森の少女
「キャアアアアアッ!!」
甲高い悲鳴が、静かな森に響き渡った。
穏やかだった空気が一変する。
小鳥たちは一斉に飛び立ち、風がざわめく。
「今のは!?」
蓮が顔を上げる。
「向こう!」
ルイの表情から笑顔が消えていた。
長い耳をぴくりと動かし、森の奥を睨む。
「エルフの人だ!」
「行くぞ!」
蓮が駆け出す。
その後ろを、ランスロット、アーサー、トリスタンも続いた。
「待ってくだせぇぇ!!」
「置いてかないでくれぇ!!」
「……走るの嫌」
三馬鹿も半泣きで追いかける。
木々を掻き分け、草むらを飛び越え、しばらく進んだ先。
そこで蓮達が目にしたものは――。
「た、助けてぇ!!」
薄緑色の髪をした少女だった。
長い耳。エルフだ。十六歳ほどに見えるその少女は、必死の形相で森を駆けている。
そして、その背後。
ズシン……。
ズシン……。
大木をなぎ倒しながら、巨大な黒い影が迫っていた。
「なんだあれ……」
蓮の顔が引きつる。
全長は四メートルほど。
漆黒の毛並みに覆われた巨体。鋭い牙。
血のように赤い双眼。熊にも似ている。
しかし、その全身から溢れ出る禍々しい魔力は、これまで遭遇した魔物とは比べ物にならなかった。
「シャドウベア!?」
ルイが目を見開く。
「嘘でしょ!?」
「知ってるのか!?」
「あれ、里の近くには出ないはずなのに!」
少女は転び、尻もちをついた。
「いやっ……!」
シャドウベアが巨大な腕を振り上げる。
「まずい!」
蓮が叫んだ、その瞬間。
ドンッ!!
誰よりも先に飛び出した影があった。
「間に合ったか」
ランスロットだった。
バチバチッ!!
雷を纏ったガントレットが青白く輝く。
「下がれ」
低い声と共に、ランスロットが拳を構える。
そして――
「グォォォォォッ!!」
巨大な魔獣が咆哮を上げた。
咆哮と共に、シャドウベアの巨腕が振り下ろされた。
しかし。
「遅い」
ドンッ!!
ランスロットの姿が消える。
「なっ……!?」
蓮が目を見開く。
次の瞬間には、既にシャドウベアの懐へ潜り込んでいた。
バチバチバチッ!!
雷光を纏った右腕が唸る。
「砕けろ」
ドゴォォォォッ!!
重い衝撃音。
拳は漆黒の毛皮を貫き、巨大な魔獣の腹へめり込んだ。
「グガァァァァァッ!!」
巨体が宙を舞う。
数本の大木を薙ぎ倒しながら吹き飛び、地面を転がった。
だが。
「グルルル……!」
シャドウベアは再び立ち上がる。
「硬っ!?」
蓮が思わず叫ぶ。
「ほう」
トリスタンが酒瓶を揺らす。
「今ので立つか」
「Aランク相当ですね」
オズワルドも目を細めた。
「面倒」
マーリンがぽつりと呟く。
だが。
「……終わりだ」
ランスロットの瞳が細くなる。
バチィィィィッ!!全身を雷が駆け巡った。
踏み込み。地面が砕ける。
「雷牙」
ドゴォォォォォォォッ!!
渾身の一撃がシャドウベアの顎を打ち抜いた。
雷鳴が炸裂する。
「ガァァァァァッ!!」
巨体が大きく仰け反り、そのまま後方へ吹き飛んだ。
ズドォォォン!!
大木を巻き込みながら倒れ込み、二度と動くことはなかった。
静寂。
「……終わったぞ」
ランスロットが何事もなかったように振り返る。
「兄貴ぃぃぃ!!」
「最強ですぜ!!」
「やっぱ兄貴だ!!」
「だから兄貴と呼ぶな」
心底迷惑そうにため息を吐くランスロット。
そんな中。
「ひっ……」
尻もちをついたままの少女が、震えながらランスロットを見上げていた。
大きな翡翠色の瞳。薄緑色の髪。
まだ幼さを残した顔立ち。
「あ……」
少女の瞳から、ぽろぽろと涙が溢れ出す。
「た、助かったぁ……」
安心したように、その場へへたり込んだ。
「大丈夫か?」
蓮が手を差し伸べる。
少女は涙を拭いながら、その手を掴んだ。
「ありがとう……ございます」
「わ、私……フィーネっていいます」
「エルフの里の者です」
そう言って、ぺこりと頭を下げる少女。
ふわり――。
誰にも見えない銀色の光が、マーリンの肩で小さく揺れた。
「……?」
マーリンだけが、不思議そうにフィーネを見つめていた。
「どうした?」
蓮が尋ねる。
「ううん……」
マーリンは小さく首を傾げる。
「なんか……」
「寂しそう」
フィーネの笑顔が、一瞬だけ固まった――。




