漆黒の堕天狼
日が沈み始めた頃。
一行は街道から少し外れた平地で野営の準備を進めていた。
「ふぅ……」
蓮は焚き火の前で小さく息を吐く。
出発から一日。
馬車での移動は想像以上に体力を使う。
「今日はここまでですね」
アーサーが手際よく食器を並べていく。
「お腹空いた」
マーリンは既に焚き火の前で待機していた。
「まだじゃ」
トリスタンが酒瓶を揺らす。
「肉はじっくり焼かねばならん」
「酒飲んでるだけの人が言うことじゃないだろ」
蓮が呆れる。
「ワシは監督じゃ」
「何の?」
「酒の」
「仕事しろ」
ランスロットが小さく笑う。
ルイは近くの木に寄り掛かりながら、懐かしそうに空を見上げていた。
「あと六日くらいかぁ」
「長いですね」
アーサーも空を見上げる。
「長い!」
マーリンは食事の方しか見ていない。
じー。
「マーリン様。もう少し待ってください」
オズワルドが微笑んだ。
そんな穏やかな空気だった。
ガサガサ――。
茂みが揺れる。
「ん?」
蓮が顔を上げた。
次の瞬間。
「動くんじゃねぇ!!」
「へへへ!」
「命が惜しけりゃ金目の物を置いていけ!」
茂みから飛び出してきたのは三人の男だった。
全員ボロボロの革鎧。手には剣や斧。
顔つきも悪い。いかにも山賊である。
だが。
「……」
「……」
「……」
誰も動かなかった。
静寂。
風の音だけが聞こえる。
長男らしき男が困惑した。
「あ、あれ?」
次男も首を傾げる。
「何か反応薄くね?」
三男が斧を構える。
「お、おい!もっと怖がれよ!」
「いや」
蓮が呆れたように答える。
「ご飯前なんだけど」
「空気読め」
トリスタンが酒瓶を傾ける。
「肉が冷めるじゃろ」
「うむ」
ランスロットも頷く。
「タイミングが悪い」
アーサーも困ったように苦笑した。
「もう少し後なら良かったのですが」
「良くありませんよ?」
オズワルドが静かにツッコむ。
ルイは笑顔で手を振った。
「こんばんは!」
「こんばんはじゃねぇ!!」
長男が思わず叫んだ。
「俺達は山賊だぞ!」
「怖くないのか!?」
マーリンがきょとんと首を傾げる。
「ご飯?」
「違うわ!!」
山賊の叫びが森に響く。
しかし。
「うるさいのう」
トリスタンが耳をほじりながら酒を飲む。
「飯前に騒ぐでない」
「だから何なんだよ!!」
長男は顔を真っ赤にして斧を振り上げた。
「俺達は『漆黒の堕天狼』だぞ!」
「泣く子も黙る漆黒の堕天狼!!」
「街道じゃ有名なんだぞ!!」
「知らん」
蓮が即答した。
「知らんのか!?」
「知らん」
「知らんのう」
「知りませんね」
「知らない」
「知らん」
「存じておりません」
全員の返事が綺麗に重なった。
「なんなんだよお前ら!!」
長男が涙目になる。
「兄貴!?」
「兄貴、俺達有名じゃなかったんですか!?」
「うるせぇ!戦えば分かる!」
長男は無理やり気合いを入れ直した。
「やっちまえ!!」
三人が一斉に飛び出す。
だが。一歩。
たった一歩踏み込んだ瞬間。
ヒュン――。
「え?」
いつの間にか。
目の前に、一人の男が立っていた。黒い服。腕にはガントレットをつけている。
甲冑がパチパチと音を立てる。
静かな眼差し。
ランスロットだった。
「危ないぞー!!」
蓮が叫んだ。
ランスロットではなく、山賊に向けての言葉だった。
「へ?」
ボゴッ!!
「ぶべぇっ!?」
長男が宙を舞った。
「兄貴ぃぃぃ!?」
次男が悲鳴を上げる。
「てめぇ!」
突っ込んだ次男の剣を、ランスロットは片手で掴む。
「遅い」
ドゴン!!
「ぎゃぁぁ!?」
次男も地面を転がった。
「ひぃぃ!」
最後の三男が腰を抜かす。
「ま、待ってくれ!」
「俺はまだ何もして――」
ボスッ。
「ぐふっ」
軽くデコピンされた。
それだけで三男は白目を剥いて倒れた。
静寂。
焚き火の薪がパチパチと音を立てる。
「終わったな」
ランスロットが何事もなかったように戻ってくる。
「お疲れ様です」
アーサーがお茶を差し出す。
「ありがとう」
ランスロットは自然に受け取った。
その光景を見ていた蓮は、地面に転がる三人を見下ろした。
「……で、この人達どうしますか?」
アーサーが小首を傾げる。
「王都に突き出します?」
「んー」
蓮は顎に手を当てた。
「今から王都に引き返す訳にはいかないし‥‥」
少し考えてから、蓮は口を開く。
「奴隷にしちゃう?」
「え?」
アーサーが目を瞬かせる。
ルイが楽しそうに身を乗り出した。
「おっ」
「いいね!」
オズワルドも静かに頷く。
「更生させるのであれば、一つの手段かと」
「ほう」
トリスタンが酒瓶を揺らす。
「久しぶりに奴隷商人らしい話になったのう」
「そうですね」
アーサーも納得したように頷いた。
「働いてもらえば、多少は世のためになりますし」
「決まりだな」
ランスロットも反対しなかった。
そして数分後。
縄でぐるぐる巻きにされた三人が目を覚ます。
「うぅ……」
「ここは……」
「はっ!」
長男が飛び起きる。
焚き火の前で肉を食べている蓮達と目が合った。
「おっ、起きたか」
蓮が笑う。
「お前ら」
「今日から俺達の奴隷な」
「…………え?」
三人の声が綺麗に重なった。
「えぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」
森の夜に、情けない悲鳴が響き渡った――。




