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新しい勇者

蓮がいなくなって、三ヶ月が過ぎた。

その事実だけが、日常に重く沈んでいる。


「お兄ちゃん‥‥‥」


ぽつりと漏れた声。

藤崎ひなは、空を見上げたまま動かない。

帰ってくると信じている。

ーーだけど、何も変わらない現実だけが続いていた。


それでもーー


「‥‥‥いないんだよな」


低く呟いたのは神谷翔。

苛立ちを隠す気もなく、頭をかく。


「ひな、大丈夫。きっと生きてる」


その隣で、静かに声をかけたのはーー神谷椿かみやつばき

同じ中学の剣道部主将。

そして、ひなの親友。


「‥‥‥うん」


小さく頷くひな。

だが、その手はわずかに震えていた。

椿はそれを見逃さない。


(‥‥‥あの男)


脳裏に浮かぶのは、ひなの兄ーー蓮。


(ひなをこんな顔にさせて‥‥‥)


握る拳に、力が入る。


(会ったらーー斬る)


感情は、はっきりしていた。


「しかし‥‥‥蓮のやつ、どこ行ったんだよ」

翔がぼやく。


「これで全部?他に心あたりは?」

椿が翔に聞く。


「当たったよ。‥‥‥全部な」


「ちっ。使えない」

舌打ちが漏れる。


そのやり取りを聞きながら、ひながぽつりと呟いた。


「‥‥‥‥お兄ちゃん、どこ‥‥‥」


沈む空気。


ーーその時だった。


「見つけたのですぅ」


「‥‥‥え?」


間の抜けた声。


次の瞬間。

三人の足元に、巨大な魔法陣が展開された。

光が、一気に膨れ上がる。


「なっーー!?」


「まぶしっ‥‥‥‥!」


翔が目を細める。

ひなが、息を呑んだ。


「‥‥‥‥これ‥‥‥‥!」


震える声。


「あの時の‥‥‥‥!」


ーー三ヶ月前。

蓮を消した、あの魔法陣。


「はぁ!?何これ!?」


椿が叫ぶ。

だが、ひなは一歩前へ出ていた。


「お兄ちゃんに‥‥‥‥会える‥‥‥‥!」


その瞳に、迷いはない。


「ひな、待って!」


椿が腕を掴む。


「行っちゃだめ!!」


だが。


「ごめんね‥‥‥椿ちゃん」


振り払われる。


「ーーっ!」


届かない。


「お兄ちゃん!止めろ!」

椿が叫ぶ。

翔に向かって。

一瞬の沈黙。


そしてーー


「‥‥‥しゃーねぇな」


翔は苦笑した。


「バカを連れ戻しに行くか」


「はぁ!?正気!?」


椿が叫ぶ。

だが翔は、ひなの手を取った。


「一人で行かせるわけねぇだろ」


「‥‥‥‥うん!」


ひなが頷く。


ーー覚悟は決まっていた。

椿は、その光景を見て。

確信する。


(このまま行かせたらーー)


二度と、会えない。

そんな予感。

強烈な違和感。


そしてーー


「‥‥…はぁ」


深く、ため息をつく。


「ほんと、バカばっか」


竹刀袋を握り直す。


「ひなを泣かせた罪‥‥‥ちゃんと償わせるからね」


誰に向けた言葉かは、明白だった。


次の瞬間。

椿もまた、光の中へ踏み込む。

光が、弾けた。


ーーピカァァァァン!!


