥‥ノロマ天‥‥‥」
「ストップ!!」
翔が即座に遮る。
「大丈夫!!それ以上は聞かなくていい!!」
「ひどいですぅ!!」
涙目で抗議。
だがーー
少しだけ。
場の空気が、緩んだ。
「‥‥‥で、どうなの?」
椿が話を戻す。
「街はあるの?」
「あ、ありますですぅ!」
エルミナが慌てて指をさす。
「この森を抜けた先に、小さな村がありますぅ!」
「徒歩でどれくらい?」
「えっと‥‥‥一時間くらいですぅ!」
「よし!行くか!」
翔が歩き出す。
その背中を見てーー
ひなが、小さく息を吐いた。
(‥‥‥お兄ちゃん)
胸の奥が、ぎゅっと締め付けられる。
(待ってて‥‥‥)
視線を上げる。
見知らぬ空。
見知らぬ世界。
でもーー
一歩は、踏み出した。
三人と一匹は、森の奥へと進み出す。
ーー勇者としての旅が、始まった。
この世界が、どんだけ狂っているのかも知らずに。




