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地下に潜む魔兵

地下水路には、水の流れる音だけが残っていた。

アーサーは動かなかった。

胸の中の少年を、ただ抱きしめている。


「‥‥‥リオ」


その名前を、もう一度呼ぶ。

だが返事はない。

小さな体は、もう動かなかった。

マーリンは目を伏せたまま、何も言うわない。

蓮だけが静かに息を吐いた。

やがて彼は一歩近づく。

アーサーの腕の中の少年を見る。

そして、ゆっくりとしゃがみ込んだ。

石床の上に、小さな花が落ちていた。


白い花。

地下の湿った空気の中でも、まだ形が保っている。

蓮はそれを拾い上げた。

ほんの少しだけ土がついている。

指先で軽く払う。

その様子を、マーリンが見ていた。

何も言うわない。

言葉を挟む空気ではなかった。

蓮は立ち上がる。

そしてアーサーの前に立った。

彼女はまだ、リオを抱いたままだ。

肩が小さく震えている。


「‥‥‥‥アーサー」


蓮が静かに呼ぶ。

返事はない。

だが、ゆっくりと顔だけが上がった。

涙で濡れた目。

蓮は何も言うわず、手を差し出した。

その掌の上にーー


白い花。

アーサーの瞳が揺れる。


「‥‥‥‥これ」

声が震える。


蓮は短く言った。


「お前に渡すために、持ってきたんだろ」


地下水路に、静かに水音が響く。

アーサーはゆっくりと手を伸ばした。

震える指で、花を受け取る。

しばらく、それを見つめていた。


そしてーー

リオの胸元に、そっと置いた。


「‥‥‥ありがとう」


小さく呟く。

その声は、少年に向けられていた。

蓮は少しだけ目を伏せる。

マーリンも何も言うわない。

ただ静かな時間だけが流れた。

やがて蓮が言った。


「‥‥‥行くぞ」

低い声だった。


「ここは長くいられる場所じゃない」


アーサーは頷かなかった。

代わりに、リオの髪を一度だけ撫でた。

そして、静かにその体を床に横たえる。

白い花は、胸の上に置かれたままだった。

アーサーはゆっくり立ち上がる。

涙の跡を袖で拭いた。


「‥‥‥行こう」


その声に、もう震えはいなかった。

だがーー

その瞳の奥には、確かな怒りが灯っていた。


地下室の奥へ、三人は歩き出した。


石の壁は湿っている。

足音は、水の流れる音に溶けていく。

しばらく誰も口を開かなかった。


マーリンが時折、周囲を見回している。

魔力の気配を探っているのだろう。


蓮は前を歩く。

視線は低く、床や壁の細部を見ていた。


やがて、彼が足を止める。


「‥‥‥待て」


マーリンが顔を上げる。


「どうしたの?」


蓮は答えず、壁に近づいた。

石壁の一部が、わずかに色が違う。

手で触れると、苔の下に細い刻みが見えた。


指でなぞる。


「‥‥‥扉か」


アーサーも近づいた。

地下水路の壁に見せかけた、古い鉄扉。

長い年月の汚れで、完全に石と同化している。


だがーー

扉の縁に、細い紋様が走っていた。

マーリンの顔色が変わる。


「‥‥‥魔術封印」


彼女はそっと手をかざす。

指先に、淡い光が灯る。

紋様の上をなぞると、淡い紫の光が浮かび上がった。

マーリンが眉をひそめる。


「‥‥‥おかしい」


「何が?」

蓮が短く聞く。


マーリンは紋様を見つめたまま言った。


「この術式‥‥‥人間の魔法じゃない‥‥」


アーサーの目が鋭くなる。


「では‥‥‥魔族?」


マーリンはゆっくり頷いた。


「うん。かなり古い形式だけど……可能性は高い」


地下水路に、また水音が響く。

蓮は扉を見つめた。


「つまり」

低い声。


「この先に、何か隠してるってことだな」


アーサーの視線が冷たくなる


「開けられるか」


マーリンは少し考え、封印に触れた。


「完全な封印じゃないみたい

 魔法で力づくで開けられるけど‥‥」


彼女は小さく息を吐く。


「力づくで開けるとバレるかも‥‥

 時間が欲しい」


マーリンの指先が、紋様の上に滑る。


淡い光が走る。

紫の線が、少しずつ形を変えていく。


静寂。


やがてーー


「‥‥‥開いたよ」


小さく呟いた瞬間。

カチ、と乾いた音がした。

蓮が扉の取っ手に手をかける。


「開けるぞ」


軋む音と共に、扉がゆっくりと動いた。

中から、冷たい空気が流れ出る。


そしてーー

血の匂い。

マーリンが息を呑む。

薄暗い部屋だった。

石の床。

並ぶ鉄製の台。

壁には、複雑な魔法陣が刻まれている。

部屋の中央には、壊れた檻。

床には、黒く乾いた血が広がっていた。

アーサーの拳が握られる。


「‥‥‥ここで」


その声は低い。


「やっていたのか」

蓮は部屋の奥を見渡す。


手術台。

鎖。

割れたガラス容器。

マーリンが震える声で言った。


「これは‥‥‥人体実験です」


蓮は答えなかった。