視界が白に塗り潰される。

音も、感覚も消えていく。


そしてーー

三人の姿は、その場から消えた。


***


白い光が、ゆっくりと収束していく。

足元の感覚が戻る。


「ーー成功したのですぅ!マリア様ぁ!」


間の抜けた歓声が響いた。


「当たり前でしょ」


即座に返る。冷たい声。


「こんなの出来て当然よ。バカ天使」


「ひどいですぅ!?」


三人の意識が、ゆっくりと現実に戻る。


「‥‥‥‥ここは」


翔が顔を上げた。

視界いっぱいに広がるのはーー白。

床も、壁も、空も。

すべてが淡く光る、不思議な空間。


「‥‥‥どこだよ、ここ」


「ひな、大丈夫?」


椿がすぐに手を差し出す。


「あ‥‥‥‥うん、大丈夫」


ひなは小さく頷いた。


その時。


「ようこそ」


澄んだ声が、空間に響く。

三人が同時に顔を上げる。


そこに立っていたのはーー

一人の女性。


長い金色の髪。

透き通るような肌。

そして、すべてを見下ろすような瞳。


「天界へ」


わずかに口元が歪む。


「歓迎するわ、勇者様方」


「‥‥‥‥は?」


翔が素っ頓狂な声を上げた。


「いやいやいや、ちょっと待て」


「勇者って何だよ」


女は気にした様子もなく続ける。


「ここは天界」


「そして私はーー女神マリア」


その名が落ちた瞬間。

空気が、わずかに重くなる。


"格"が違う。


それを、本能が理解していた。


「あなた達は選ばれたの」

「ーーこの世界に"必要とされた存在"としてね」


マリアが、三人を順に見渡す。


「異世界を救うーー勇者としてね」



沈黙。

そして。


「‥‥‥‥お兄ちゃんは?」


ひなが、真っ先に口を開いた。

その声は、震えていた。

マリアの視線が、ひなに向く。


「‥‥‥ああ」


一拍。


「いたわね、そんなの」


軽い声音。


「三ヶ月前に一人、同じように召喚されたわ」


翔の顔色が変わる。


「やっぱり‥‥‥!」


「で!?どこにいる!?」


食い気味に詰め寄る。

だが。

マリアは、少しだけ面倒そうに眉を寄せた。


「さあ?」


「もうこの天界にはいないわ」


「え‥‥‥‥?」


ひなの声が、かすれる。

マリアは肩をすくめた。


「とっくに下界に落としたもの」


「‥‥‥‥まあ」


ほんのわずかに、口元が歪む。


「低レベルの個体だったし?」


空気が、一瞬で凍る。


「ーーは?」


椿の目が細くなる。

空気が変わった。


明確な"殺気"。

「‥‥‥‥今、なんて言った?」


低い声。

完全にキレている。

マリアは、そんなことお構いなしに続ける。


「事実でしょ」


「でも安心しなさい」


「まだ生きてるわ」


軽く手を振る。


「あなた達が下界に行けばーー」


「そのうち会えるわよ」


ひなの瞳に、光が戻る。


「‥‥‥ほんと?」


「ええ」


あっさりと頷くマリア。


「生きていれば、だけど」


「‥‥‥‥‥‥」


翔が拳を握る。

椿は、今にも斬りかかりそうな目でマリアを睨んでいた。

だが。


「‥‥‥‥行きます」


ひなが、前に出る。

その声は、震えていなかった。


「お兄ちゃんに‥‥‥‥会いに」


沈黙。

そして。


「決まりね」


マリアが満足げに頷く。


「じゃあ下界に送るわ」


その時。


「ちょ、ちょっと待ってくださいですぅ!!」


横から、慌てた声。

羽の生えた小柄な少女ーー天使が飛び出してきた。


「説明とか!ガイドとか!そういうの大事だと思うんですぅ!」


マリアが、ちらりと見る。


「‥‥‥ああ、そうね」


興味なさそうに言う。


「じゃあ、あなた行きなさい」


「え?」


天使が固まる。


「下界の案内役」


「この三人に付いていきなさい」


「ええええええええ!?」


絶叫。


「無理ですぅ!!死にますぅ!!」


「大丈夫よ」


即答。


「どうせ死なないわよ」


「雑ですぅ!扱いが雑すぎるですぅ!!」


ひなが、思わず小さく笑った。

緊張が、ほんの少しだけほどける。

マリアが手をかざす。

光が再び集まり始める。


「行きなさい」


その声は、どこまでも一方的だった。


「勇者様方」


光が、三人を包み込む。


「ーー世界を、救ってきなさい」


そして。

視界が、再び白に染まった。

ーー今度は、"帰れない世界"へ。




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