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シルヴァリア

「寂しそう……?」

フィーネの動きがぴたりと止まった。

翡翠色の瞳がぱちぱちと瞬きを繰り返す。


「……え?」

ぽかん、と口を開けたままマーリンを見つめる。


数秒の沈黙。

「え?」

「えっ?」

「ええぇぇぇっ!?」


次の瞬間。


「うわぁぁぁぁぁん!!」

突然、フィーネがその場にしゃがみ込み、両手で顔を覆った。

「やっぱりぃぃぃぃ!!」

「私ってそんなに友達いないオーラ出てますぅぅ!?」

「なんで初対面なのに分かるんですかぁぁ!!」


ぽろぽろと涙を流しながら叫ぶフィーネ。

「やっぱりそうなんだぁ!」

「村の子達はみんな相手してくないし!」

「私、一人で森を散歩してばっかりだし!」

「お父さんもお母さんも心配性で、あんまり外に出してくれないし!」

「うぅぅぅ……」

「私、そんなに寂しそうに見えましたぁ……?」


「えっ」

予想外の反応だったのか、マーリンが目を丸くする。

「あっ……」

「ごめん」

「泣くと思わなかった」

「ご、ごめんなさい」

しゅん、と肩を落とす。


そんなマーリンの頭を、蓮が軽くぽんと叩いた。

「初対面の女の子泣かすなよ……」


「思ったこと言っただけ」


「それが危ないんだって」

蓮は苦笑しながらため息を吐く。


悪気がないのは分かっている。

むしろ、マーリンは人の機微に疎いだけだ。

だが、時々こうして核心を突いてしまう。

本人に自覚がないのが一番恐ろしい。


「うぅ……」

フィーネは涙目のまま蓮の袖を掴んだ。

「この子、怖いですぅ……」


「ひどい」

今度はマーリンが頬を膨らませる。

「本当のこと言っただけ」


「それが一番怖いんですぅ!」


「お嬢、容赦ねぇですぜ……」

プーが引きつった笑みを浮かべる。


「兄貴より怖ぇ……」


「いや、兄貴も怖ぇけど!」


「お前ら」

「だから兄貴と呼ぶな」

ランスロットが深々とため息を吐いた。


そんな騒がしいやり取りを見ながら、アーサーは思わず小さく笑みを零す。

先程まで命を狙われていた少女が、こうして泣きながら文句を言っている。

それだけで、助けた甲斐があったというものだ。


「ふふっ」

「元気そうで安心しました」


「元気じゃないですぅ!」


「友達募集中なんですぅ!」


「切実だな……」

蓮が苦笑する。


すると、涙を拭いたフィーネが、はっとしたように顔を上げた。

「あっ!」

「そうでした!」

「皆さん、もしかしてエルフの里に向かってるんですか?」


「そうだけど?」


「だったら私が案内します!」

ぱぁっと花が咲いたような笑顔を浮かべるフィーネ。

さっきまで泣いていたのが嘘のようだった。


「命を助けてもらったお礼もしたいですし!」

「それに……」

少し照れくさそうに頬を赤く染める。

「久しぶりに、こんなにたくさんお話できる人に会えたので‥‥‥」


「……やっぱり寂しかったんじゃねぇか」

蓮が思わず呟く。


「だから言わないでくださいよぉぉぉ!!」

フィーネの悲鳴が、静かな森に響き渡った――。



禁足地と呼ばれる深き森の奥。

そこには、人間達が決して踏み入ることを許されない場所が存在する。


エルフの里――シルヴァリア。

世界樹ユグドラシルの加護を受ける、森の民の楽園。

数千年前から存在すると言われるその里は、外界との交流をほとんど絶ち、精霊達と共に生きるエルフ族だけが暮らす秘境であった。

森を育み、水を清め、風と共に歌う。

彼らは自然を愛し、自然に愛される種族。

長命であり、精霊術という独自の秘術を操る者も少なくない。

その一方で、外界の人間を容易には受け入れない閉鎖的な一面も持つ。

故に、人々は恐れと敬意を込めて、その森を禁足地と呼んだ。


そして今――。

五十年ぶりに故郷へ帰る一人のエルフと共に、一行はその深き森の中心へと足を踏み入れようとしていた。



***



先程まで泣いていたフィーネは、すっかり元気を取り戻したのか、

嬉しそうに先頭へ立った。

長い薄緑色の髪を揺らしながら、くるりと振り返る。

「もう少し進めばシルヴァリアですよ!」


「懐かしいなぁ」

その隣で、ルイも嬉しそうに周囲を見回していた。


「ルイさんも"シルヴァリア"の方なんですか?」

フィーネが興味津々に尋ねる。


「うん!」

「昔住んでたんだ!」


「そうなんですか!」


「どれくらいぶりなんです?」


「んー……」

ルイは指を折りながら考える。

「五十年くらいかな?」


「五十年……?」


フィーネの足が止まった。

「え?」

「五十年ですか?」


「うん!」


「それくらい!」


「…………」

翡翠色の瞳がぱちぱちと瞬く。

流石にエルフであるフィーネも驚きを隠せなかった。

五十年という年月は、エルフにとっても決して短い時間ではない。


「待て待て待て」

後ろを歩いていた蓮が思わず口を挟む。

「さらっと言ってるけど、お前一体何歳なんだよ……」


「ん?」

ルイはきょとんと首を傾げた。

「何歳だっけ?」


「知らねぇのかよ!」

盛大なツッコミが森に響く。


すると隣を歩いていたオズワルドが、いつものように咳払いをした。

「蓮様」

「その件につきましては、秘匿情報でございます」


「秘匿情報!?」


「はい」

「エルフ族にとって年齢とは、あまり軽々しく語るものではございません」

「ちなみに、私も正確には存じ上げません」


「知らないのかよ!」


「聞こうとしたことはございます」


「聞いたのか!?」


「三日ほど無視されました」


「怖っ!」

蓮の顔が引きつる。


その横で、トリスタンが酒瓶を揺らしながら笑った。

「はっはっは!」

「若いのう!」

「細かいことを気にしておるとハゲるぞ?」


「お前も何歳なんだよ……」


「酒と共に生きてきた年月じゃ」


「答える気ゼロか!」


一方で、フィーネはまだ信じられないものを見るような目でルイを見つめていた。

「す、すごい……」

「もしかして、里でも有名だったり……?」


「んー?」

ルイは首を傾げた。

「どうだったかな?」

「忘れちゃった!」


「忘れるなよ!」

蓮のツッコミに、一同から小さな笑いが漏れる。


そんな賑やかな一行を、木漏れ日が優しく照らしていた。

誰も知らない。彼らを案内する少女の笑顔の裏に。

そして、もうすぐ辿り着くはずのシルヴァリアに。

静かに忍び寄る異変が待ち受けていることを――。







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