完成体
男はゆっくりと拍手を止めた。
地下室に、乾いた音が消えていく。
フードの奥から、視線だけが三人を観察していた。
「見事です」
楽しげな声だった。
「ここまで辿り着いた人間は、そう多くありません」
蓮が一歩前に出る。
視線は逸らさない。
「質問がある」
男は肩をすくめた。
「どうぞ」
「ここで何をしていた」
短い問だった。
男は少し考える素振りを見せる。
そして笑った。
「研究ですよ」
その言葉に、アーサーの目が鋭くなる。
「‥‥‥‥研究だと?」
「ええ」
男は壊れた檻へ視線を向けた。
「人間とは面白い生き物です」
「少し手を加えるだけで、簡単に強くなる」
マーリンが震える声で言う。
「魔族化‥‥‥」
男は指を鳴らした。
「正解」
「魔兵計画」
地下室の空気が冷える。
アーサーが一歩踏み出した。
剣先が男へ向く。
「貴様らが‥‥‥」
低い声。
「王家を滅ぼしたのか」
男は笑った。
「滅ぼした?」
「いえいえ」
男の口元が歪む。
「人間は自分で滅びるんですよ」
「我々は、少し背中を押しただけですよ」
アーサーの怒気が一気に膨れ上がる。
だが蓮が手で制した。
「王子は」
蓮が言う。
「お前らに利用されたのか」
男はゆっくりと頷いた。
「ええ」
「素直で、理想に燃える王子でした」
その声は、まるで昔話をするようだった。
「国を守るためなら、多少の犠牲は必要だ」
「そうおっしゃっていました」
マーリンの顔が青くなる。
「‥‥‥まさか」
男は楽しそうに続ける。
「王子は人体実験だとは思っていませんでした」
「新しい兵器開発」
「そう説明しましたから」
アーサーの拳が震える。
「‥‥‥貴様」
男は軽く笑った。
「ですが、もう関係ありません」
「計画は最終段階です」
蓮の目が細くなる。
「完成体か」
男はゆっくりと頷いた。
「ええ」
「あなた方が見つけたあの容器」
「そこに入っていたのが、最高傑作でした」
地下室に沈黙が落ちる。
蓮が低く聞く。
「どこだ」
男は、楽しそうに答えた。
「王都ですよ」
その言葉に、マーリンが息を呑む。
「‥‥‥‥王都?」
男は頷いた。
「ええ」
「人が多い場所ほど、実験には最適ですから」
一瞬の沈黙。
そして男は、くすりと笑った。
「そうですね‥‥‥‥」
「そろそろ」
わずかに顔を上げる。
「騒ぎになっている頃でしょう」
アーサーの目が見開かれる。
「‥‥‥どこだ」
男は答える。
ゆっくりと。
楽しむように。
「アルトリア広場」
その瞬間、
地下水路の奥からーー
遠く、人々の悲鳴が響いた。
地下水路の奥から響いた悲鳴。
それは遠いはずなのに、
地下室の空気を凍らせるには十分だった。
マーリンが息を呑む。
「‥‥‥‥王都の、悲鳴‥‥‥」
アーサーの瞳が燃え上がる。
「貴様‥‥‥‥!」
男は静かに笑っていた。
「安心してください」
「完成体の性能を測るだけです」
蓮の目が細くなる。
「人が死ぬ」
「それが"測定"か」
男は軽く肩をすくめた。
「兵器ですから」
次の瞬間。
ーードンッ!!
地下水路の天井が僅かに震えた。
遠くから轟音が響く。
そしてまた悲鳴。
今度は、さっきより近い。
アーサーが振り返る。
「マスター!」
蓮は即座に言った。
「広場へ行く!」
マーリンが叫ぶ。
「でもこの男がーー」
男は静かに手を上げた。
「ご安心を」
その瞬間。
男の体が、黒い霧のように揺らぐ。
「私は戦闘員ではありません」
「研究者ですから」
そして次の瞬間。
男の姿が、音もなく消えた。
地下室に沈黙が落ちる。
アーサーが歯を食いしばる。
「逃げた‥‥‥!」
蓮は短く言う。
「追うな」
「今は王都だ!」
マーリンが頷く。
「アルトリア広場まで、ここから地上へ出れば近いです!」
蓮が走り出した。
「急ぐぞ!」
アーサーが続く。
「はい!」
三人は地下水路を駆け抜ける。
遠くから響く悲鳴。
そしてーー
再び轟音。
地下へ続く階段を駆け上げる。
扉を押し開けた瞬間。
外の空気が流れ込む。
そして。
三人の目に飛び込んできたのはーー
アルトリア広場。
王都最大の広場。
中央には、
巨大な獅子の紋章が刻まれた石畳。
そして。
その中心に立っていた。
人影。
だが、それは人ではなかった。
体表は黒く変色し、
筋肉が異様に膨れ上がっている。
腕には、まるで獣のような爪。
目は赤く光り、
口から荒い息が漏れていた。
周囲には倒れた騎士。
折れた槍。
逃げ惑う市民。
完成体がゆっくりと首を動かす。
骨が軋むような音がした。
そして。
アーサーは見た。
一瞬。
その赤い目が、細くなる。
まるでーー
獲物を見つけたように。
次の瞬間。
ーードンッ!!
完成体が地面を蹴る。
石畳が砕ける。
その巨体が、
弾丸のようにアーサーへ迫った。
「アーサー!!」
蓮の叫び。
アーサーは一歩前へ出た。
剣を抜く。
鋼が鳴る。
そして。
王家の剣が構えられる。
アーサーの瞳が静かに燃える。
「アルトリアの民に」
完成体が迫る。
距離、三歩。
アーサーが踏み込む。
「指一本ーー」
剣が振り抜かれる。
「触れさせません!」
鋼の閃光が、アルトリアを裂いた。




