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沼地の巨人

翌日。

馬車は順調に街道を進んでいた。


もっとも――。


「おい三馬鹿!荷物落とすなよ!」


「誰が三馬鹿だ!!」


「落ちる!落ちる!」


「……重い」


相変わらず賑やかだった。


「もう慣れてきましたね」

アーサーが小さく笑う。


「慣れたくないですぜぇ……」

プーが涙目になる。


トイも荷物を抱えながら嘆いた。

「なんで山賊だった俺達が荷物持ちなんだよ……」


「自業自得じゃ」

トリスタンが酒瓶を揺らした。

そんな時だった。


ガサガサ――。

森の奥で茂みが揺れる。


「ん?」

蓮が顔を上げる。


次の瞬間。


「グルルルル……」


低い唸り声と共に、巨大な魔狼が姿を現した。

赤い瞳。鋭い牙。

普通の狼より二回り以上大きい。


「ヒィィィッ!!」


真っ先に悲鳴を上げたのは三人だった。


「魔物だぁ!?」


「兄貴ぃぃぃ!!」


「死ぬ!!」


「下がってろ」

ランスロットが一歩前へ出る。


「兄貴!」


「その呼び方やめろ」


その瞬間。

腕にはめられたガントレットが、パチパチと音を立て始めた。


バチバチバチッ――。

青白い雷が全身を走る。


「なっ……!?」


「雷!?」


「兄貴の腕、光ってる!!」



ランスロットは静かに構えた。


魔狼が飛びかかる。

そして。


ドンッ!!

踏み込み。

一瞬で間合いを潰す。


「遅い」


ドゴォッ!!

重い拳が魔狼の顔面にめり込む。


同時に。

バチィィィィッ!!

雷鳴が弾けた。


「ギャオォォォォッ!?」

巨大な魔狼の体が宙を舞う。

数本の木をへし折りながら吹き飛び、


ズドォォォン!!


