四人のハイクラス(奴隷商人)
数日後――。
ハイクラス会合当日。
王都の一角。
普段は立ち入りが制限されている重厚な建物の前へ、
一台の馬車が止まる。
扉が開く。最初に降りたのはセシルだった。
慣れた動作で周囲を確認し、その後ろからエルメスが姿を現す。
「相変わらず堅苦しい場所だね」
エルメスが苦笑する。
石造りの巨大な建物。警備の数も尋常ではない。
今回の会合がどれだけ重要視されているかがよく分かる光景だった。
セシルが静かに周囲を見渡した。
「今回は夜叉の件もございますから」
「だろうね」
エルメスは小さく肩を竦める。
その時だった。
遠くから大きな声が響く。
「おーい!!」
聞き覚えしかない声だった。
エルメスが顔を上げる。
そして苦笑する。
「ああ……いた」
広場の向こう。
銀髪のエルフがぶんぶんと手を振っていた。
その隣には、相変わらず背筋を伸ばしたオズワルド。
さらに少し離れた場所にはバーキンの姿も見える。
「エルメース!!」
「バーキーン!!」
周囲の視線など気にもせず叫んでいる。
セシルが小さく頭を下げた。
「あちらにルイ様が居られますね」
「本当だ」
エルメスがため息混じりに笑う。
「珍しいね」
「何がですか?」
「まだ逃げてない」
セシルが少しだけ納得した顔になる。
確かに珍しかった。
二人が近付くと、ルイは満面の笑みを浮かべた。
「おはよー!」
「元気だね」
「元気しかないよ!」
「羨ましい限りだ」
エルメスが適当に返す。その横ではバーキンが腕を組んだまま立っていた。
相変わらず無口である。
ルイがちらりと周囲を見る。
「しかしさ」
「今回みんな秘書連れてるね」
エルメスの隣にはセシル。
ルイの隣にはオズワルド。
「まあ、会合だからね」
エルメスが答える。
するとルイがバーキンを見る。
「バーキンだけいないけど」
「必要ない」
即答だった。
ルイが笑う。
「相変わらずだなぁ」
「一人で全部できるからね、この人」
エルメスも苦笑する。
バーキンは何も言わなかった。
それが肯定だった。
そんな風に雑談していた時だった。
不意に。
「ずいぶん仲良くなったものね」
女性の声。その声は静かだった。
決して大きな声ではない。
だが、その場にいた全員の耳へ自然と届いた。
ルイの肩がびくりと震えた。
「あっ」
嫌そうな声だった。
エルメスが振り返る。
バーキンも視線を向ける。
ゆっくりと歩いてくる一人の女性。
その後ろには秘書と思われる女性が控えている。
無駄のない足取り。無駄のない視線。
無駄のない表情。
ただ歩いているだけなのに、不思議と周囲の空気が静かになる。
ルイが一歩後ろへ下がった。
「来た……」
エルメスが苦笑する。
「来るだろうね」
シャネルは三人の前で立ち止まった。
そして静かに言う。
「久しぶりね」
その視線はまずエルメスへ次にバーキンへ。
最後に――
ルイへ向けられた。
ルイは反射的に目を逸らした。
「やぁ!シャネル久しぶりだね」
エルメスはあいさつをした。
「オークション以来ね」
シャネルは微笑んだ。
「ところで‥‥」
「ルーイ。」
穏やかな声だった。
その一言で、ルイの肩がぴくりと震える。
「あっ……」
露骨だった。
さっきまでの元気はどこへ行ったのか。
視線を逸らしている。
「お久しぶりです、シャネル様」
オズワルドが一歩前へ出て頭を下げる。
主人が機能停止しかけているので、代わりに対応した。
「あら」
シャネルが小さく微笑む。
「久しぶりね、オズ」
「お変わりないようで何よりです」
「ありがとう」
短い挨拶だった。
その間もルイは目を逸らしている。
エルメスが呆れたように言った。
「君、何でそんなに怯えてるんだい」
「怯えてないよ」
即答だった。
だが誰も信じなかった。
バーキンが腕を組んだまま言う。
「怯えてるな」
「怯えてないって」
「怯えておるのぅ」
もしトリスタンがいるならここで追撃するだろう。
ルイは不満そうに頬を膨らませる。
シャネルはそんな様子を静かに見ていた。
そして一言。
「今回はちゃんと出席するのね」
ルイの動きが止まった。
しばらく雑談が続いた後。
エルメスが周囲を見渡した。
ルイ。
バーキン。
シャネル。
そして、それぞれの秘書達。
全員揃っている。
エルメスは軽く手を叩いた。
「では――」
その声で空気が変わる。
先ほどまでの雑談が自然と止んだ。
「早速始めようか」
ルイが露骨に嫌そうな顔をした。
「えー……」
オズが即座に睨む。ルイは黙った。
エルメスは苦笑しながら続ける。
「今回の議題は皆知っているね」
誰も否定しない。
ハイクラスともなれば、事前資料くらいは頭に入っている。
エルメスの表情が僅かに引き締まった。
「夜叉」
その名が出た瞬間。
場の空気が重くなる。
先ほどまで騒いでいたルイでさえ口を閉じた。
バーキンは腕を組む。
シャネルは静かに目を細めた。
「まさか奴隷商人をしていたとはね」
エルメスが小さく息を吐く。
「正直、僕も驚いたよ」
「驚きで済む話ではない」
バーキンが低く言った。
その通りだった。
夜叉はただの犯罪者ではない。
国が動く災害級の存在だ。
そんな相手が奴隷商人として活動していた。
それだけで業界全体の信用問題になる。
シャネルが静かに口を開く。
「問題は二つ」
全員の視線が向く。
「一つは、夜叉がどのような経路で奴隷商人として活動していたか」
「そしてもう一つ」
わずかに間を置く。
「他にも同様の者が存在しないと、誰が保証するのかしら」
沈黙。
誰もすぐには答えられなかった。
その問いは重い。
あまりにも重い。
ルイでさえ真面目な顔になっている。
エルメスが静かに頷いた。
「だからこその会合だ」
そして全員を見回す。
「まずは情報共有から始めよう」