ただ、床をゆっくり歩く。

やがて足元で、何かを蹴った。

カラン、と音が転がる。

小さな金属板。

蓮はそれを拾い上げた。

表面に、紋章が刻まれている。

マーリンが覗き込みーー息を止めた。


「‥‥‥王家の印」


アーサーの目が細くなる。


「兄上の‥‥‥」


だがマーリンは首を振った。


「違う」


「‥‥‥えっ?」


マーリンは金属板を指でなぞる。


「形は似てるけど‥‥‥魔力の刻印がない」


彼女の声が低くなる。


「これは全くの偽物。」


地下室に、沈黙が落ちた。

蓮が小さく笑う。


「なるほどな」


「王子の名前を使ったわけか」


アーサーの瞳に、怒りが宿る。


「‥‥‥魔族」


マーリンが周囲を見回す。


「でも‥‥‥おかしい」


「何が?」

蓮が聞く。

マーリンは部屋の中央を指した。

壊れた檻。

引きちぎられた鎖。

床の深い爪痕。


「実験体が‥‥‥見当たらない」


その言葉の直後。


奥の闇からーー

ガリ、と音がした。

何かが、闇の中で動いた。


三人の視線が、一斉に奥へ向く。


薄暗い部屋の隅。

壊れた檻の影。


そこにーー

人影があった。

いや。それは、もう人間とは呼べなかった。


ゆっくりと影が立ち上がる。

骨の軋む音。

皮膚はところどころ黒く変色し、

腕には異様な筋肉が膨れ上がっている。


そして額にはーー

小さな角。


マーリンが息を呑んだ。


「‥‥‥魔族化」


その言葉と同時に、影の目が光る。


次の瞬間ーー

床を蹴った。

異様な速度で突っ込んでくる。


「来るぞ」

蓮が低く言った。


アーサーの剣が一瞬で抜かれる。

火花のような音。

怪物の腕と剣がぶつかった。


ガキィィン!


衝撃で石床に亀裂が走る。

アーサーの足が半歩下がる。


「‥‥‥っ」


怪物は唸り声を上げた。

理性はほとんど残っていない。

ただ、暴れるだけの存在。


蓮が横から踏み込む。

短剣が、怪物の脇腹へ走る。


ギィィン!!


だがーー

硬い。


「硬てぇ‥‥‥」


刃が途中で止まった。


「マスター!皮膚が強化されてる!」

マーリンが叫ぶ。


「魔力が身体を守ってる!」


マーリンの魔法でも戦いたいがマーリンの魔法の威力が高いが故に

狭い場所で放つことが出来ない。

共倒れになる可能性がある。

蓮とアーサーだけで倒すしかない



怪物が腕を振るう。

蓮が後ろに飛んで避ける。


「ひぃぃぃ!危ねぇ!!」


その瞬間、

アーサーが踏み込んだ。

剣が、低く走る。

狙いは首。


一閃。


ザン!!


鈍い音。

怪物の体が、ぐらりと揺れた。


そしてーー

崩れ落ちる。

重い音を立てて、石床に倒れた。


静寂。

水の音だけが戻る。

マーリンがゆっくり近づいた。

倒れた体を見て、顔を歪める。


「‥‥‥元は人間だね」


蓮は短剣の血を拭いた。


「だろうな‥‥」


アーサーは剣を収めない。

怪物を見下ろしている。

その瞳は、冷たい。

やがて蓮が言った。


「そういえば、さっきの檻‥‥」


「壊れてたな」


マーリンが頷く。


「暴走したんだと思う」


蓮は部屋を見回した。


「つまり」


「完成前の失敗作ってわけか」


マーリンの顔が曇る。


「‥‥‥でも」


彼女は部屋の奥を指した。

そこには、大きな魔法陣が刻まれていた。

中心には、巨大なガラス容器。


だがーー

中は空だった。


蓮が近づく。

容器の台座に、金属板が置かれていた。


書類だ。

蓮はそれを拾い、目を通す。

マーリンとアーサーが覗き込む。

そこに書かれていたのは、

簡潔な記録だった。


____________________________


魔兵計画

試験段階:成功率12%


完成体

移送済み


_____________________________


マーリンの顔が青くなる。


「‥‥‥移送?」


蓮は紙を折った。


「最悪だ‥‥‥完成体が王都に入り込んでいるかもしれない」


アーサーの拳が震える。


「どこへ‥‥‥」


その問いに答える者はいない。


だがーー

地下の闇の中で、

誰かが小さく笑った。


「いやはや‥‥‥」


声は、部屋の奥から聞こえた。

低く、楽しむような声。

三人が一斉に振り向く。

暗闇の中。

そこに、一人の男が立っていた。


黒い外套。

顔は影に隠れている。

ゆっくりと、拍手する音が響く。


「まさか、ここまで辿り着くとは思わなかった」


男の視線が、三人を順に見た。

男はゆっくりとフードを持ち上げた。

その口元には、薄い笑みが浮かんでいた。


そしてーー

アーサーで止まる。


「‥‥‥お会い出来て光栄です」


わずかな間。

男は、静かに言った。


「"王女セレシア"様」










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