遥か先で土煙が上がった。


静寂。

ランスロットは何事もなかったようにガントレットを見下ろす。

「……終わったぞ」


「さすが兄貴!!」


「兄貴最強!!」


「兄貴についていきますぜ!!」


「だからその呼び方をやめろ」

心底迷惑そうにため息を吐くランスロット。


その様子を見ていたアーサーが小さく笑った。

「すっかり懐かれましたね、ランスロット」


「迷惑なだけだ」


「ふふっ、そう言いながらちゃんと助けてますけど」


「放っておくと騒がしいからな」


「優しいですね」


「違う」

即答だった。


その横でトリスタンが周囲を見回した。

「しっかし、魔物が多いのう」


マーリンも頷く。

「うん」

「魔物の巣窟だね」


「そうなんだよ!」

ルイが笑顔で指を立てた。

「エルフの里に行くには、魔物との戦闘は絶対なんだ!」

「だから禁足地なんだよね」


「なるほど」

オズワルドが静かに頷く。

「外部の人間が容易に近づけない理由でもあるのですね」


「そういうこと!」

ルイはニコニコしながら続ける。

「それに、里が近くなったらもっと強い魔物が出るよ!」


「マジか……」

蓮が顔を引きつらせる。


「問題ない」

ランスロットが短く答える。


「酒があれば何とかなるじゃろ」

トリスタンも笑う。


「ならねぇよ」

蓮が即座にツッコむ。


そんな中。

トイが青い顔で呟いた。

「なぁ……」

「俺達……」

「とんでもねぇ連中に捕まっちまったんじゃねぇか?」


プーも震えながら頷く。

「山賊なんてやってる場合じゃなかったですぜ……」


最後尾で荷物を抱えるドルが、ぼそっと呟く。

「……生きて帰れるかな」


「縁起でもねぇこと言うな!!」


三馬鹿の悲鳴が、今日も街道に響き渡った――。




***




王都を離れて四日目。

一行は街道を外れ、じめじめとした沼地へ差し掛かっていた。

沼地は馬車を引いている馬の負担になる。

蓮たちは、仕方なく徒歩で移動することとなった。


「うへぇ……」

蓮が眉をひそめる。

足元はぬかるみ、湿った空気がまとわりつく。

辺りには木々が生い茂り、昼間だというのに薄暗い。

「本当にこの道で合ってるんだよな?」


「うん!」

ルイは元気よく頷いた。

「合ってるよ!」


「もう少し進めば抜けられるから!」

「本当かぁ……」

蓮は長靴についた泥を見てため息をつく。


「この辺嫌な感じがする」

マーリンはドルにおんぶしてもらっていた。


「お前いいなぁ」

蓮がマーリンを見て呟いた。


「確かに‥‥なんか嫌な感じがしますぜ……」

荷物持ちをしていたプーが周囲を見回す。

「今にも何か出そうな……」


「おいバカ!」

トイが慌ててプーの頭を叩いた。

「そんなこと言ったら――」


「フラグが立つよな……」

蓮が嫌そうな顔をする。


「?」

アーサーが首を傾げた。

「フラグ、ですか?」


「いや、何でもない」


その時だった。

ボコッ……

沼の表面に泡が浮かぶ。


「ん?」


マーリンの耳がぴくりと動いた。

「来るよ」


「え?」


ボコボコボコッ!!

沼地から無数の泥が盛り上がる。

そして――ズルリ……

ドロドロの人型が姿を現した。

赤く光る目。全身を泥で覆われた異形。

さらに一体ではない。

二体。

三体。

十体。


「ヒィィィィッ!?」


真っ先に悲鳴を上げたのは三馬鹿だった。


「出たぁぁ!!」


「本当に出た!!」


「プーのせいだ!!」


「俺ですか!?」


ルイが笑顔で説明する。

「マッドゴーレム!」

「沼地に住む魔獣だよ!」

「普通の攻撃じゃ再生するから結構面倒なんだよね!」


「先に言えよ!!」

蓮がツッコむ。


その横で。

「ふむ」

トリスタンが酒瓶を揺らす。

「面倒じゃのう」


「うん」

マーリンも頷く。

「火で焼けばいい」


「簡単に言うな」

蓮がツッコむ。


しかし。

「兄貴ぃぃ!!」


「出番ですぜ!!」


「お願いします!!」


三馬鹿が一斉にランスロットの後ろへ隠れる。


「……」

ランスロットはため息をついた。

「お前達」

「少しは戦え」


「無理です!!」

綺麗に声が揃った。


「潔いな……」

蓮が呆れる。


だが、その時。

ドルが小さく呟いた。

「……後ろ」


「ん?」


全員が振り返る。

そこには――

一際巨大な泥の巨人が、静かに立ち上がっていた。


「グォォォォォ……」

三馬鹿の顔から血の気が引く。


「で、でけぇぇぇ!!」


「兄貴ぃぃ!!」


「死ぬ!!」


ランスロットのガントレットが、

バチバチッ……

青白い雷を纏い始めた。


「下がっていろ」

一歩前へ出る。


しかし。

「ランスロット様!!」

オズワルドの声が響いた。

「お待ちください!」


「何だ?」


「土属性の魔物に雷属性では相性が悪すぎます」


「む?」

ランスロットが足を止める。


「土は電気を逃がします」

「しかも相手は泥の塊」

「威力は大幅に減衰するかと」


「そうなのか?」

蓮が聞く。


「はい」


「属性相性だけで言えば最悪です」


「兄貴でも駄目なんですか!?」


「兄貴最強じゃないんですか!?」


「兄貴ぃ!!」


「だから兄貴と呼ぶな」

ランスロットがため息を吐く。


その時。

「うん」

マーリンが小さく頷いた。

「オズの言う通り」

「泥なら焼けばいい」


「お嬢!?」


「お嬢が行くんですか!?」


「死んじゃう!」


「大丈夫!おねぇさんに任せなさい!」

マーリンは適当にそこらへんの枝を折った。

ボキっ


「これでいいや」

マーリンは枝を構える。


「赤」

ボゥッ……

小さな火球が現れる。


「インフェルノ!!」


次の瞬間。

ゴォォォォォォォ!!

巨大な火柱が沼地を覆った。


「グォォォォォォッ!?」

マッドゴーレム達が悲鳴を上げる。


泥の身体が次々と乾き、崩れていく。


「すげぇ……」


「お嬢最強……」


「兄貴より怖ぇ……」


しかし。

ズズズズズ……

「ん?」

マーリンが首を傾げる。

燃えたはずの泥が、再び集まり始めていた。

しかも。

ドゴォォッ!!

先程の巨体よりさらに巨大な泥の巨人が、沼の奥から姿を現す。

赤い双眼。全長五メートルを超える巨体。


「グォォォォォォッ!!」


「……でかっ」

蓮の顔が引きつる。

「まだいたのかよ!?」


ルイの笑顔が消える。

「……あー」

「これ、ちょっと面倒なやつだ」


珍しく真面目な声だった。

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